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妖刀 益荒男  作者: 地辻夜行
四章 日護女
19/19

(十九)

「それでは店の片づけをお願いね。ただ身を守ることを優先に」

 常盤(ときわ)の言葉に茶店を手伝わせている小間使いたちは、まだ青ざめた顔色ながらしっかりとうなずく。

 これまでにないほどの揺れで、常盤の店も大きく崩れてしまった。

 本来ならば、常盤が先頭になって片づけと建て直しに動かなければならなかったが、彼女にとってこちらは副業。常盤の本業は一夜衆の忍びであり、朱火の世話及び護衛。

 平時であれば、土御門の一門に任せておけばよいが、有事となれば話は変わる。

 しかも、いまは運の悪いことに、もしもの護衛として雇っていた駆血がいない。

 いまの京は血に飢えている輩が増えた。忍びではない小間使いたちだけに任せるのは不安ではある。とはいえ、小間使いと朱火では天秤にかけるまでもない。

 常盤は後ろ髪をひかれつつも、彼女の元へとむかう。

「駆血様にもアレは見えているはず。急いでもどっ来てくれていればいいんですが……」

 京のはずれにある朱火の屋敷に向かいながら、今も遠くの空で揺れる存在に目をやる。

 妖力のないものには見えないであろうが、琵琶湖の方角の空で揺れているのは、かつて藤原秀郷(ふじわらのひでさと)が退治した伝説の残る大百足に違いないだろう。なぜ復活したかはわからないが、あんなばかげた大きさの妖は他にいない。

 いまのところは揺れるばかりで、こちらに向かってくる様子はないが、あの大百足に襲われたならば、陰陽師の妖除けの結界だけで耐えられるとは思えない。

(朱火様をどこかにお隠しすべきかしら……でもどこに?)

 焦る気持ちを抑えながら、思考を巡らせる。

 だが突然のことに、良い案など浮かばない。結界で覆ってもなお漏れる朱火の妖力を、妖たちから隠せる場所などない。それにのっぺらぼうの存在がある。朱火だけなら受け入れてくれる場所もあろうが、のっぺらぼうが一緒では、見える者たちからは逆に敬遠されそうだ。

 常盤とて、彼女がのっぺらぼうを連れていたことには、驚いたのだから。

 彼女が朱火の世話をする忍務(にんむ)を仰せつかったのは、まだ彼女が武蔵国(むさしのくに)の山奥にある一夜の里で、各地へ送られるための鍛練を終えたばかりの頃。

「お主は京の都に行け」

「かしこまりました。そこで忍務につくのですね」

「そうだが、おぬしにはもうひとつやってもらうことがある。その筒の中に妖とやらを飼っておるおぬしだからこそ任せられる仕事だ」

 一夜衆を束ねる里長(さとおさ)にそう言われ、常盤は訝しげに眉をひそめる。問いただそうかと考えたが、どうせ喋るのだろうと、里長の次の言葉を待つ。

「やってもらうのは、とあるやんごとなき方の世話と護衛。まあ詳しくは堺の組頭に聞け。いま仮として役目についておる者と交代で役目につくことになるからな」

「その方も私と同じ力を持つのですか?」

 幼い頃から一夜の里で一夜衆となるべく、他の一夜の子どもたちと鍛練を積んできた常盤であったが、もともと異質な存在の集まりである一夜衆の中でも彼女は特に異質だった。

 妖を見ることができ、なおかつ顔も知らぬ母が遺したという管狐(くだぎつね)使役する。だが里の者には管狐が見えていない。これで孤独を感じるなと言うのは無理がある。

 だから京に自分と同じ力を持つ一夜衆がいるのは驚きだった

 しかし、里長はにやりと笑いながらも首を横に振る。

「いや、優秀なやつではあるが、あくまで一夜衆としてだ。おぬしのような一夜を逸脱したようなものはもっていなかった。その忍務につくまではな」

 常盤の眉間のシワがますます深くなる。

「どういうことでございますか?」

「なんでも、そのやんごとなき方と何日か過ごしておる間に、見えるようになったらしい」

 現実へと意識を戻した彼女は大きく息をつく。

 前任者だった夢助が、見えるようになったのは元々彼に素養があったのか、朱火の妖力の強さゆえなのかはわからない。だが、彼女がきっかけであることに間違いはないだろう。

 常盤が朱火の屋敷がある高台へと続く階段まできたとき、彼女はようやく周囲が普段とは異なる気配が漂っている事に気づく。

「どういうこと? なんでこんなに妖気が?」

 ひとつやふたつではない。特に力の強い妖気を感じさせるものがふたつ。中のものが五つに、弱いものは三十は集まっているかもしれない。 

 いまの京は長く続くいくさで、良くない気が溜まっている。それに誘われタチの悪い妖が集まっているのはたしかだ。しかし、この辺りは結界から漏れ出る朱火の存在を知る大天狗のしもべであるカラス天狗が寄って来るていどで、こんなに集まってきたことはない。

「朱火様!」

 彼女は歯をぎちっと噛みしめ、階段を駆けのぼった。朱火の元には結界もあれば陰陽師もいる。いますぐどうにかされることはなかろうが、胸騒ぎがやまない。

 焦る常盤を嘲笑うように、老婆の顔をした火の玉が複数体、階段を塞ぐ。

「邪魔だ、どけ!」

 乱暴に竹筒の封をはずすと、管狐をけしかける。

 馬鹿にするような笑みを浮かべていた老婆の顔が引きつり、素早く駆け巡る管狐にかき消された。

 それでも常盤の不安は消えず、むしろ大きくなる。

「どうかご無事で!」

 不安を吐きだすように叫び、階段を駆けのぼる常盤。そんな彼女を火の玉をかき消した管狐が、慌てて追いかけた。

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