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妖刀 益荒男  作者: 地辻夜行
四章 日護女
18/19

(十八)

「何をしておるのだろうな、われは」

 ぽーんぽーんと屋敷前に響く音を聞きつつ、有脩(ありなが)は小さくため息をつく。

 目の前では朱火とのっぺらぼうが蹴鞠で遊んでいた。

 ふたりとも無表情なので楽しんでいるのかはわからない。いや、のっぺらぼうにいたっては、顔がないので、なぜ蹴鞠ができるのかすらわからない。

 ただ、駆血が寝泊まりするようになる前は、屋敷の外に出てくることさえなかったのだから、朱火がこれまでよりも、ここでの生活を楽しんでいるのはたしかだろう。有脩にとっても駆血は野党除けに丁度よくもあった。

 有脩を含む陰陽師たちは、妖に対応できても人に対しての武力はない。とはいっても、姿を見かけないだけで、おそらく御所様より密命を受けた忍びの者たちが陰で護衛している。ならず者が近づいてくる可能性は低い。

 御所様より密命を受け、朱火を都から外れたこの地で守るようになり七年。

 神の血を引く朝廷に、百年に一度生まれるという日の本の国の神霊を鎮める姫巫女日護女(かごめ)

 その存在は一般には秘匿され、人知れずお役目を果たしてきたという。

 そんな彼女の身を守るためとはいえ、七年は実に長い時であった。孫子の代までの身分を保証してもらいはしたが、戦乱を恐れて領地に逃げ帰ったという汚名を受けている。決して気持ちのいいものではない。

「姫様、まもなく骨皮殿の代わりに常盤(ときわ)が参ります。冷えてもまいりましたし、中でお待ちになられてはいかがでしょう?」

 朱火から蹴りだされた蹴鞠が、有脩の言葉に引っ張られるようにのっぺらぼうから大きくそれ、彼の足元へと転がって来る。

 拾い上げた有修が顔をあげると、いつの間に歩み寄ったのか、朱火とのっぺらぼうがすぐそばでこちらを見上げていた。

「もうちょっと」

 小さな声で紡がれた言葉に彼は目を見張る。これまで彼女が有脩に声を返したことはなかった。

 もっとも有脩とて領地の仕事もあるので、いつもここに通えている訳ではない。その間彼女に声をかけても、帰って来るのは首を縦か横にふるのみ。固く結ばれたその唇が開くことはなかった。

「常盤が参るまででございますぞ」

 迷ったすえに有脩がそう口にすると、彼から蹴鞠を受け取った朱火とのっぺらぼうが同時にうなずく。

 無表情で蹴鞠を再開したふたりをみつつ、小さくため息をついた。

 朱火ひとりでもやっかいな存在であるのに、なぜのっぺらぼうが一緒なのか。

 御所様より朱火を紹介されたときには、すでに隣にいた。処分しようと考えたこともあったが、有脩がそう思うたびに、朱火はまるで有脩の心を読んだかのように、のっぺらぼうを抱きしめた。やっかいなことこの上ない。

「常盤のやつめ、早く来ぬか」

 有脩とは別に、御所様の命で朱火の世話を焼いている忍び一族の娘。普段の着替えやら食事の用意といった日常の世話は彼が用意した侍女がしている。常盤はもっぱら遊び相手やら相談役といったところだ。妖力をもつものどうし気が合うようなので、彼女が来ているときは朱火の世話は丸投げしている。

 有脩が常盤がいつもやってくる鳥居の方角へと目を向けていると、彼の足にこつんとなにかがぶつかる。

 蹴鞠だった。

 有脩がまたかと、かがみこみ蹴鞠をひろいあげる。

「そのまま座っていて」

 先程よりもしっかりとした朱火の声に、彼は驚き顔をあげる。そこには抱きしめあいながら地面にしっかりと座るふたりの姿があった。

 有脩がどうしたのかと 尋ねる前に異変は起きた。

 地面が大きく揺れたのである。

 地震を初めて経験したわけではない。ただ今回の揺れは桁が違った。

 立ちあがるどころか、かがんだままですらいられない。鞠を手放し四つん這いになり、大地にしがみつくように揺れがすぎるのをまつ。

 ゆっくりと十をかぞえた頃ようやく揺れが治まる。

 安心しかけた有脩であったが、すぐに自身の役目を思いだす。

 のっぺらぼうを抱きしめたままの朱火は一点を見つめていた。

 有脩は反射的にその視線を追う。

「なんじゃあれは?」

 間の抜けた声が彼の口をついてでる。

 遠くの空に、柱のようなものが天に向かって伸びているのが見えた。

 方角としては東。琵琶湖のある方角だ。

 もちろん琵琶湖に遠方からも見えるような塔はない。

 戸惑う有脩の前でその柱がウネウネと動きだす。

大百足(おおむかで)

 朱火の囁くような声が、彼の耳を強く打った。

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