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ほほえみ社長  作者: とみた伊那
24/54

24.勧誘事件

夢野薬局は、ダンディー黒岩のいる問屋の他にもう一つ小さい問屋と取引をしていた。メーカーによっては、ある問屋では取り扱いのできない薬品もあるので、それをそこから仕入れていたのである。


当然ここの支払いも滞っている。金額としてはダンディーの問屋の借金より一桁少ないので、それほどの金額ではない。

その問屋の営業マンも、他と同様に初めの頃は何度か請求にやってきた。

「△△問屋ですが」

「ごめんなさい、まだお支払いができません」

限られたメーカーのものだけを仕入れているので、金額は微々たるものだが、それでも借金は借金である。


その営業マンが、この頃になって毎日のように通ってくるようになった。

「ごめんなさい。社長にも、もう一度お支払いするように言っておきます」

「いや、もういいです。大した金額ではありませんから。それより先生方(ジュンちゃんと私のこと)にお話があります」


営業マンの話はこうである。

ここから三駅ばかり先のところの薬局が、急に忙しくなって人が足りなくなってきた。ここの現状を聞いて、こんなところでいくら頑張ってもラチがあかない。そこに二人とも転職しないか。


お金のことだけを考えれば、悪い話ではない。しかし、そう簡単に決断できるものではない。

「どうしようかぁ」

少し理由があって迷っていた。

ここでそれなりに患者さんが付いていて、いきなり投げ出してしまうには抵抗がある。

再び得体の知れない個人の会社に行くのにも抵抗があった。

そしてここの薬局開設のためにダンディー黒岩が本社を説得し、借金をかばってもらい、どれだけ協力してくれたか分からない。そのダンディーに対していきなり

「もう、ここ辞める」

と言って去ってしまうのにも抵抗があった。何となく義理を欠くような気がしていた。


あいまいな返事をしている間、営業マンは毎日のようにやってきた。

「せっかくですがお断りします」

一度断ったが、営業マンはその日は頑として帰ろうとしなかった。

「あなたたちが黒岩さんに義理立てしているのは分かります。でも、ここにいつまでいても何にもならないのです」

さらにキッパリと言った。

「いいえ、そこへ移る気はありません。先方にそうお伝えください」


営業マンが去った後、ジュンちゃんが言った。

「私、ダンナがいなかったら、サッサと辞めてそこに行ったと思う。でもダンナがいるから、そうもできない」

そして私は何となく気が進まないので断ったのだ。

なんだか知らないところで自分が売り買いされている……そんな雰囲気を感じていたから。


だがこうしている間に、実は裏では私の売り買いの話が進んでいた。当時、そのことを私は知らなかった。


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