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ほほえみ社長  作者: とみた伊那
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50.ABC社長

いよいよABC9号店閉店の日。


店のシャッターを降ろした後、私は事務員と二人でレセプトをやっていた。

普通ならば翌日の7日くらいまでに終わらせればよいのだが、この日で9号店はABCからケータイ部長の会社に移る。そして私はこの日を最後に退職する。そのため、何があってもレセプトは今日中に全部終わらせなければならなかった。


事務の人はそのままABCに残るので、半分仕方ない面もある。

「なぜ今日で辞める人がこんなに遅くまで残って働かなければならないのだろう」

心の中で愚痴っていた。


残業している時、最初にやってきたのはABC社長だった。

やってきたと言っても、特に社長がやる事は無い。私たちが忙しそうにしている中、社長は近くの椅子に座り、私たちの様子を眺めていた。

仕事のキリがよいところまでいくと私は手を休め、閉店の実務の内容、短期間だが今までお世話になったことに対してのお礼を言った。

「こんなことになってしまって、敬子さんには本当に悪いことをしたと思っているのです」

そうか。社長は私の退職を責めている気持ちは無かったのか。

そしてこの時初めて、私は社長が自分の言葉で話しているのを聞いた。


ほんの数か月前の面接で、ケータイ部長の作り話をただ聞いていただけの社長は、自分の意志を持たない人形のように見えた。今まで私が知っているABC社長は、年中海外研修ばかりしていて会社にいないことが多く、全く存在感が無かった。その頼りなさが、私は最後まで本当の意味でABCに対する愛情を感じさせなかった。

そして社長という地位に甘んじることなく、もっと前から自分で考えて行動していれば、反乱軍が生まれることはなかったのに。

必要事項だけ聞くと、それ以上やる事の無いABC社長は早々に帰っていった。


やがて夜11時にもなろうとする頃、波にただよって流れ着いたようにくらげ課長が顔を出した。

「まだやってるの~」

その声に少しばかりカチンときた。

「ここは明日からあなたのお店。今でもあなたが責任者のお店。あなたが乗っ取って経営するお店なのに、なぜ私が遅くまで残業して、あなたは波間にただよっているのか」

と心の中で思いつつ

「あとは明日の準備のための○○の仕事が残っているのですが、手伝っていただけませんか? 」

と、にこやかに話しかけた。

顔は笑っていたが、頭の上ではヤカンが沸騰していたのが分かったのだろう。

「あ、もう遅いから帰っていいです。あとは僕がやっておくから」

そう言われたので、早速とっとと帰ることにした。とは言ってもレセプトはすでに終わり、後は明日からの仕事の準備だけだった。


その日はくたくたに疲れた。

そして夢野薬局に続き、ABC薬局も退職した。


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