はじまりの離縁
私、アエミリアは本日出戻りとなってしまいました。
「ほらさっさと出ていけ。あとはスヴァーロ伯爵宛に手続きする。」
シッシッとまるで獣でも追い払うような仕草をするのは6年目の今日まで夫婦だったケルビン・ノイエル様。
このノイエル候爵家の嫡男であられ、私より2歳年上です。
「これまで大変お世話になりました」
私は、最後の挨拶をしてノイエルの屋敷をあとにした。
学園を卒業してすぐに嫁いだが思っていた以上に思い入れはなかった。
実家であるスヴァーロ伯爵家は、ここから半日ほどかかる。
少し休もう。そう思って私は馬車に揺られながらそっと目を閉じた。
「地味女!」
そう言って幼い頃、何度も同級生の男の子からからかわれていた。
貴族の中でも高位に位置する伯爵家の長女にも関わらず地味な装いを好み、眼鏡をかけて、性格も内向的だった私は、粗暴な方からすればいい獲物だったのだろう。
何をしてもいいかえしてこないから。
さすがに直接的な暴力などはなかったが心ない言葉を投げられ、さらに厄介事を嫌わられ他の同級生からも距離を置かれ孤立してしまった。
最初は悲しかった。けれどすぐに慣れた。
なにより魔法という不思議な力を知ってから夢中すぎてそれ以外は些事となってしまったのだ。
女らしく。淑やかにという保守的な考えの両親は怪訝そうであったが学園でも優秀者に選ばれるなど結果を残せば不満はありつつも認めてくれていた。
そうなっても女なのに、貴族らしくないと陰口を溢す同級生はいたがその頃にはさらに魔法に魅了され、高等部に進学してからはマゼータ先生の研究室に入り浸っていたからそれ以外に興味はなかった。
「アエミリア君、勤勉なのはけっこうだが無理してはいけませんよ?」
「ですがいいところで「いけませんよ?」
「・・・はい」
先生は周りに馴染めない変わり者の私をいつも気遣ってくれた。
そして優しいが怒るととても恐い。
ついつい研究にのめり込みすぎて何度も怒られた。
けれどそれは私を思ってのことで心の中でお母さんみたいと思っていた。
まぁ、そのころには実の母は私と距離を置いていたから想像だけれど。
高等部の最終学年の頃、私には一つの縁談が舞い込んだ。
それがノイエル候爵家からでした。
それまで両親に強制された夜会などで声をかけてくる人もいませんでした。
スヴァーロの長女は優秀だが変わり者。
そんな噂があったので当然でしょう。
それが突然名家の侯爵家からの縁談。
私含め両親も驚愕しておりました。そして、両親は大層喜んでおりました。
それもそうでしょう令嬢として出来損ないの私の縁談などとうに諦め、弟妹にだけ力を注がれており、私の卒業後は、家への仕送りを条件に王立研究所に勤める予定でしたし。
我が家の返事は決まっており、卒業までの期間を婚約期間としてその後すぐにノイエル家に嫁ぐ事が決定しました。
正直研究所に勤めたい気持ちはありましたがこんな私でも貴族の端くれ。
義務は全うせねばなりません。
ただせめてもと卒業までの期間は研究に没頭しました。
婚約者のケルビン様は、2歳年上ですでにノイエル家の領地運営に携わり、お忙しい為顔合わせ後はほとんど関わることはありませんでした。
また、限られた時間しかないことを分かっているからかマゼータ先生も多少の無理を見逃してくださいました。
先生には、研究所への推薦をいただいていただけに申し訳なく謝罪しましたが「気にするんじゃない。たとえこの道を離れても君は大事な生徒だから」と笑ってくださいました。
卒業してすぐに結婚しました。
式はとても簡素なもので、逆に披露宴のパーティは多くの招待客を招いての豪勢なものでした。
疲れましたが挨拶回りは私の役目。
精一杯笑いました。けれど夫になったケルビン様は不満だったようです。
「この結婚は親が決めただけだから勘違いするな」
初夜の寝室で投げ捨てられた言葉。
「え、あ、、、はい。政略結婚ですよね?」
「チッ、、、いいか!お前は大人しく仕事だけしていろ!!」
「・・・承知いたしました」
バンッ
それだけ言うとケルビン様は部屋をあとにした。
自身の見た目は分かっているつもりだし、貴族の結婚なのだから政略結婚は当然承知の上です。
・・・ですがどうやら私の態度はケルビン様をさらに怒らせてしまいました。
私に縁談を持ちかけたのはノイエル候爵家の現当主であるお義父様で、学園での私の成績を見て判断されたそうです。
「息子は社交は得意だが地味な仕事が苦手のようでね。どうも目先の利益に飛びつくのだよ」
だから私に地味な仕事を補佐しろと。そう目が語っていました。
つまり私は領地運営の為に選ばれました。
研究の時間を作る為にそれ以外の勉強を飛び級で済ませてしまったのが原因ですね。
まぁ、貴族の結婚なんてこんなものだろう。
仕事は多いですが順調ですし、苦手な社交はケルビン様が担ってくれるうえに彼は参加すらしなくて良いと言ってくださる。
寝室も別で、そういった営みも当然ありません。
空いた時間に個人的に研究しても何も言われません。
だから幸せとまではいかなくてもそれなりの結婚生活を過ごしていたと思っていました。
それは結婚してから6年目。
突然の離縁をケルビン様より申しつけられました。
最近は本邸に女性を連れられており、私は別邸で仕事していたので呼び出され来ましたが久しぶりにお顔を見ました。
どうやらその女性に子が出来たそうです。つまりはこのノイエル家の後継者。
私とケルビン様は当然ながら白い結婚なので子など出来るはずがありません。
なので養子を迎えるのか、その女性を妾にするのかと思っておりました。
答えは私との離縁。
義父は2年前に家督を夫に譲り、この家の主となったのも大きいのだろう。
この結婚を決めた父親が口出しできないタイミングで。
彼は最初からずっとこの結婚を拒否していた。
それは未だしこりとなっていたのだろう。
「何か言うことはないのか」
「いえ、ございません」
私にとってこの結婚は特に思い入れがあるわけではない。
彼が離縁を望むのならそうするまで。
「お前のそう言うところがっ!、、、もういい!」
最後まで私は彼の気を触ってしまった。
それが私のこれまでの人生。
気がつけばちょうど馬車が止まった。
目的地の実家についたようだ。




