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ほほえみ社長  作者: とみた伊那
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51.残業代事件

退職した翌月、私は給料が振り込みされているはずの通帳をチェックした。

ほほえみ社長のおかげで、すっかり給料がきちんと振り込まれているかを確認するクセがつくようになっていた。


もちろんそれは今では単なる習慣で、ABCになってからはきちんと給料の支払いを受けている。

受けている…はずが、入金されていない。

給料は確かに振り込まれている。しかし最後の日にあんなに残業したのに、それにもかかわらず残業代が一円も入っていない。

“ほほえみ社長は、あちこちに何人もいるのか”


私は早速ABC本社の事務所に電話をした。

「あの、最後の給料は振り込まれているのですが、残業代が入っていないのですが」

電話を受けた事務員は、当然のように即答した。

「ああ、敬子さんですね。こちらには残業代の届けは来ていません。ちゃんと出したのですか」

咄嗟に私の脳裏に、ある光景が浮かんだ。


ABC9号店を閉店させた日、夜遅くまで残業して、私は帰る直前にタイムカードを本社宛ての封筒に入れ、封をした。あとはこれをポストに入れれば残業代が計算されることになっている。

「では、これで失礼します」

そう言ってくらげ課長に挨拶して帰ろうとした、その時だった。

「あ、その封筒、本社宛てなの。じゃ、僕が出しておいてあげる」

くらげ課長が手を伸ばした。


しまった!

つい油断して、その時にタイムカードの入った封筒をくらげ課長に渡してしまっていた。まさかそれを破って捨てたとは思わない。しかしくらげ課長のことだから、きっとカバンの中に入れられたまま忘れ去られ、今になっても地球上のどこかをフラフラとさ迷っているに違いない。

これが私かくらげ課長のどちらかがまだABCに残っているのなら、まだ何とかなるのかもしれない。しかしすでに反乱を起こしたくらげ課長には、今さら連絡できる方法を知らない。

あの夜中まで働いた残業は全て無駄になってしまうのか。


絶望的になりかけた、その時だった。

「あ、ここにあった」

電話の向こうで声がした。

ここに……まるで電話のすぐ隣に置いてあったような言い方だった。


ああ、私は今までの行いによって、くらげ課長を即座に犯人扱いしていたのだ。

ここは反乱したケータイ部長やくらげ課長だけではない。本社の事務員もA4事件という、過去のある人たちなのだ。


そして最後の給料をもらった一か月後、ABCから残業代が振り込まれた。

もうすっかり、どの入金がいつの分の給料なのか分からなくなってきた。


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