37.パート事件
ABCチェーンから薬剤師が一人派遣され、私はその人と二人で薬局を引き継いでいくことになった。今度はしっかり薬問屋への支払いもしているので、問屋の営業の人が来ても気持ちは晴れやかである。
「最近どうですか? 」
自分の担当外のNさんも、様子を見にやってきてくれた。
「おかげさまで。以前はいろいろとご迷惑をおかけしました」
実はこのNさん、この店の担当ではないが、ちょっと縁があった。前に夢野薬局を立ち上げた時、レセプト用のコンピューターを操作できる人がいなかった。その時にNさんの奥様に週に何日かパートで来てもらい、コンピューターの指導と事務処理の手伝いをしてもらっていた。
夢野薬局の閉店と同時にそのパートの仕事は無くなったが、そのNさんの奥様は明るくてきぱきと働き、本当に良い人だった。
「奥様にも、あの時は本当にお世話になりました」
「いやいや、あんなんでも役に立ったでしょうかね」
Nさんは謙遜して言った。
「いえいえ、本当に助けていただいて感謝しています」
「そうですか。じゃ、私はそろそろ失礼します」
帰りかけた時、ちょっと思い出したように
「ところで……」
一言漏らした。
「ウチのヤツの給料はまだ出ていないんですよ。社長さんから、正社員の二人を先にするから待ってくれって。いや、いいんです。たいした額じゃないからアテにしていないですから」
Nさんはついでのように言って帰っていった。
え???
私は、その後しばらく唖然としていた。
確かジュンちゃんには、薬局長として責任者だから、下から給料を出すから待ってくれと言ったはず。なのに一番下のパートという身分の人には、まだ支払っていないのか?
こっちには上から先に支払うと言ったのか?
またしてもしてやられた。
結局ほほえみ社長は、しつこく払えと言わない限り、誰に対しても永久に支払う気持ちなど無いのだ。最終的にとりあえず私の給料が出たのは、私が社長の事務所まで怒鳴り込みに行ったからに違いない。
いや、もしかするとあの社長のことだから、私の給料は売却先のABCの財布から出させたのかもしれない。今となっては真実は分からない。
日本人の美徳である
「私は後からでいいですから」
という謙虚では通じない相手もある。




