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第3話 不安なのは


 突然だが、緑が攫われた。

 ベンチに座って休憩していたところ、気付かぬうちに緑が消えていた。音もなく、一瞬にして緑は攫われてしまったのだ。何処に行ったかも、何をされているかも分からなかった。必死に頭をひねっていたが、焦りのせいか俺は何も考えられなかった。そのとき花が「駒、私に考えがある」と言った。

 こんなときでも頭の働く彼を見て、俺はますます感心する。いや、感心している場合ではない。花の話を聞こう。彼は極めて落ち着いた口調だった。

「まず、この前のことを思い出すの。緑はこの前だって攫われた」

「そして、モーターと別組織……いや、二人組?だったか。そいつらに殺された」

 花はそう、と言った。

 あのときの謎の二人組。否、正体は明確であり、カリーヌ王国の全国民どころかほとんどの人が知っているであろう人物とその従者。最初の頃はモーターの仕業だろうと思っていたが、予想は完璧に外れていたのだ。

 この情報が外部に漏れてしまえば、あの国は崩壊してしまうだろう。面倒事を避けるため、俺たちは誰にも話していない。尤も、陥れるつもりもない。

「てことは今回もあの二人組によるものだと予測できるわけさ」

 確かにそうだと俺は思った。

 花と俺の予想が正しいならば、場所もこの前と同じ。カリーヌ王国八番地の工業跡地、その中の第3倉庫に緑はいるはずだ。

 それなら話が早い。今すぐに向かい、助けに行くべきだろう。幸い、緑は眠らせる前に攫われた。元組織の一員だったのだし、抵抗ぐらいできるだろう。

「じゃあ、物を揃えてすぐに向かおう」

 待って、と神妙そうな顔で花が止めた。

「あの人たちの強さを忘れたの?無計画で勝てるわけがない」

「忘れたわけじゃないさ。でも時間がない」

 状況的に今から計画を立てることはかなり厳しい。まず、第3倉庫まで行くには時間がかかる。それなのに時間もない。無計画での勝算は薄いが、早く行動しなければ助けられる可能性すらない。

 花は黙ってしまった。時間がなくとも助けられるよう策を考えてくれているのだろう。やがて、目処が立ったのか重そうに口を開いた。

「とりあえず出発しよう。工業跡地までは、ここから荷台で1時間ぐらい。それも含め、3時間以内に終わらせる」

「分かった。八番地行きの荷台の時間を調べよう」

 近くの時刻表を見ると、あと10分後に来るようだった。これは好都合だと思い、すぐに荷物をまとめ始める。

 準備が整ったところで、花を横目で見た。彼は表情にこそ出ていなかったが、汗をかき、指先を震わせ、足取りもおぼつかないようだった。そんな彼を見ると、更にどうすればいいか分からなくなる。

 もし、緑を救えたとしても、花が不安そうな顔をしていたならどうだろうか。それは救えたと言えるのだろうか。落ち着かないまま、不安定な生活を送っていくのではないか。3人一緒でも、それなら意味がない。

 はっとして、頭を横に振った。衝動的に震える花の手を握る。「花」と名前を呼んでみたが、その後の言葉が何も思い付かなかった。手を握ったまま、時間が過ぎてゆく。

 どうしようもないので離そうと思った瞬間、彼は吹き出した。突然のことで俺は困惑し、手を離せずにいた。

「ちょっと、なに?急に名前呼んだくせして、何も言わないまま固まるなんて……」

 花は上品かつ毅然とした声で笑った。俺は何が何だか分からなくて、困惑したままだった。彼は俺の手をするすると解き、その手で頭を少し乱雑に撫でた。その行動に俺は更に戸惑う。

 散々撫でられたところで俺は我に返り、花の手を振り払おうとしたが、両手で顔を挟まれた。「う?」と間抜けな声が口から漏れる。花の強く丸い目が眩しかった。

「今回こそは成功させよう。ほら、暗い顔しないで」

 俺の顔からパッと手を離すと、花は笑顔でこちらを見つめる。荷台の走る音が遠くから聞こえてくるのを耳に、俺は花の目から離せずにいる。

「緑も私も、駒の笑う顔が見たいな」

 続けて、彼は俺の笑う顔が好きだと言った。

 俺なんかの笑う顔が見たいだなんて、花は変な人だ。口にこそ出してくれないが、緑もそう思ってくれているのだろうか。

 俺は思わず頬が緩んだ。すると、花も笑った。俺は早く、花の心から笑った顔が見たいと思った。


 俺たちは荷台に揺られながら、これからのことを話し合った。

 花が考えた策というのは、まず俺が倉庫内に入り、緑を救出する。そして、花が倉庫内に入りながら銃を撃つ。俺はその隙に外に出て、持ち物を緑に渡し、3人で戦えるようにするというものだ。

 しかし、そこからは相手がどう出るかわからないので、とにかく頑張れということらしい。

 もし20分以内に緑を救出できなかった場合は、花がその時点で乗り込むそうで、計画自体がうまくいかなかった場合は、リバースをするらしい。

 様々な失敗を重ねたおかげか、想定される事態の対策を多く考えられるようになった。一番は策がうまくいくことだが、成功しない確率の方がよっぽど高い。なにせこの世界は、緑を生かそうとはしてくれないのだから。

 いつの間にか時間は経っていて、気付けば八番地の工業跡地に着いていた。これから俺たちは、間違えることなく計画を実行しなければならない。

 残り時間は約二時間。

 花と俺は工業跡地に入った。なるべく音を立てずに道を進んでいく。

 昔は観光客の多かった工業跡地だったが、今では人影もなく、寂寥とした風景が広がっている。第3倉庫は奥の方にあり、なかなかの道のりがある。

 俺は長時間気を張っているせいか、だんだんと苛ついてきていた。しかし、花に迷惑をかけるわけにはいかないので、滲み出てしまいそうな感情をぐっと堪えながら足を動かした。

 ついに、第3倉庫の前まで来てしまった。花は隣の第2倉庫の壁に武器を持って張り付き、こちらの様子を静かに伺っている。俺は行動するのが怖かったが、花の目を見るとやらないわけにはいかなかった。

 俺は深呼吸をした。昔の戦闘を思い出し、体の使い方を変える。そして、思いっきり倉庫に突っ込み、シャッターをナイフで切り裂いた。古い建物だったおかげか、案外すぐ突破することができた。

 中に入ると、緑を見つけた。彼は拘束されていて、全てを殺すと言わんばかりの鋭い目をしていた。

「緑!」

 思わず名を呼び、駆け寄った。すると、何故か緑は目を見開き、俺の後ろを見ているようだった。後ろに誰かいる、そう思ったときにはもう遅かった。

「随分早かったですね」

 甲高い聞き覚えのある女の声。

 振り返る前に手が出たが避けられてしまったので、足を一歩前に出して、後ろに回し蹴った。また外してしまったので、女と戦うことを一度諦めて緑の方に走る。

 今は緑をこの倉庫から出させることが重要だ。なにせ20分しかない。

 素早く緑を縛る紐を切り、緑が動けるようにした。俺は彼の腕を引っ張って立ち上がらせ、女から離れられるように強めに押す。

 当然、相手は待つことを知らない。緑に向かって走っていく。止めなければならないと思い、二人の間に割り込む。俺が攻撃を仕掛けると、相手に止められた。改めて手元を見ると、女は先の鋭利な長物を持っていた。

 外から射す光に照らされ、きらりと輝く女の目が俺は怖かった。華奢な見た目に反し、相手の力は強く、ずりずりと後ろに押される。

「離れろ、腹黒女王!」

「黙りなさい、世界の反逆者」

 反逆者なものか。俺は大切な人を守りたいだけだ。それが何者でもあったとしても。

 花には今のうちに入ってきてもらった方が都合がいいが、それでは計画は台無しになってしまう。

 どうするかを足りない頭で必死に考える。花の考えるものほど良いとは思えなかったが、思い付いたことをすぐに行動に起こした。

 汚い言葉と共に、精一杯の力で相手を弾き返す。そして、俺はこう叫んだ。

「緑、外に行け!」

 瞬時に察してくれたのか、間もなく俺の壊したシャッターに走り出した。女はそれに気付いたようで、緑に向かって走り出す。俺はすかさず止めに入った。

「行かせるわけないだろ」

「今日に限って面倒な」

 俺はナイフで相手を弾き、緑が残っていないか周りを見た。倉庫内に緑はいなかった。どうやら成功したようだ。

 その事実に安堵し、一息ついた瞬間、女は俺の腹部に向かって突きを入れようとしてきた。俺は寸(すんで)の所(ところ)で避け、長物を上から足で押さえた。すると、危ないと思ったのか女は手を離した。好機だと思った瞬間、銃声が聞こえた。

 床に落ちている武器を拾わせないように、蹴って遠くに追いやる。そして、俺は銃声の聞こえる方を向いた。

 そこにいたのは、もちろん花だった。シャッター付近で銃を構えて、勇ましく立っていた。花は女に向かって撃ちながら、ずんずんと進んでいく。それに伴い、女は後ろに下がっていく。

 ここまでは計画通りだと思い、俺は外に出ようと走ったが、いきなりパーンという大きい音がして振り返った。花の銃はバラバラになっていた。すると、花は物凄い勢いでこちら側に離れてきた。

「私の武器があれだけと思って?」

 小さなナイフのようなものを持ったまま、可憐な女は一歩一歩、こちらに歩いてくる。

 初めてその姿をはっきりと見て、この前のことを思い出した。思わず感情に体を奪われそうになったが、必死に抗う。計画通り進めるため、理性を保たなければならない。その女は不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

「さて、あなたたちはだーれ?」


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

次は来週に投稿しようと思っています。

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