17.電話事件
「今日は平和だね」
ある日のジュンちゃんとの会話だった。
『3.まず、電話から始まった』で書いたように、薬局にはよく訳の分からない電話がかかってきた。
「こちら○○会社と言いますが、社長さんはいらっしゃいますか」
「株式会社△△商事と申します。社長さんをお願いします」
私たちは、そのたびに社長がいてもいなくても
「今、社長は席をはずしています。いつ戻るか分かりません」
と答えるのに、すっかり慣れてしまっていた。
それがこの日に限って一本の電話もかかってこない。朝から落ち着いて仕事に集中することができる。これが本来の仕事の姿というもの。
そして昼近くになり
「あ、これ注文しなくちゃ」
と、その日初めて受話器を取り上げた。
あれ? 変。
いつもと受話器の向こうから聞こえてくる音が違う。
「ねえ、ジュンちゃん。お客様の都合で電話をお繋ぎできませんってどういう事? 」
言った直後に気づいた。
急いで二階の社長の事務所に駆け上がる。社長がいない。
隣の整体院を見てみる。
社長とジュンちゃんのダンナの日出夫の二人がソファーに座り、楽しそうに話をしていた。まるでそこだけ時間が止まっているような雰囲気である。
「敬子さん、おはようございます。いつもお世話様です」
百万ドルの笑顔で社長が挨拶した。従業員に対してはいつも優しい。
俗世間からやってきた私は、荒い息を整えた。
「しゃ、しゃちょう。もしかして電話料金のお支払いをしていないのでは……」
「電話料金? ああ、そうでした。そう言えば請求書が木ていました。いやあ、忙しくて、ついうっかりしてしまって」
ここでのんびりソファーに座り、一文の金にもならない夢の話をしていて、どこが忙しい。いやいや、落ち着かないと。
「とにかく電話が通じないと仕事になりません。今すぐ、お金を払ってきてください。今すぐです」
半ば社長の尻を叩くようにして、整体院から事務所に帰らせた。
急に去ってゆく社長の後ろ姿を見て、日出夫が言った。
「お弁当、二人分買ってきたのに。冷めちゃう……」
この時、私は日出夫に殺意を抱いた。
日出夫がジュンちゃんのダンナという地位にいたため、命びろいをしたことを日出夫は知らない。




