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転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第五章:「逃亡者は社会学者!?」
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第34話 イノシシ狩り・2

第06節 冒険者という生き方〔6/8〕

 一度ボルドに帰還し、当初の討伐対象だったキジをギルドに納品してから邸館に戻り、数日間留守にする旨を伝えて(シェイラたちはまだ戻っていなかった)、俺とルビーは改めて森に入っていった。


「イノシシに(こだわ)らないけど、野生の動物は(にお)いに敏感だ。特に鉄の臭いは忌避(きひ)される。だから武器等は必要になるまで〔亜空間(インベン)収納(トリー)〕に収納しておいた方が良い」

「わかった」

「それから対象となる(けもの)――今回はイノシシだけど――の獣道(けものみち)を見つけたら、可能な限り距離を取って且つ風下(かざしも)から近付く」

「距離を取るのか近付くのか、どっちだ?」

「最終的には近付かないと、討伐出来ないよ。だけど無闇(むやみ)に近付いたら臭いが移る。だから戦うか、(わな)を仕掛けるかするとき以外は近付かない」

「わかった」


 そして俺たちはイノシシの痕跡(こんせき)を見つけ、それを追って森の奥に向かう。


「あそこを見てくれ。木の根元が大きく(えぐ)れて中に泥が()まっているだろう?」

「あぁ」

「あぁいう場所を、『沼田場(ぬたば)』っていうんだ」

「ぬたば?」

「イノシシが『()たうち回る場所』っていう意味だ。体の汚れを落とす為とか、寄生虫を洗い流しているんだとか、暑いから水浴びしているんだとか、色々言われているけどね」

「それはお前の前世の知識か?」

「そ。だからこの世界の猟師(りょうし)沼田場(ぬたば)を何て呼んでいるかは知らない。

 それはともかく、イノシシが頻繁に利用する沼田場(ぬたば)は、それにつれて大きくなる。これだけ大きな沼田場(ぬたば)なら、おそらく何度も使っているんだろう。けど季節柄――もうすぐ冬が来る――、次にこの沼田場(ぬたば)を利用するのはいつになるかわからない。

 その上でルビーに聞こう。この沼田場(ぬたば)でイノシシを待つか? それとも、別の場所を探すか?」

「別の場所ならもっと条件が良いのか?」

「それは何とも。もっと良いかもしれないし、もっと悪いかもしれない」

「なら、ここで待とう」


 ならば、と場所を移す。ここは沼田場(ぬたば)から見ると風上に当たる。ここで準備をするのは(まず)い。

 沼田場(ぬたば)の風下にある水場を見つけ、その周りにイノシシの痕跡がないことを確認する。

 そこで、罠に使う道具を(どろ)洗いする。


「何故泥でわざわざ汚すような真似を?」

「臭い消しだよ。言ったろ? 臭いに敏感だって。本格的な罠道具は、数日間雨曝(あまざら)しして金属の臭いとそれを作った人間の臭いを消すんだ。

 だけど流石(さすが)にその準備は出来ていないからね。せめて沼田場(ぬたば)近くの水場の泥の臭いで誤魔化(ごまか)す」

「通用するのか?」

「何もしないよりマシ。どっちにしても、ここから先は俺たちとイノシシの知恵比べになるからね」


◇◆◇ ◆◇◆


 豚革の手袋をして罠具を泥洗いし、改めて沼田場(ぬたば)近くに戻り、風下から獣道を遡上(さかのぼ)る。そして適当な樹(イノシシの爪痕(つめあと)があるもの)の近くに小さな穴を掘り、“くくり罠”を設置する。


「これで良し。あとは待つだけだ」

「どれくらいで掛かるんだ?」

「さぁ? 明日には掛かっているかもしれないし、10日経っても掛からないかもしれない」

「そんなに?」

「知恵比べって言ったろ? ついでに持久戦にもなる。

 待ってもここに来ないかもしれないし、ここに来ても罠に掛からないかもしれない。

 罠を見破って避けられるかも知れないし、罠に掛かっても脱出されてしまうかもしれない。

 罠猟(わなりょう)に絶対なんて無いよ。ただ、普通に森の中を徘徊(はいかい)して偶然遭遇するより可能性は高いし、何の準備もなく遭遇してから対処するより安全性も高い。

 さ、ここで立ち話をして臭いを残しても成功率が下がるだけだ。

 近くの樹の上に移動しよう」

「何故樹の上に?」

「臭いを周囲に()き散らさず、それでいながら罠の様子を観察出来るから」

「わかった」


 そして移動しながら、


「だが、もしかしたら10日以上掛かるのかもしれないんだろう? その間の食事とかはどうするんだ?」

「食わない。飲まない。(トイレ)も行かない。眠らない」

「おい!」

「飲み食いしたら、トイレに行かざるを得ない。しなければ、トイレも必要ない」

「だが飲まず食わずで何日持つ?」

「〔回復魔法〕で無理やり(なが)らえる」

「……そんなこと、出来るのか?」

「〔回復魔法〕は、体力の前借りだ。だから、出来る。腹が減ったら〔回復魔法〕、(のど)が乾いたら〔回復魔法〕、眠くなったら〔回復魔法〕。

 そうして生命を維持する。限界が来てもイノシシが掛からないようなら、今回は(あきら)める」

(すさ)まじいものだな、イノシシ猟というのは」

「昔はイノシシ一頭()れれば一冬越せた。だから一月(ひとつき)かけてでも挑戦する価値があるんだ。

 (むし)ろ〔回復魔法〕のおかげで成功率は上がっているよ」


◇◆◇ ◆◇◆


 それから7日が経過した。

 ルビーは、俺が道すがら教えた風魔法〔気配(コン)隠蔽(シール)〕と〔回復魔法〕の併用がかなり負担らしく、衰弱している様子が見て取れる。

 意地でも弱みを見せるつもりはないようだが、持ってあと1~2日といったところだろう。


 そんな夜。(つい)にイノシシが現れた。体長140cm(センチ)クラス、体重は150kg(キロ)クラスの大物だ。


 イノシシは、何かに警戒しているようにしきりに臭いを()いでいた。

 ルビーの〔気配隠蔽〕が解除され体臭が()れているのか、とも思ったがそれはない。緊張は見られるが冷静にイノシシの様子を観察していた。


 そしてイノシシは、数日前俺とルビーが立ち話をしていた場所の近くで臭いを嗅ぎ、そこを迂回(うかい)するように歩き、


 そのままくくり罠に足を取られた。


「ルビー、行くぞ!」


 俺たちは樹から飛び降り、イノシシの(そば)に寄った。イノシシは罠から足を抜こうともがき、興奮している。


「時間を置くと罠が(はず)れる(おそれ)もある。後方から首の付け根を突けば一撃だ。やれ!」


 俺がイノシシの正面に立ち、その注意を()きつけている間に、ルビーは背後に回り神聖鉄(ヒヒイロカネ)の騎士剣『クラウソラス』で突いた。


「お疲れさま」

「何か、拍子抜けした。たったこれだけのことだったとは」

「それを七日前の自分に言えるか? 相手の生態を学習して、その痕跡を追って、自分と道具の臭いを消して、罠を仕掛け、そして七日間何もせずにじっと待つ。その結果がさっきの一撃なんだ」

今までの私(きし)はお膳立(ぜんだ)てされた環境で剣を振るっていたということが、よくわかったよ。確かに冒険者の流儀で決闘したら、騎士は冒険者に勝てないな」


 昔の決闘騒ぎを思い出して、俺も小さく笑うのだった。

(2,851文字:2016/02/01初稿 2017/01/01投稿予約 2017/02/18 03:00掲載 2017/02/20衍字修正)

【注:イノシシの生態や罠猟に関する参照元は、第一章第21話に記載してあります】

・ 本来、鉄は臭いません。鉄イオンが手脂と反応することで、獣が嫌う臭いになるのだそうです。

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