まずは、便所から。
「便所はどこだ?」
扉が開くなり、エドガーは尋ねた。
鍵を抜いていたブルーノが、手を止める。
「奥だ。まず床を見ろ」
「床も見る。便所まで歩くからな」
「抜けてからじゃ遅いと言ってるんだ」
エドガーは踏み出しかけた足を戻した。
ブルーノが先に入り、窓の鎧戸を押し開ける。蝶番が鳴り、差し込んだ光に細かな埃が浮いた。
通りに面した部屋は、思っていたより広い。壁際に古い棚が一つ残り、暖炉の中には灰が薄く積もっている。天井を横切る梁には黒ずみがあるが、それが煤なのか傷みなのか、エドガーには判断がつかなかった。
そこを見るために、今日は大工を連れてきた。
「この辺は踏んでいい」
ブルーノが床を靴で叩く。
エドガーも中へ入り、腰の弩を棚に当てないよう向きを変えた。二階へ続く階段と、奥の部屋への戸口。その先から、少し湿った匂いがする。
「雨漏りか?」
「裏の窓が閉まりきってない。雨の日に吹き込むんだろうな。梁も見るが、床板は何枚か替える」
「何枚かで済むか」
「今のところはな。安く言ってほしけりゃ、別の大工を呼べ」
「後から高くなる方が嫌だ」
ブルーノは短く笑い、道具袋を下ろした。
エドガーは窓から通りを眺めた。向かいの軒下では、職人らしい男が木箱の釘を抜いている。少し離れた工房からは、一定の間隔で槌の音が聞こえた。
静かな場所ではない。それでも、今の宿で夜中に聞かされる酔客の歌よりは、ずっといい。
昼に仕事をする音なら、こちらも大抵は留守にしている。
「台所はこっちだ」
ブルーノに続いて奥へ入る。
石造りのかまどは小さく、作業台は片側が傾いていた。エドガーが指で押すと、脚の下で木片が動いた。
「これは替えたい」
「直せるぞ」
「少し高くしたいんだ。包丁を使ってると腰に来る」
「なら脚を替える。天板は削れば使える」
そういうものか、とエドガーは頷いた。新しく買うつもりだったが、厚い天板を捨てずに済むなら、その方がいい。
窓の下へ台を動かせば、手元も明るくなる。横に棚を置けば、塩や乾燥させた香草を取るたびに屈まなくていい。
鍋を火にかけたまま、誰かが共同のかまどを空けろと言いに来ることもない。
考えているうちに、傾いた台が少し惜しくなった。
「で、便所だが」
ブルーノが裏口を開けた。
小さな庭の端に、板張りの小屋があった。エドガーはその戸を開け、一度だけ中を見て、静かに閉じた。
「ここは作り直す」
「まだ使える」
「作り直す」
「分かった。二度言うな」
ブルーノは庭へ降り、小屋と家の間を見比べた。
「前に話してた処理床を入れるなら、専門の職人を呼ぶ。土も調べなきゃならん。維持にも金がかかるぞ」
「そこは出す」
「屋根の話でも、その返事をしてくれ」
エドガーは屋根を見上げた。
「そっちは見積もりを聞いてからだ」
「順番が逆なんだよ、お前は」
文句を言いながらも、ブルーノは庭の端まで歩き、排水の行き先を確かめ始めた。
エドガーは裏口の段に立ったまま、庭を眺めた。
雑草が伸び、隅には割れた植木鉢が転がっている。片付ければ、洗濯物を干してもまだ余裕がありそうだった。日当たりのいい場所に、香草を少し植えてもいい。
窓の近くなら、台所から皿を運ぶのも楽だ。
「そこ、何か置くのか?」
視線に気づいたブルーノが尋ねた。
「小さい机と椅子を。天気のいい日に飯を食いたい」
「先に草を抜けよ」
「それくらいは自分でやるさ」
通りの方で荷車の車輪が鳴った。遠くの槌音は、まだ続いている。
エドガーはもう一度、台所を振り返った。
「ブルーノ」
「なんだ」
「直して住むには、どうだ?」
棟梁はすぐには答えなかった。軒を見上げ、窓枠に指をかけて揺すり、それから言った。
「床下と屋根を見てからだ。気に入ったのは分かるが、急かすな」
見抜かれていたらしい。
エドガーは肩をすくめ、床下を覗くためにしゃがんだブルーノへ、道具袋を寄せた。




