第31話 冒険者の日常・2
第06節 冒険者という生き方〔3/8〕
俺に人気があろうがなかろうが、はっきり言ってどうでも良い。
抑々勝手に頼って勝手に失望して、勝手に暴動を起こして勝手に断罪し、その上で理想に描いた日常がやってこないからって勝手に暴動の主導者たちに責任転嫁をした挙句、やっぱりフェルマール王家が良かったと王族の還幸を待ち望むような連中だ。勿論彼らがそのような主体性の無い生き様をしているのは、彼らに教育を施さなかった王国の責任かもしれないが、それでも連中の人気を集めることを歓ぶ気にはならない。彼らにとって都合の良い神輿にされるのがオチだろうから。
ただ、王族に生き残りがいるのは朗報だ。これはフェルマール王国の再興を考えて、ではなく、ただ単にスノーの家族がまだ残っている、という意味で、だが。
「色々知らせてくれて有り難う。これからも何か情報があったら教えてくれ。
必要ならその為の資金は提供する」
「必要ねぇよ。俺は専門の諜報部員じゃねぇ。船乗り同士の雑談を纏めただけだ。
だがまぁ、また何か気になる話があったら纏めておいてやるよ」
船乗りの情報は時として早馬より速い。もしかしたらその速さに助けられることもあるかもしれないな。
「それで、船長はこれからどうするんだ?」
「そうだな、南下して南マキアの港あたりで冬を越すさ。そして夏になったらまた西大陸を目指すかな」
「それなら西大陸に向かう前に一度はボルドに戻って来てくれ。胡椒とか買って来てほしいからな」
「〔アイテムボックス〕のおかげで大量に仕入れることが出来るからな。今までは積み荷の量が何より重要だったけど、今はもう単純に仕入れ資金が足りるかどうかだ。資金次第で何でも仕入れて来てやるぜ」
「『金さえ出せばクレムリンでも』、か」
「なんだそりゃ?」
「前世の戯言さ。
それはともかく、東大陸の各港はどうだ?」
「パスカグーラの港は、一気に寂れちまった。パスカグーラは抑々王都の至近にある港、というのが売りだったからな。
パスカグーラの船主ギルドも商人ギルドも、早晩引き払ってボルドに拠点を移すようだ」
「そうなると、ボルドが旧フェルマール領に於ける商業の中核になる、ということか」
ボルド市にフェルマリアやパスカグーラの人間が流入すると、俺やスノーたちの正体がばれる虞がある。その意味ではあまり歓迎出来る事ではない。
「ベルナンドの港はどれも大人しい。皮肉にも北ベルナンドは王国寄りの自治が出来ているからな」
旧辺境伯が改易された所為で、この状況にあっても日和見出来なかったということか。
「マキアの港の様子は、今度の航海で確認してくるさ。ついでにお前さんらの故郷の噂話でも聞けたら教えよう」
◆◇◆ ◇◆◇
ラザーランド船長はボルドの港に一週間滞在し、また海の人となった。
そしてアディたちはまた普段の生活に元通り、ということだ。
【ラザーランド商会】の活動は、基本的に書類上のやり取りが中心となる。
港の倉庫事務所に従業員を配置しているが、彼らはあくまでも取引の中継に過ぎない。そして卸売である以上、日常から細かく商談がある訳ではない。
だからアディは、普段は冒険者として活動することになる。
アディたちの一日は、大体こんな感じである。
アディは朝起きて、雑木林の樹に鉞抱えて挑戦する。
一応間伐のつもりだが、モノによっては一抱えもあるサイズの木を切り倒す必要がある。根が張ったままの樹は〔無限収納〕に収納出来ないからである。
朝の僅かな時間だけでは切り倒すことなどは出来ないが、それでも何日かかけて切り倒すことに成功したら〔無限収納〕に仕舞い、邸館の庭で鋸や手斧を当て材木や薪にする。その際出来る大鋸屑なども余さず回収し、圧縮成形する。
一部の薪や成形した大鋸屑は炭焼き窯で炭にする(勿論同時に炭焼きをする訳ではない。薪から作る木炭と大鋸屑から作るオガ炭は同じ焼き方では出来ないから)。
その間シェイラは家畜や家禽の世話をし、サリアたちは石鹸やビタミン飴作り、ルビーは剣の鍛錬などをする。
そして朝食。以前と変わらず、食事は全員で。
はじめの頃、アナたちは使用人食堂で食事をしようとしていたが、奴隷たちを購入してからは奴隷たちに使用人食堂を明け渡し、アナたちは俺達と一緒の食堂で食事をするようになった。アディたちの前世の価値観でモノを考えると奴隷たちが可哀想だが、寧ろアナたちに向こう側の人間ではない、と自覚させる為に奴隷を購入したという意味もあるので、一つの序列と思って納得することにしている。
それから冒険者ギルドに赴き、依頼板で都合の良いクエストを探す。サリア・ルビー・スノーの三人には、暫くの間アディとシェイラのどちらかと行動を共にするようにとアディは命じている。過保護かもしれないが、暫くはこのままのつもりだ。
今日は、アディとルビーの脳筋コンビとシェイラ・サリア・スノーの繊細組に分かれる。
シェイラたちの今日のクエストは雑用系。ある評議員の随行を命じられたそうだ。はじめは庁舎の受付係の依頼だったのだが、見目麗しい女性三人組ということで、その若手評議員がスケベ心を出したようだ。まぁ余計なことをすれば、文字通り心胆寒からしめることだろうし。彼女らがやり過ぎる事だけは無いように天に祈るべきだろう。
アディとルビーは、といえば、いつもの通り狩猟系。今回の獲物はキジである。
が、アディにとって、商人としてまた一家の大黒柱として、食材(商材)の調達は死活問題だ。山菜や野草、川魚や野獣時々魔獣、あまり乱獲すると問題が生じるかもしれないが、アディ一人で狩れる得物などたかが知れている。現に今日も、シカの群れに出くわしたが半数は捉えきれなかった。なお、逃げたシカの殆どが雌なのは偶然である。多分きっと。
一方でルビーは、といえば、ウサギ狩りに苦労している。というのは、殺気や闘気があからさま過ぎて、獣たちが皆逃げてしまうのだ。
冒険者と騎士では、戦い方が根本から違う。冒険者としての戦い方を理解するまで、ルビーは苦労するだろう。
冒険者としての戦い方、といえば、以前サリアたちもちょっとした騒動に巻き込まれたことがあるという。
それこそサリアに「フラグを回収した」と言わしめた、新人狩りである。
(2,513文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/01/27初稿 2017/01/01投稿予約 2017/02/12 03:00掲載 2021/02/04衍字修正 2022/06/01衍字修正)
【注:『金さえ出せばクレムリンでも(引っ張って来てやる)』という台詞は、〔新谷かおる著『エリア88』小学館ビッグコミックス〕の登場人物である武器商人「マッコイ爺さん」の決め台詞です】
・シカは一夫多妻制なので、僅かな数の雄と数多くの雌が残っていれば、群れが滅びることはありません。だから「逃げたシカの殆どが雌」なのを偶然だと言い張っても、そんな都合の良い偶然を信じる人はいないでしょう。




