第1話 リバースリバース
リバースリバース。
温かい日差しが窓から差し込む。花は花瓶の水を替えに来ていた。俺は椅子に座って緑の目が覚めるのを待っている。無意識に緑の手を力強く握っていた。何度目か分からない状況だったが、相変わらず固唾を飲む。
やがて、緑の瞼がゆっくりと開いた。この瞬間をどれだけ待ち望んでいただろうか。とてつもなく嬉しかったが、その感情が表に出るのを我慢して緑に話しかけた。
「おはよう、緑。やっと起きた?」
「あぁ、おはよう」
眠そうに応える緑は、まだ体が動かないのか顔だけをこちらに向けていた。緑が起きたことに気が付いたのか、花が振り返った。
「おはよ。朝ご飯食べよっか、緑」
「おう……」
緑は布団からのそのそと出ている。その間に花と俺は寝室を去りリビングに向かった。ちらりと後ろを見ると、後を追うように緑が部屋を出ようとしていた。
俺は朝食をとりながら、自分が目を覚めるまでのことを思い出していた。目が覚める前は、カリーヌ王国にいた。そこで、モーターとは別組織のトップに緑が殺されてしまったのだ。彼を死なせないためとはいえ、またリバースをしてしまった。自分が至らないせいで、花にも迷惑をかけてしまった。
緑には前の記憶はない。それを裏付ける徹底的な証拠はないが、覚えているとは到底思えない。というのも、リバースを行うようになったばかりの頃、リバースをする前の話をしても全く知らなかったのだ。緑だけ記憶がない、というよりかはリバースを行った当人以外記憶がないという方が正しいだろう。つまり、花と俺だけ前の記憶があるのだ。
しかし、もしかしたらあるかもしれない。覚えていることを隠しているだけかもしれない。そんな淡い期待を抱き、今回も前の記憶を覚えているか確認をしてみた。
「緑、カリーヌ王国って知ってる?」
「知ってる。王女が有名なとこだろ。栄えてるって聞くからいつかは行ってみたいもんだな」
「そうだね」
いつかは行ってみたい、その言葉を聞いて今回も覚えていないことが分かった。覚えているならば、この前行ったのだからそのときの話でもするはずだ。尤も、緑はあまり自分から話す方ではないが。しかし、俺の聞き方も随分成長したものだ。はじめの頃はてっきり覚えていると思って、それを前提とした話や自分の記憶を話してしまっていた。そのときの緑は感情的になり、幾度となく死んだ。
いきなり突拍子もない話をはじめたせいか、緑が怪訝そうな顔でこちらを見つめていた。
「急に何?そんな話して」
「いや、別に。ふと思っただけ」
「あっそ」
いつも通り素っ気ない返事しか返ってこなかった。が、緑は冷たいわけではない。寧ろ心優しい方だ。ただ、緑は俺らに協力してほしくないがために、ああやってわざと嫌がられる行動をしているのだ。それを知られているということを彼はまだ知らない。
俺は残った丸パンを口に突っ込み、水で押し流し無理やり朝食を終了させる。隣にいた花が驚いた様子でこちらを見ていた。俺は手を合わせて感謝の言葉を口にした。
「アウンタラ」
「はい、おそまつさま。って、もう食べ終わったの?もっとゆっくり食べた方がいいよ」
「朝食に使う時間すら惜しいとこなんだよ」
花は不機嫌そうに「そうですか」と返してきた。今日の朝食は花が作ったものだ。彼はきっと自分が作った料理を味わって食べてほしいのだろう。そのことに申し訳ないと思いつつも、俺は自部屋にノートを取りに行った。リビングに戻り、机上にノートや筆記用具を広げる。
さて、どうしたものかな。
前に書き留めた文章は一切残っていない。当たり前のことだ。なにせ、まだその時間まで到達していないし、時を巻き戻しているのだから。しかし困ったな。おかげで現時点の状況を判断するのが難しい。まず、これから何が起こるのかを思い出さなければならない。俺は記憶力がいい方ではないのに。
まず状況を整理しよう。前提として、今はモーターに追われる少し前。あの組織を辞めたばかりといったところだ。
次に、これから起きることを思い出そう。はじめに、俺ら三人は数週間後にモーター員と遭遇することになる。そのときトリスが発生してしまい、俺たちがリバースの元凶であると思われ、追われの身になるのだ。その追われている間に、俺と花はリバースに導かれ、リバースが導きし者となった。つまり、モーター員と遭遇したときはリバース側かどうか疑いで済んでいたのに、本当にリバース側になってしまい、モーターに一生追われ続けることになる。というのが、俺が初めて生きた世界での大まかな出来事だ。リバースの正体が知られるまでにはまだ時間はある。今のうちに対策を練っておかなければならない。
そのため、数分ほど作戦を考えてみたのだが、駄目だな。何も思い付かない。ここは俺以外に唯一前の記憶がある、花と話し合うべきだろう。
「花、ちょっと」
俺が呼び掛けると、花は小走りでこちらにやってきてくれた。彼に策が何も思い付かないと嘆くと、聡明な彼はこの前とは違う策を考えてくれるようだ。花には頼りっぱなしで本当に頭が上がらない。
「また同じ道を行くのは厳しいよね」
「そうなんだけど、カリーヌ王国は逃げるために必ず通らなければならない場所なんだ」
世界地図に指を指しながら説明をする。俺たちが今いるのはザウザ。カリーヌ王国の上の国、茶国を挟んだところに位置する。トリスの出没数が少なく、モーター員が滅多に来ないので比較的安全な国だ。
しばらく考えていた花が口を開いた。どうやら案を出してくれるようだ。
「トリスやラブカを使って王女側を鎮圧させて、突破するのはどう?」
「だめだ、リスクが上がる。失敗すればリバースすら難しいかもしれない」
そっか、とため息を漏らす花は疲れた顔をしていた。彼も心身ともに疲れているのだろう。何度も何度も、緑が死ぬ局面に立ち会っているのだ。俺だって嫌になる。俺はいつまで経っても緑を救えない。
俺がもんもんとしていると、花が思い付いたように「あ」と呟いた。どんな策が思い付いたんだろう。
「じゃあ、緑を薬で眠らせて、カリーヌ王国の間を運ぶってのは?それなら緑は何もできないから、王女側に気付かれる可能性が低くなる」
「確かに」
凄いな花は。俺ならこんな策は思い付かない。
眠らせるのは緑が敵に攫われたり、俺らが襲われたりしたときに大変だが、緑はカリーヌ王国出身ではないし、大丈夫だろう。念のため万が一のときのことも考えておこうか。
俺は花の方を向いて話しかける。
「よし。とりあえず、その策に向けて動くか」
花はゆっくりと頷き、コーヒーを煎れてくると席を立った。芳ばしい香りが漂うリビングは懐かしい感じがした。何故運命は平和を続かせてくれないのだろうか。俺には到底理解できそうになかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




