第19話 卒業
第04節 新米騎士〔1/6〕
カナン暦701年夏の三の月の終り。俺は、ハティスの街を出る。
以前、モビレアに向かう為にハティスを発った時とは違う。おそらくはもう、「立ち寄る」ことはあっても、「帰る」ことはない街。
だけど、不思議なほど未練はない。多分俺は、「卒業」したんだ。「ハティス」という名の学校を。
俺の今の年齢は、数えで16、満年齢では、15歳。
ほら、前世ならちょうど義務教育修了の歳じゃないか。
◇◆◇ ◆◇◆
ハティス町長ケイン・エルルーサ卿の馬車列は、使用人用のモノと荷運び用のモノを含めて4台。それに俺の馬車が続く。
俺たちは、馭者台をリリスに任せ、幌馬車の中でこれからのことを話し合っていた。
「一応立場としては、シェイラは俺の従者、リリスは侍女でシンディさん……、シンディは使用人兼専属鍛冶師、ってことになる。ちゃんと給料も払うよ」
「否、あたしは既に永久就職したつもりだから。お小遣いを貰えるのは嬉しいけどね」
「……名目はどうでも良い。払うモノは払うし、必要な物は言ってくれれば全部俺が手配する。さしあたっては、王都に着いたら鍛冶の工房かな?」
「あまり大きな工房でなくて良いわよ」
「大きさより設備だな。色んな神聖金属を扱うから。たとえば、金床は重い方が安定するってどこかで読んだ覚えがあるけど、間違いない?」
「うん、そう。だからハティスの店では鉛の金床を使っていたわ」
「鉛かぁ……。どうせなら白金の金床を作ろう」
「ぷら……! 何を考えてるのよ」
「いや、確か、記憶に間違いがなければ、鉛の比重は10くらいだけど、白金は25くらいだった筈だから」
「ひじゅう?」
「御屋形様よ。正しくは、鉛の比重は11.43、金は19.32、そして白金は20.34じゃな。現在発見されている自然鉱石の中では、白金が最も重いのは間違いないぞ」
「有り難う」
……って、馭者台にいる筈のお前が何故ここに?
……ってよく見ると、左足が馭者台まで長く伸びている。まさか。
「おいリリス。その左足は――」
「うむ、分離すると面倒だから有線じゃ。ちゃんと馬の面倒は見ているから気にするでないぞ」
「だからそういうSAN値を削る真似は……。
まぁ良いや。ついでだから、この話も。
まずシンディ。リリスの正体については、もう?」
「え……、ええ、聞いているわ。スライムの一種って聞かされたときは、何の冗談かと思ったけど」
「俺は、リリスの種族を“ショゴス”って呼んでいる。俺が前世に生きた世界の神話で語られる、スライム状の邪神の名だ」
「ぜんせ?」
「あぁ。俺には前世の記憶がある。だからこそ、この世界には無い知識を持っている」
「あぁそれで、不思議なことを色々知っていたのね」
「そうだ。そして、シンディとシェイラには、これから彼の世界の文字を覚えてもらう」
「え? どうして?」
「シンディは、シロー・ウィルマーという人物のことを知っているか?」
「カナン帝国時代の官僚でしょう? 色々謎が多い人物だって聞いたことがあるわ」
「彼は、俺が前世に生きた世界から、此の世界に呼び出された人なんだ」
「それは……、ちょっと信じられないわ。勿論アレク君の言うことだから、信じてあげたいけど」
うん、寧ろ俺の言うことだから無条件に信じる、と言われるより余程嬉しい。
だから、〔無限収納〕の中から「事務用電卓」を取り出した。
「これは、入間氏の遺産の一つで、電卓という。
ここに書かれている文字の意味が解るか?」
「……さっぱり。」
「この左上に書かれているのは、この電卓を作った職人ギルドの名だ。
右上は型番。その下が、『太陽の光で動く』って書いてある」
「え? 太陽の光って、どういうこと?」
「その話はあとにしよう。
この他にも、入間氏の遺産は色々ある。そしてその中には、俺の知識にないモノもあるんだ」
「……どういうこと?」
「いや、言葉の通り。入間氏が知っているからって俺が知っているとは限らないし、その逆もある。
知っているからってその知識を使いこなせるとは限らない。俺は手押しポンプに関する知識はあるけど、手押しポンプを作れなかったように。
そして、俺の知識でシンディが手押しポンプを作れるようになったように、入間氏の知識でシンディたちが出来る事が更に増えるかもしれない。
だから、文字を覚えてほしいんだ」
「そういうことなら、わかったわ」
◇◆◇ ◆◇◆
「ところで、気になったのですが」
「なんだい、シェイラ」
「先程シンディさんが、ご主人様のことを『アレク君』って呼びましたよね?
流石に、立場上それは拙いのではないでしょうか」
「あ、確かにそうね。ごめんなさい。でも、何て呼んだら良い?」
「俺は何でも良いけど、確かに外聞ってモノがあるからな」
「シェイラちゃんは『ご主人様』で、リリスさんは『御屋形様』。
じゃぁあたしは、『旦那様』かな?」
「うん、それで良いんじゃないか」
「じゃ、決まりね。旦那様、旦那様。うん、新婚の妻が夫を呼ぶように呼ぶわね」
「ちょ……」
◇◆◇ ◆◇◆
さておき。
王都までは、一日二日で着く距離ではない。
必ずしも町で宿を取れるとは限らないので、何度かは野営をしなければならなかった。
エルルーサ卿の隊列は、貴族様の野営に相応しく、手間のかかるものだったようだが、こちらは(風呂好きのシンディの為に)毎日風呂を焚ける余裕さえあった。
今の俺は、料理にさえ火を使う必要が無い。平底鍋を直接〔加熱〕する、どころか材料を直接〔加熱〕することも出来るのだから(でもそれは流石に風情が無いので、火に載せるのと鍋を直接〔加熱〕するので料理しているが)。
けどそうなると、風呂くらいなら水があれば〔加熱〕ですぐに沸かせる。
川があればそこで汲み、無ければ備蓄の水を……と思ったら、リリスが風呂の魅力にとり憑かれ、水が無ければ持ってくれば良いとばかりに必要量を(どこかから)転移させてきた。リリスさん、マジ万能。
途中、領都ベルナンドにも寄ったのだが、一領の領都とは思えないほど寂れ、また治安も悪化していた。辺境伯の爵位が剥奪され、領も解体されることを、市民はもう知っているようだ。仮に領都の地位を守れても、辺境伯領の領都と一地方領の領都では、やはり格が違う。そしてそれさえ怪しいのだから。
「領が解体される」つまり複数の貴族が分割して領有することになるのだが、その新領主の一人がケイン・エルルーサ卿である。その素性を知られると、厄介なことになりかねない。
そう思い、俺たち一行はベルナンドで宿を取らず、そのまま通過してその日は野営することにした。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、秋の二の月のはじめ。
俺たちは、王都に到着した。
(2,931文字:2015/12/13初稿 2016/09/01投稿予約 2016/10/29 03:00掲載予定)
【注:金属の比重については、アズワン株式会社様のHP内コンテンツ「Academy Corner」(http://www.as-1.co.jp/academy/)の「比重」の項を参照しております。
なお、厳密には白金(原子番号78)の比重は、オスミウム(同76)、イリジウム(同77)に次いで全元素中三番目の大きさですが、オスミウムとイリジウムはこの時代、まだ発見されていません】
・ ちなみにリリスは、アレクの記憶を転写した際、アレク自身が忘れていることも余さず写し取っています。アレクが前世にほんの一瞬目にしたものも、アレクの前世の更に前世も。どの程度の過去世まで読みったのかは、リリスのみぞ知るですが。




