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転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第六章:「傭兵は経済学者!?」
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第10話 賢者姫と白魔の乙女

第02節 傭兵騎士と賢者姫〔5/8〕

◆◇◆ ◇◆◇


 オークフォレストからウーラに伸びる街道の途中、商隊が「ポイントO・(オー)ウッズ」(POW)と呼ぶ場所がある。木々が開けて見通しが良く、その為野営などに最適な場所でもあるのだが、同時に千人単位の部隊を展開するだけの広さもある。

 ビジア本隊は、ここをアプアラ領軍の迎撃地点に定めることにしていた。


 本隊三千をPOWの南方に横列陣形で布陣し、民兵四千を目立たないように周囲の森に(ひそ)ませた。

 やがて進軍してきたアプアラ領軍五千は、紡錘(ぼうすい)陣形でPOWの北方に布陣。

 そして夏の二の月の5日。アプアラ領軍が前進を開始した。


◆◇◆ ◇◆◇


 アプアラ軍前進。

 この報を受けて、総司令ミリアは弓矢による攻撃を本隊に指示した。


 本隊の目的がアプアラ軍の足止めに過ぎない以上、積極的に()って出る必要はない。ただでさえ領民に「死ね」と命じる胆力のない彼女だからこそ、相手が動かないのならこちらも動く必要はないと考えていた。

 彼女がイメージしているのは、幼い頃、孤児院にならず者が襲撃した日のこと。

 あの時『おにぃちゃん』が意識を配ったのは、敵を捕捉(ほそく)することと確実に仕留(しと)められる位置取り。一方今は敵の姿が眼前に見えているのだから、その敵に対処すれば良い。


 当然ながら、弓矢による攻撃では数えるほどの敵兵が落馬したに過ぎなかった。

 そしてそのまま接近してくる敵兵。しかし。


 ある瞬間から、土煙は紫色に変わった。


「弓射水平、効力(そのまま)(うて)! (いしゆみ)隊、狙撃開始」


 地面に色付きの砂を()いておくことで、彼我(ひが)の距離を明示する。

 それは射撃技術が未熟でも、適切な射撃距離を観測する為に編み出した方法である。

 ミリアは、(かつ)おにぃちゃん(アレク)砂利(じゃり)の音で敵の位置を割り出したことを応用して、この方法を考え付いたのである。


 そしてこの距離の場合、弓の連射性能と(クロスボウ)の打撃力、どちらも有効になる。弩は射撃手・装填(そうてん)手・助手の三人構成。世にいう『長篠(ハティス)三段撃ち(ほうしき)』である。それでもこの状況での弩の射撃速度は弓に劣る。しかし非熟練者でもその命中率は弓より(はる)かに(まさ)る為、一人また一人と確実に狙撃していった。


 それを突破していざ斬り込もう、と敵が(いさ)んだその瞬間。馬は背の低い柵(馬防(ばぼう)(さく))を飛び越えることを(こば)み、その手前の土塁(どるい)近くにある空堀(からぼり)に脚を取られた。そして足を止めた(或いは落馬した)敵兵に対し、情け容赦なく槍の穂先が突き出された。


◆◇◆ ◇◆◇


 アプアラ軍第一軍は、ビジア軍の総司令が賢者姫と知り、軍略を知らぬ平民(どころか貧民)出身の姫など(おそ)るるに足らずと力押しの突破を(はか)ろうとした。しかし、弓射の命中率は高く、また馬防柵による機動力の排除など、なかなかどうして手が込んでいる。

 小細工で機動戦の不得手(ふえて)(おぎな)う気だと、一当(ひとあ)てしてすぐにわかった。なら答えは簡単だ。軍を割り、機動力で翻弄(ほんろう)すれば良い。

 日が暮れ、小糠雨(こぬかあめ)が降る中、少数の部隊を周囲の森に送り込み、


 しかし(しばら)くの(のち)、悲鳴を残してその部隊は消息を絶った。


◆◇◆ ◇◆◇


 勿論(もちろん)、ミリアは誰よりもよくわかっている。自分の行っていることが底の浅い奇術に過ぎないことを。

 今日の戦術は明日には通用しなくなる。明日の戦術は明後日には通用しない。

 そしてネタが尽きれば手も尽きる。

 出来ることは多様な戦法を披露(ひろう)することで、無限の戦術があると相手に誤認させるだけなのだ。そしてありもしない策を恐れ、手出しを控えてくれれば最上。その程度の、詐欺(さぎ)(まが)いの指揮しか出来ないのだ、と。


◆◇◆ ◇◆◇


 翌日早朝。


「今日の先手(せんて)はあたしが打つわ」


 サリアが、前に出た。

 サリアもミリアと同じ危惧(きぐ)(いだ)いていた。このままではじり貧でしかない、と。

 端的な話、敵を減ら(ころ)さないと、単純に圧力で押し負ける。


 守る為の覚悟は決めた。

 「人を殺したくない」。そんな綺麗事で、自分の守るべき人を死なせる訳にはいかないし、また自分以外の誰かに「殺人」の罪を負わせる訳にもいかない。以前ボルドで新人狩りに対した時、シェイラに相手を殺させてしまったのは、間違いなく自分の愚かさが原因なのだから。

 だから、この(いくさ)では自分が前に出る。自分がそうすることで、仲間たちが死なずに済むのなら。そしてここで敵兵を百人殺すことで、千人の敵兵が逃げてくれることを期待して。


 合図をして、味方全員に防寒コートを着せる。いくら高緯度地方だからといっても、夏の二の月に防寒コートなど、と皆が言っていたが、嘗ての『(カンタレラ)戦争』に於けるブルックリンでの出来事は聞いている。強力な氷雪魔法を使うなら、味方のケアは絶対に必要なのだ。


 そして発動させる魔法は、〔(ホワイト)(デーモン)〕。空間冷却魔法である。

 しかし、〔氷結(フロスト・)(フィールド)〕を会得(えとく)し、(すなわ)ち気化潜熱(せんねつ)(ことわり)を魔法で再現した〔白魔〕は、以前より(はる)かに高効率で発動出来る氷雪魔法になっている。

 高効率で発動出来るということは、範囲を広げるも威力を高めるも自由自在ということだ。


 前日の雨の湿気(しっけ)がPOW全域に残っているこの時間帯、サリアは最凶の魔女になれるのだから。


◆◇◆ ◇◆◇


 この日。サリアの〔白魔〕の影響で敵陣の動きが無くなったところを、ビジアの正規領兵(騎士団)254名が突撃を行い、アプアラ軍に甚大(じんだい)な被害を(もたら)した。


 その結果アプアラ軍は、後詰の三千が到着しても、積極的に討って出ることが出来なくなってしまった。


 その日以来、アプアラでは「雨上がりの朝には白い悪魔が舞い降りる」といわれるようになったのである。


◆◇◆ ◇◆◇


 更に数日が経ち。前夜にまた軽い雨が降った。アプアラ軍は、同じ手には二度と掛からんと言わんばかりに防寒対策(死んだ同僚の服を着込むなど)をして、サリアの〔白魔〕に(そな)えた。

 しかし、日が中天に差し掛かっても〔白魔〕の到来はなかった。


 そこで気を抜いた瞬間。

 彼らの陣屋に粘体のようなものが詰められた(つぼ)が投げ込まれた。


 次いで、火矢。


 この程度、と軽く見ていたアプアラ軍だったが、先の粘体に火が()いた途端、火は爆発的に燃え広がった。ただでさえ厚着をしていた為、服に火が燃え移った兵士も少なくなかった。

 そしてその火は、水をかけても消えず、氷結魔法でも(おとろ)えなかったのである。


 結局この日ビジア軍の攻撃はこれだけだったが、アプアラ軍は小さからぬ損害を(こうむ)ることになったのである。そして彼らは知らない。湿度と気温が高い日、地面を炎で熱したら何が起こるのかを。


 その炎は上昇気流を生み出し、上昇気流は空気中の湿気を上空に持ち上げ、冷やし、雲を作り、そして。


 雨を降らせるのだ。

(2,972文字:2016/02/14初稿 2017/03/01投稿予約 2017/04/11 03:00掲載 2017/04/11「落とし穴」を「空堀」に変更)

・ 「小糠雨」は霧雨の異称です。季語としては「小糠雨」は春から初夏、「霧雨」は秋、と使い分けます。

・ ちなみに、サリアさんは「お話し」する為に砲撃魔法をぶっ放したり……するようにはなりません。

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