番外篇2 大蛇(おろち)
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「出来た~~~!」
その日。メーダラ卿と決闘する、その数日前。
俺たちはシンディの歓声を聞いた。
その声は、シンディがここ暫く掛り切りになっていた大太刀が打ち上がったのだと、明瞭に告げていた。
「そうか、遂に出来たか」
シンディの工房を覗いてみると、まだ茎(刀身の、柄の内側に来る部分。銘を刻む場所でもある)が剥き出しの、俺の身長より刀身が長い大太刀がそこにあった。
「ほう、見事じゃな」
リリスも、手放しで称賛する。
考えてみれば、俺たちの太刀は、リリスが助言し、リック義父が打ち、シンディは補佐に過ぎなかった。
しかし、この大太刀は、一から十までシンディ一人で打ったのだ。
神聖鉄を打てる鍛冶師は、王国でも数人しかいないという。それ程難しい鍛冶なのである。
ヒヒイロカネの融点は、鋼鉄よりまた純鉄より高い。
その熱量は、だから炭や薪といった通常の燃料にどれだけ風を送り込んでも、そうそう到達出来るものではない。否、一瞬ならその温度に到達することは出来るだろう。だが、その温度を一定時間維持し続ける必要がある。
その為に必要なのは、鍛冶師ギルドにのみ伝わる秘術、儀式魔法〔神鉄炉〕。
これで燃焼を加速し、ヒヒイロカネの加工に必要な熱量を生み出すのだという。
だが、当然のことながらこの魔法を長時間維持することは難しい。また、作刀とは加熱と冷却の連続であり、その冷却にも特殊な方法を使う必要がある。
ヒヒイロカネは、ただの鉄ではなく、ただの合金でさえなく、魔法金属だ。だからこそ特殊な触媒や特定の手続きを踏まなければ、それを加工することは出来ない。
鍛冶の技量と、〔神鉄炉〕の魔法を維持する為の魔力、そして魔法金属加工の為の秘匿知識。その全てがあって、初めて「ヒヒイロカネの加工」の入り口に立てるのだ。
そして今回シンディが作った大太刀は、「初心者が何とか刀の形を整えました」というレベルではない。
刃渡り四尺六寸(145.44cm)。これだけの長さになると、重心も崩れ、また耐久力が著しく下がる(梃子の原理で考えてみればわかり易い。細く長い物体は、それだけ折れ易いのだ)。だから通常、この長さの場合は長柄武器とし、刀身部分はそれほど大きく作らない。
だが、この大太刀は刀身が応力に負けないように、かなり厚く作られている。最も身幅が広い部分で、四寸(12.12cm)近い。重量も相応にある。日本刀本来の、日本剣術には全く使えないだろう。
しかし、所謂『斬馬刀』としての使い方なら、この大きさは最適ということになる。
また、その大きさと重さが理に適っているというだけではなく、その刀身は芸術品といって差し支えない美しさを併せ持っている。
正しくシンディが一流(超一流)の鍛冶師になった、その出世作と言えよう。
◇◆◇ ◆◇◆
「それで、この大太刀に、銘は何て刻むの?」
シンディの名を誇る、その象徴たる大太刀。その銘。
やはり人並みに興味がある。
「うん、出来れば旦那様に付けてほしいな、なんて」
ゑ?
「だって、これは私が旦那様の許に嫁入りするときの、お父さんに対する、結納の品なんでしょ?
だったら旦那様が名付けるべきだと思うわ」
……。
「ご主人様。シンディさんの言う通りだと思います。
佳き銘を付けてあげてください」
「わかった。
ならこの大太刀の銘は、『オロチ』。『大蛇』だ」
「確かに大きな刀ですけど、どうして蛇なんですか?」
「俺の前世に生きた国に、こんな神話があるんだ。
八岐大蛇を、一人の素戔嗚尊が屠った。
その後ヘビの体内から、一振りの宝剣が見つかった。
この宝剣の銘は、『天叢雲剣』。別名を『草薙剣』という。
後に、あの国の国宝とされる護国の剣だ。
リック親父は、この大太刀を参考に、いずれヒヒイロカネに頼らず普通の鉄(合金)で同等の剣を打つという。
つまり、将来この大太刀を母体にして、この国の神剣が生まれるということだ。
なら、将来の神剣を孕む、大蛇の剣。
だから、この大太刀の銘は『大蛇』だ」
付け加えるのなら。
ヘビは、死と再生の象徴でもある。脱皮を繰り返すその在り方に、死後の再生を重ねるのだ。
またヘビは、知恵の象徴でもある。キリスト教ではアダムとイブを唆した悪魔の化身だが、ギリシア神話では人間に火を授けたプロメテウスの化身でもある。更に、智慧の神ヘルメスの持つ銀杖『ケーリュケイオン』は、二匹のヘビが絡みついているし、へびつかい座になったアスクレーピオスは医師であり、彼の杖は21世紀に於いても医学の象徴である。
知識を継ぎ、死と再生を重ね、錬金術の祖であると同時に医学の基礎となる。
実は、ヘビは鍛冶とも関わりが深いということが出来る(こじつけかもしれないが)。
◇◆◇ ◆◇◆
それから俺たちは、皆で協力して『大蛇』に拵を付け、また鞘を作った。
拵の飾り紐に、俺と、シェイラと、リリスと、シンディの名を織り込み、其々神聖金と神聖銀、神聖金剛石とヒヒイロカネの玉を飾った。
そしてリリスの厚意で全員ハティスに転移し、リック親父に『大蛇』を手渡ししたのだった。
「お前ら、俺を泣かせて嬉しいのか?」
「何を言う。『大蛇』は始まりに過ぎない。知ってるだろう?
親父さんは、ヒヒイロカネに頼らずこれと同等の鉄を作り、剣を鍛える。
俺の前世では千年近くかかった所業を、親父さんはその生あるうちに果たすというんだ。
泣いてる暇なんてありはしないさ」
◇◆◇ ◆◇◆
それから懐かしい(というほどの時も経っていないが)ハティスの街を見て回り、知人に挨拶をし、孤児院で子供たちと遊び、そんな穏やかな休日を過ごした後、俺たちは王都に帰還した。
なお、そんな『ハティスの休日』で最も驚いた話は、セラさんが町長と結婚するという急報であった。
何でも俺がモビレアに行った後、孤児院の経営やら町政やらの話で、二人で話す機会がそれまで以上に増えたのだとか。
色々複雑な想いもあるが(町長、アンタ歳幾つだ? 一回り以上も年下の嫁さんを貰うなんて、贅沢が過ぎるぞ! ってか、セラさんを泣かせたら百回殺す)、それでもセラさんが幸せなら、それで良いのかもしれない。
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文字:2016/09/24初稿 2016/09/30投稿予約 2016/11/10 03:00掲載 2016/11/10誤記修正・人名誤謬修正)
・ 〔神鉄炉〕の魔法は、普段は鋳造の際に使用します。鋳造は鍛造より格下に看做されがちですが、鍛造より高温を求められ、地球史に於いても近代までは殆ど使用されてはいませんでした(中国というチート国家は例外)。
・ ちなみに、古代日本の大太刀は、その応力を逸らす為か、恰も半円を描くかの如く大きく反ったものでした。直刀の(或いは反りの小さい)大太刀もありましたが、奉納刀(儀式刀)として作られたものでしか有りません。そして斬馬刀は、〔和月信宏著『るろうに剣心』集英社少年ジャンプコミックス〕に詳しいですが、使い方は大剣と同じように力で叩き割るものだったようです。




