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転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第四章:「見習い騎士は気象学者!?」
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番外篇2 大蛇(おろち)

〔1/1〕

「出来た~~~!」


 その日。メーダラ卿と決闘する、その数日前。

 俺たちはシンディの歓声(かんせい)を聞いた。


 その声は、シンディがここ(しばら)(かか)り切りになっていた大太刀(おおだち)が打ち上がったのだと、明瞭(めいりょう)に告げていた。


「そうか、(つい)に出来たか」


 シンディの工房を(のぞ)いてみると、まだ(なかご)(刀身の、()の内側に来る部分。(めい)を刻む場所でもある)が()き出しの、俺の身長より刀身が長い大太刀がそこにあった。


「ほう、見事じゃな」


 リリスも、手放しで称賛(しょうさん)する。

 考えてみれば、俺たちの太刀は、リリスが助言し、リック義父(おやじ)が打ち、シンディは補佐に過ぎなかった。

 しかし、この大太刀は、一から十までシンディ一人で打ったのだ。


 神聖鉄(ヒヒイロカネ)を打てる鍛冶師は、王国でも数人しかいないという。それ程(むずか)しい鍛冶なのである。

 ヒヒイロカネの融点(ゆうてん)は、鋼鉄よりまた純鉄より高い。

 その熱量は、だから炭や(まき)といった通常の燃料にどれだけ風を送り込んでも、そうそう到達出来るものではない。(いや)、一瞬ならその温度に到達することは出来るだろう。だが、その温度を一定時間維持し続ける必要がある。


 その為に必要なのは、鍛冶師ギルドにのみ伝わる秘術、儀式魔法〔神鉄炉〕。

 これで燃焼を加速し、ヒヒイロカネの加工に必要な熱量を生み出すのだという。


 だが、当然のことながらこの魔法を長時間維持することは難しい。また、作刀とは加熱と冷却の連続であり、その冷却にも特殊な方法を使う必要がある。


 ヒヒイロカネは、ただの鉄ではなく、ただの合金でさえなく、魔法金属だ。だからこそ特殊な触媒や特定の手続きを踏まなければ、それを加工することは出来ない。


 鍛冶の技量と、〔神鉄炉〕の魔法を維持する為の魔力、そして魔法金属加工の為の秘匿知識。その全てがあって、初めて「ヒヒイロカネの加工」の入り口に立てるのだ。


 そして今回シンディが作った大太刀は、「初心者が何とか刀の形を整えました」というレベルではない。

 刃渡り四尺六寸(145.44cm(センチ))。これだけの長さになると、重心(バランス)も崩れ、また耐久力が(いちじる)しく下がる(梃子(てこ)の原理で考えてみればわかり易い。細く長い物体は、それだけ折れ易いのだ)。だから通常、この長さの場合は長柄(ポール)武器(ウェポン)とし、刀身部分はそれほど大きく作らない。

 だが、この大太刀は刀身が応力に負けないように、かなり厚く作られている。最も身幅が広い部分で、四寸(12.12cm)近い。重量も相応(そうおう)にある。日本刀本来の、日本剣術には全く使えないだろう。

 しかし、所謂(いわゆる)斬馬刀(ざんばとう)』としての使い方なら、この大きさは最適ということになる。


 また、その大きさと重さが理に(かな)っているというだけではなく、その刀身は芸術品といって差し支えない美しさを併せ持っている。

 (まさ)しくシンディが一流(超一流)の鍛冶師になった、その出世作と言えよう。


◇◆◇ ◆◇◆


「それで、この大太刀に、銘は何て刻むの?」


 シンディの名を誇る、その象徴たる大太刀。その銘。

 やはり人並みに興味がある。


「うん、出来れば旦那様に付けてほしいな、なんて」


 ()


「だって、これは私が旦那様の許に嫁入りするときの、お父さんに対する、結納(ゆいのう)(しな)なんでしょ?

 だったら旦那様が名付けるべきだと思うわ」


 ……。


「ご主人様。シンディさんの言う通りだと思います。

 ()き銘を付けてあげてください」


「わかった。

 ならこの大太刀の銘は、『オロチ』。『大蛇(おろち)』だ」

「確かに大きな刀ですけど、どうして(へび)なんですか?」

「俺の前世に生きた国に、こんな神話があるんだ。


 八岐大蛇(やつくびのへび)を、一人の素戔嗚尊(えいゆう)(ほふ)った。

 その後ヘビの体内から、一振りの宝剣が見つかった。


 この宝剣の銘は、『天叢雲剣あめのむらくものつるぎ』。別名を『草薙剣(くさなぎのつるぎ)』という。


 (のち)に、あの国の国宝とされる護国の剣だ。


 リック親父は、この大太刀を参考に、いずれヒヒイロカネに頼らず普通の鉄(合金)で同等の剣を打つという。

 つまり、将来この大太刀を母体にして、この国の神剣が生まれるということだ。


 なら、将来の神剣を(はら)む、大蛇(だいじゃ)の剣。


 だから、この大太刀の銘は『大蛇』だ」


 付け加えるのなら。

 ヘビは、死と再生の象徴でもある。脱皮(だっぴ)を繰り返すその在り方に、死後の再生を重ねるのだ。

 またヘビは、知恵の象徴でもある。キリスト教ではアダムとイブを(そそのか)した悪魔の化身だが、ギリシア神話では人間に(ちえ)を授けたプロメテウスの化身でもある。更に、智慧(ちえ)の神ヘルメスの持つ銀杖『ケーリュケイオン』は、二匹のヘビが(から)みついているし、へびつかい座(せいざ)になったアスクレーピオスは医師であり、彼の杖は21世紀に於いても医学の象徴である。


 知識を継ぎ、(かねつ)再生(れいきゃく)を重ね、錬金術の祖であると同時に医学の基礎となる。

 実は、ヘビは鍛冶とも関わりが深いということが出来る(こじつけかもしれないが)。


◇◆◇ ◆◇◆


 それから俺たちは、皆で協力して『大蛇』に(こしらえ)を付け、また(さや)を作った。

 拵の飾り紐(かざりひも)に、俺と、シェイラと、リリスと、シンディの名を織り込み、其々(それぞれ)神聖金(オリハルコン)神聖銀(ミスリル)神聖金剛石(アダマンタイト)とヒヒイロカネの(ぎょく)を飾った。


 そしてリリスの厚意で全員ハティスに転移し、リック親父に『大蛇』を手渡ししたのだった。


「お前ら、俺を泣かせて嬉しいのか?」

「何を言う。『大蛇』は始まりに過ぎない。知ってるだろう?

 親父さんは、ヒヒイロカネに頼らずこれと同等の鉄を作り、剣を鍛える。

 俺の前世では千年近くかかった所業を、親父さんはその生あるうちに果たすというんだ。

 泣いてる暇なんてありはしないさ」


◇◆◇ ◆◇◆


 それから(なつ)かしい(というほどの時も経っていないが)ハティスの街を見て回り、知人に挨拶(あいさつ)をし、孤児院で子供たちと遊び、そんな穏やかな休日を過ごした後、俺たちは王都に帰還した。


 なお、そんな『ハティスの休日』で最も驚いた話は、セラさんが町長と結婚するという急報であった。


 何でも俺がモビレアに行った後、孤児院の経営やら町政やらの話で、二人で話す機会がそれまで以上に増えたのだとか。

 色々複雑な想いもあるが(町長、アンタ(とし)幾つだ? 一回り以上も年下の嫁さんを貰うなんて、贅沢(ぜいたく)が過ぎるぞ! ってか、セラさんを泣かせたら百回殺す)、それでもセラさんが幸せなら、それで良いのかもしれない。

(2,868

文字:2016/09/24初稿 2016/09/30投稿予約 2016/11/10 03:00掲載 2016/11/10誤記修正・人名誤謬修正)

・ 〔神鉄炉〕の魔法は、普段は鋳造の際に使用します。鋳造は鍛造より格下に看做されがちですが、鍛造より高温を求められ、地球史に於いても近代までは殆ど使用されてはいませんでした(中国というチート国家は例外)。

・ ちなみに、古代日本の大太刀は、その応力を逸らす為か、(あたか)も半円を描くかの如く大きく反ったものでした。直刀の(或いは反りの小さい)大太刀もありましたが、奉納刀(儀式刀)として作られたものでしか有りません。そして斬馬刀は、〔和月信宏著『るろうに剣心』集英社少年ジャンプコミックス〕に詳しいですが、使い方は大剣(グレートソード)と同じように力で叩き割るものだったようです。

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