52.それから・前編
私はABCを退職した翌日から、先日面接をした次の会社で働き始めた。
面接で会った中くらい部長は、入社してからもなぜか私を気に入って盛り立ててくれた。本来は薬局長だけが出席する会議も
「○○について意見を聞きたいから」
と参加させてくれた。
またある時、チェーン店の他の店の薬局長のMさんが
「敬子さんに○○のことを聞きたい」
と私が勤務している店にやってきたことがあった。しばらく仕事について話をした後
「いやぁ、敬子さんは素晴らしい考え方を持って仕事をしている」
と、実際以上に高く評価されたこともあった。
しかしそんな日々も最初のうちだけだった。
新しい会社に入社して一年くらいたった頃から、急にそれらの人たちからの音沙汰が無くなった。
もとより私は、人より抜きんでた仕事をしたい訳ではない。ただ目の前の仕事を安定してコツコツとやることができれば、それでいい。あまり気にしていなかった。
そんなある日、職場に見慣れぬ男がやってきた。痩せて細長い身体に、顔もまた細長く、太い黒ブチのメガネだけが目立っていた。
『桃屋のごはんですよ』(海苔の佃煮)
まさに、あのラベルそっくりだった。
「今度、本社の仕事をいろいろします」
と挨拶をした。
本社で事務の仕事をする人を増やすのか。そんなに人手は不足していないはず。ちょっと不思議だった。
他の人から聞いた話によると、その『ごはんですよ』は、ちょっと雑用のようなことを頼むと
「僕は本当は、こんなことをやるために来たんじゃない」
と言いながらイヤイヤやるので、評判が良くないらしい。
何のためにやってきたのか。




