第一話 転生者の夢と現実
「いったたた。今日も手加減なし、か……まあ、それで異母妹の気が済むのなら……」
(それに――新しい魔法も手に入ったし)
「《収納》」
私の体中にできていた傷が見る間に消えていく。
(はぁ、痛かった。でも、このままだとまた容赦なくやられるからなぁ。適度に残しとかないとね……)
「《抽出》」
(ん、よしよし。見た目だけは戻ったかな)
たった今、負ったばかりのような傷から滴る赤い雫をぺろりと舐め、半地下の窓から漏れ入る月の光を見上げた。
(もう少し、もう少しの辛抱だよ、セラ。学園を卒業したら、こんな家……絶対に出ていってやるんだから!)
私には婚約者がいる。卒業後、彼と結婚すれば、この家を出ることができる。
今までどんなに家族に虐げられても、それだけを励みに頑張ってきたのだ。
例え高等魔法は使えなくても、私には私なりの基礎魔法の使い方がある。
この方法でなら――彼にも、そして、彼の家にも迷惑をかけず、認めてもらえるはずだ。
(そうしたら、きっと――)
前よりも――もっと、幸せになれるかもしれない。
私は転生者である。
そして、この世界を選んだのは私だ。だから、その事自体に後悔はしていない。
魂だけの存在になってしまった私の前に現れた神だと名乗る人型の光に、絵本や物語の中の魔法が使える世界に転生したいと望んだ。
神様に直接転生させてもらうんだから、物語の主人公級のチートな魔法が使えるとばかり思っていた。
でも、まさか基礎中の基礎――いや、最底辺の魔法しか授けてもらえないなんて……その時の私は思っていなかったのだ。
魔法の力が発現する十歳で、転生前の記憶を思い出すまでは。
この世界での私の家柄、ラスウェル伯爵家は母方の元を辿れば公爵家に繋がる。そのため、膨大な魔力を持った者や複数系統の魔法を同時に使える者など優秀な人物が多い。
そんな母の家に婿養子として入った父との間に生まれたのが兄のジョシュアと私、セレーナだ。
母は私が八歳の時に亡くなり、父がラスウェル家当主を引き継ぐと、喪も明けぬうちに父は後妻を連れてきた。そして、その義母とともに現れたのが異母妹のシャーロットだった。
父と母の間に愛などなかったのだと、同じ歳の異母妹の存在で知ることになったのである。
それでも、半分は父の血を引いているのだから、と言い聞かせていたが、待遇は年々酷くなっていった。
父の再婚時、兄は十歳で、すでに公爵家の血筋を思わせる膨大な魔力を持っていることがわかっていたため、義母やシャーロット、ラスウェル伯爵である父すら手出しができなかった。
しかし、私は違った。まだ魔法を発現させていなかったし、シャーロットとは同じ歳だったこともあり、兄の分も上乗せされるかのように義母やシャーロットから酷い仕打ちを受けた。
『私たちはあなたのせいで日の当たらない生活を送ってきたんだから、当たり前でしょう?』
そう言われ、伯爵家の血を引く令嬢とは思えぬ扱いを受けるようになっていった。
それを父は見て見ぬふりをし、兄は――
『お前な、もっと上手くやれよ』
口ではそう言いながらも、まだ発現させたばかりの拙い治癒魔法を私にかけてくれていた。
そんな兄も、私が十歳で発現させた魔法が基礎中の基礎である最底辺の収納魔法だけだったことに幻滅したのだろう。
『同じ血が流れているかと思うと、ゾッとする』
そう言って、眉間にシワを寄せるようになった。
「お前な、まだ上手くやれないのか」
今は宮廷魔術師をしている兄がラスウェル伯爵邸に帰ってきて、私の顔を見るなりそう言った。
「無理よ。わかっているでしょ? 私の利用価値なんて、この血だけだもの」
兄の不機嫌な顔を見たくなくて、先ほど痛みだけを“収納”し、傷だけを“抽出”した、生々しい傷口から滴る血を見つめた。
(わざわざこんな半地下の狭くて薄暗い部屋になんて来なくてもいいのに……)
兄は私の部屋の中へ無言で入ると、「座れ」と一言、低い声を出した。
言われるまま木製の硬いベッドに腰掛ける。
私の部屋にはそれ以外に座れる場所なんて、他に床しかない。
部屋に入って三歩ほどの、わずがな距離にある私のベッドサイドに兄が膝を付けた。
そして、無詠唱で私の傷を治していく。
「あまり治し過ぎないでくれない? 次はもっと酷くやられるから」
(それに、もう自分で治せるし)
兄は眉間のシワを更に深くすると、見えないところだけを重点的に完治させた。
十歳で攻撃魔法を発現させたシャーロットに実験台にされてもう八年になる。
この八年間、兄はずっと私に治癒魔法をかけ続けてくれている。
公爵家の血筋でありながら、自分と血を分けた兄妹でありながら、収納魔法しか使えない私を幻滅しているくせに。憐れみの情からなのだろうか。
一通り治療し終えた兄は立ち上がると、私に背を向けた。
扉の前まで三歩進み、ピタリと止まる。
「学園を卒業するまであと少しだな」
今日はやけに口数が多い。いつもなら治療が終わればさっさと出ていっていたのに。
床に視線を落としていた私は顔を上げ、兄の背中を見つめた。
「オルクス侯爵家では上手くやれよ」
宮廷魔術師の制服である白いローブがふわりと揺れた。
「ジェラルドならお前を――いや、ジェラルドは俺の友人だからな。煩わせるなよ、いいな?」
「わかっているわ」
忠告ともとれる兄の言葉と、振り向いて月明かりに照らされた兄の表情が一致せず、私は目を見開いた。




