24.勧誘事件
夢野薬局は、ダンディー黒岩のいる問屋の他にもう一つ小さい問屋と取引をしていた。メーカーによっては、ある問屋では取り扱いのできない薬品もあるので、それをそこから仕入れていたのである。
当然ここの支払いも滞っている。金額としてはダンディーの問屋の借金より一桁少ないので、それほどの金額ではない。
その問屋の営業マンも、他と同様に初めの頃は何度か請求にやってきた。
「△△問屋ですが」
「ごめんなさい、まだお支払いができません」
限られたメーカーのものだけを仕入れているので、金額は微々たるものだが、それでも借金は借金である。
その営業マンが、この頃になって毎日のように通ってくるようになった。
「ごめんなさい。社長にも、もう一度お支払いするように言っておきます」
「いや、もういいです。大した金額ではありませんから。それより先生方(ジュンちゃんと私のこと)にお話があります」
営業マンの話はこうである。
ここから三駅ばかり先のところの薬局が、急に忙しくなって人が足りなくなってきた。ここの現状を聞いて、こんなところでいくら頑張ってもラチがあかない。そこに二人とも転職しないか。
お金のことだけを考えれば、悪い話ではない。しかし、そう簡単に決断できるものではない。
「どうしようかぁ」
少し理由があって迷っていた。
ここでそれなりに患者さんが付いていて、いきなり投げ出してしまうには抵抗がある。
再び得体の知れない個人の会社に行くのにも抵抗があった。
そしてここの薬局開設のためにダンディー黒岩が本社を説得し、借金をかばってもらい、どれだけ協力してくれたか分からない。そのダンディーに対していきなり
「もう、ここ辞める」
と言って去ってしまうのにも抵抗があった。何となく義理を欠くような気がしていた。
あいまいな返事をしている間、営業マンは毎日のようにやってきた。
「せっかくですがお断りします」
一度断ったが、営業マンはその日は頑として帰ろうとしなかった。
「あなたたちが黒岩さんに義理立てしているのは分かります。でも、ここにいつまでいても何にもならないのです」
さらにキッパリと言った。
「いいえ、そこへ移る気はありません。先方にそうお伝えください」
営業マンが去った後、ジュンちゃんが言った。
「私、ダンナがいなかったら、サッサと辞めてそこに行ったと思う。でもダンナがいるから、そうもできない」
そして私は何となく気が進まないので断ったのだ。
なんだか知らないところで自分が売り買いされている……そんな雰囲気を感じていたから。
だがこうしている間に、実は裏では私の売り買いの話が進んでいた。当時、そのことを私は知らなかった。




