第33話 冒険者クラスの劣等生
第06節 冒険者という生き方〔5/8〕
冒険者とは、ある意味戦場にいる兵士たちよりも死が身近にある人たちのことを言う。
サリアとスノーは、それを本当の意味で理解しているとは言い難かった。
だから、悪漢が現れ、やっつけて、「これにて一件落着!」で終わると思っていた。
けど、生きる為には殺す必要がある場合もある。その正悪を問うてから剣を抜くのではなく、生き残ってから正悪を考える。そんな場面も少なくないのだ。
『正義』を背景に正当防衛を主張する元日本人と、『大義』を唱えてから剣を抜く元王族には、冒険者は向いていないかもしれない。それを見極める為にこそ、「殺人」が銅札への昇格試験の内容になるのだが。
◇◆◇ ◆◇◆
一方のルビー。相変わらずウサギに翻弄されている。
「何故私はウサギの一羽も狩れないんだ」
「それは、殺気が大きすぎるんだよ」
幾ら何でも騎士剣でウサギは狩れないよ、と言いたいけれど、それ以前の話として。
「どういうことだ?」
「ウサギは臆病だからね。そんな殺気剥き出しの人間が近付いてきたら、逃げるに決まってる」
「じゃぁどうすれば良いんだ。ウサギ如きに舐められるのは我慢出来ん」
「そういう気持ちがウサギを狩れない理由だよ。
たとえば、冒険者の中には、山の中でヒグマに出会い、三日三晩の死闘の末これを斃した、なんていう武勇伝を誇る人もいるけど、こんなの武勇伝でも何でもないんだ」
「何故だ? 一対一で羆を斃すなんて、凄いじゃないか。そういえばマキアのグラハム将軍も、若い頃山で熊を斃したことがあると聞いたことがあるぞ」
「クマ程度なら俺でも狩れる。
戦士が熊と戦うのは、自分の強さを試す為だ。
けど冒険者がクマと戦うのは、毛皮や肉などの素材を取る為、或いは山林で生活する人たちの生活圏を守る為でしかないんだ」
「何が違うんだ?」
「冒険者にとって重要なのは、クマを仕留めること。なら寝首を掻くなり毒餌を喰わせるなりすれば、何の苦労もない。
戦うのは、それが出来ない時。そして戦うにしても、罠を仕掛けるなりして動きを封じれば、殺すことは容易だろ?」
三日三晩の死闘。これは即ち、寝首を掻くことも毒餌を喰わせることも失敗し、仕掛けた罠の悉くが回避された、ということでしかない。
つまり、冒険者としての失敗を戦士としての武力で強引に埋め合わせただけの事なのである。
「だが、寝首を掻くとか毒を仕込むとか、それは卑怯とは言わないのか?」
「クマやウサギ相手に騎士道精神を発揮して、正々堂々と立ち合うべし、と言うの?」
それは何処のドン・キホーテだ?
「そ、それは……」
「ルビー。以前の俺は、騎士としては劣等生だった。それは冒険者としての戦い方が染み付いていて、騎士としての戦い方が身に付かなかったからだ。
だけど、だからこそせめて“劣等生”で踏み止まれるよう、“落第生”にならないで済むよう、俺なりに努力したつもりだ。
そしてルビー。今のアンタは冒険者としては劣等生だ。
ならどうする? 『冒険者如き』と見下して、騎士としての己の誇りを胸に、今のままの自分でいるか?
それとも、冒険者としての生き方・戦い方を身に付けて、今の自分が置かれた環境を生きるか?
どちらを選ぶ?」
◇◆◇ ◆◇◆
ルビーは、当然ながら騎士としての自分を捨てることは出来ないようだ。俺が騎士になっても冒険者としての自分を捨てられなかったように。
だが、俺が騎士としての戦い方や作法を学んだように、ルビーも冒険者としての流儀を学ぶことを選んだ。
その為に俺が出した課題は、『イノシシ狩り』だった。
「それは、冒険者としてより狩人としての戦い方なんじゃないか?」
「そうだよ。だけどそれが一番の近道だからね。
イノシシは頭が良い。ちょっとした罠ならあっさり回避する。
イノシシは臆病だ。だから僅かでも危険があれば逃げることを選ぶ。
けどイノシシは強い。正面から戦ったら勝てないかもしれない程に。
その上、大型のイノシシと小型の魔猪は区別が付き難い。小型でも魔猪相手に普通の鉄剣では文字通り刃が立たない。だから、本来木札はイノシシ討伐の依頼を請けることは禁止されている」
「普通の鉄剣じゃ刃が立たないのなら、神聖鉄の剣なら?」
「困ったことに、あっさり斬り捨てられるよ。だから俺は、【ラザーランド商会】の会頭たるアドルフは、木札冒険者のルビーに、イノシシ討伐の依頼をする。
もし獲れたのが魔猪なら、報酬に上乗せしても良い。
けどそのやり方を一つ一つ手取り足取り教えるから、報酬は授業料と相殺させてもらうけどね」
◇◆◇ ◆◇◆
討伐依頼は、討伐対象を見つけることから始まる。
「ホラ、ここを見て。木の根っこが削れているだろう? イノシシの爪で削られたんだ」
「ここの土壁が崩れてる。イノシシがその鼻で穿り返したんだ」
「この木の傷は、イノシシの爪にしては位置が高い。クマかな?」
「これを見て。ウサギのフンだ。そんなに硬くなっていない。さっきまでここにいたな」
「ウサギもイノシシも、そしてクマも。野生の動物は、大抵同じ場所を通るんだ。“獣道”っていうんだけどね。これを見つければ、遠からずその場所にまた現れる。だから、対象の獣の通り道を探すのが、討伐の第一歩って訳」
「討伐の為にはその動物の生態を知ることも大切だし、その戦い方を知る必要もある。
例えば、クマをはじめ、大抵の動物――人間もだけど――は、鼻が弱点だ。だけど、イノシシにとって鼻は武器だ。だから、真正面からイノシシに向かうことは自殺行為――騎士が構える槍の穂先に向かって突撃するようなもの――なんだ。
クマは攻撃するときは立ち上がる。だけどその身体の重心は胸のあたりにあるから、上からの振り降ろしは強烈だけど下からの掬い上げはそれほど恐ろしくない。そのうえ前方投影面積――対面した時に見える相手の大きさ――が大きくなるから、寧ろただの標的だ。その毛皮と筋肉を貫く威力があれば、クマを斃すのはそれほど難しい話じゃないんだ。
ウサギは弱く、臆病だ。だから僅かでも危険があればすぐに逃げる。その逃走を支えるのは強靭な後ろ足。だから逃げられなくなったウサギが繰り出す蹴撃は侮れない」
彼を知り己を知れば百戦殆うからず。
そう考えると、冒険者の戦い方は、騎士より軍師のそれに近いのかもしれない。
(2,791文字:2016/01/31初稿 2017/01/01投稿予約 2017/02/16 03:00掲載予定)
【注:「これにて一件落着」は、テレビ朝日系時代劇『遠山の金さん』の、お白洲の場面のお開きのセリフが原典です。
『ドン・キホーテ』(Don Quijote)は、スペインの小説家M.d.セルバンデス S.が1605年に発表した作品『Don Quijote de La Mancha』(邦題:『ドン・キホーテ』)の主人公の名前です。騎士道に対する揶揄・諧謔を込め、間抜けな騎士として描かれていると謂われています。
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」は、孫子の兵法(孫子十三篇)の03謀攻篇にあります】
・ 蛇足ながら、「獲物」である動物はカタカナ表記、それ以外は漢字表記です。魔獣は基本漢字表記ですけれど。つまり、アディにとっては「ヒグマ」は獲物でしかないけれど、ルビーにとっての「羆」は力試しの相手、ということです。




