表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖刀 益荒男  作者: 地辻夜行
四章 日護女
20/20

(二十)

「早う、早う朱火様を屋敷の中へ!」

 結界の中に、有脩(ありなが)の焦りに満ちた声が響く。

 強く噛みしめていた下唇に血がにじむ。

 彼が遠くの空の大百足(おおむかで)に気をとられているうちに、結界の周りには、これまでとは比べものにならない数の妖が集まっていた。

 朱火が移住してから、なん度も姿を見せている烏天狗。人の顔をした火の玉、様々な動物の姿をした妖たち。

 彼らが結界へと突撃を繰り返し、結界がゆれる。

 有脩の額に大量の汗がにじむ。土御門の知識と技術が込められた結界といえども、その力を上回る負荷がかかれば、耐えきれるものではない。

 これだけの数の妖が突破を試み続ければ、結界が破られるのも時間の問題。

「姫様、どうかお聞き入れください! どうかお屋敷の中へ!」

 切羽詰まった声に、有脩は意識を結界の中へと戻す。

 そこには懸命に朱火の手をひき避難させようとする女中の姿があった。

 だが、肝心の朱火は足に根でもはえたかと思うほど、背中にのっぺらぼうを張り付けたままピクリとも動かない。

 何をしているのかと有脩がかけよれば、彼女は天をみあげ一点をみつめていた。

 なにごとかと彼は朱火の視線を追う。

 誰かと目が合った。誰かがニヤッと笑った。妖だった。

 頭は猿、胴と足は虎、尾は蛇。そんな妖が結界の頂点に座り、彼らを見下ろしていたのである。

「まさか……あれは(ぬえ)か?」

 有脩の声が震える。配下の陰陽師たちの口からも、一様に怯えた声が漏れだす。朝廷につかえる者にとって鵺は伝説だ。源頼政に退治されたとはいえ、朝廷を恐怖に陥れた妖。

 実際にその身から感じる妖力は強大だった。

 鵺は恐怖に怯える彼らを嘲笑うように、ヒョーヒョーとまるでトラツグミのような声で鳴く。

 すると空にひびが入った。座る鵺の足元だ。

「皆、備えよ! なにがあっても朱火様をお守りするのだ!」

 有脩が叫ぶと同時に、結界が甲高い音をたてて割れる。

 鵺が笑顔のまま降ってきた。

 有脩たち陰陽師が咄嗟に印を切る。鵺が顔から見えない壁にぶつかった。それでも妖の顔から笑みは消えず、鵺は壁を足場に力強く跳び彼らから離れた地面へと降りたつ。

 有修は毅然と先頭きって鵺と向かいあう。しかし、その顔は青ざめ、彼と鵺の力の差を周囲に知らしめてしまう。

「他の妖も入ってきます!」

 配下の切実な叫びに、恐怖にたえきれなくなったのであろう女中が悲鳴をあげ、ひとりで屋敷の中へと逃げこむ。

 だが、その場にいた誰もそのようなことは気にしない。陰陽師も妖も、意識を向けるのはただひとり。   

 燃えるような赤き瞳を、冷たく鵺に向ける少女。

 この時この場所はすべて朱火を中心に動いていた。

「まずは目の前の妖を滅する! 皆、力をわれに呪力を!」

 指示をうけた陰陽師たちが、印をむすんだ指を有脩に向ける。彼の身体が白く淡い光に包まれた。

「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳(こうちん)南儒(なんじゅ)・北斗・三台・玉如(ぎょくにょ)急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」

 有脩も両手で印を結びその指を鵺に向けると、鵺を光の玉が覆う。

 球は瞬く間に小さくなり、玉の内側にいる鵺を潰さんとする。妖の顔から笑みが消えた。虎よりも二回りは大きかったその体躯も光球に押し込められ、いまにも押しつぶされそうになる。

 だがしかし。

「鵺とは、面白いものが復活しておるではないか。どれ、我が姫君をお迎えするのに、もうひと暴れしてもらおうか」

 上空から野太い声が響いたかと思えば、突風が吹き荒れ有脩を含む五人の陰陽師を吹き飛ばす。

 有脩からの力の供給が途切れた光球は、内側から押し広げられ虚しく砕け散った。

 解き放たれた鵺はヒョーとひと声高く鳴くと、牙を剥きだし彼に跳びかかる。

 倒れていた有脩は慌てて状態を起こし印を結ぶ。鵺の牙と彼の印を結んだ手がぶつかり合う。

刑部卿(ぎょうぶきょう)!」

 配下の陰陽師たちが助太刀に入ろうと立ち上がる。

「われのことはよい! 朱火様を守れ!」

 決死の言葉を飛ばす有脩であったが、彼の願いはかなわない。

 彼らと朱火の間に五体の烏天狗が降り立ったのだ。

 その烏天狗のむこう。朱火の前には、烏天狗よりもはるかに体の大きい山伏姿の赤ら顔の男が、風と共に現れる。

 男はまるで茄子のような立派な鼻をふんと鳴らすと、カカカと笑い声をあげた。

日護女(かごめ)よ。この大天狗様自ら迎えにきてやったぞ。祝言は派手にやるからな。楽しみにしておくがいい」

 寄り添うのっぺらぼうには目もくれず、大天狗は朱火に手を伸ばす。

「ぐぬっ!」

 大天狗の手の甲に傷がはいり、妖の手が止まる。傷をつけたものは動きを止めることなく、有脩に馬乗りになっていた鵺の鼻頭にも爪をたてる。鵺は驚きヒョウとひと鳴きするとその場から飛びのいた。

「朱火様!」

 滝のような汗を流しながら常盤(ときわ)が叫ぶ。朱火に駆け寄ろうとする彼女の前に、烏天狗が一体立ちふさがった。 

 常盤は素早く滑りこみ、烏天狗の股の下を潜り抜けると、朱火とのっぺらぼうを両脇に抱え、一足飛びに大天狗との距離をとる。

 妖はアゴをさすりながら、2人を地面におろす常盤を見やる。やがて、いやらしく口角をつりあげた。

「悪くない。悪くないぞ。正妻の座は日護女のものだが、妾くらいにはしてやろう。しばし待て」

 舌なめずりをしてからそういうと、手にしていた団扇を振る。 

 途端に常盤の顔が苦痛にゆがむ。

 横殴りの風が彼女だけを的確に吹き飛ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ