38.子爵夫人の誤算
せっかく温まっていたアシェルの胸を、吹き荒れた強風が急速に冷やしていく。
「それは私が──」「少しよろしいかね?」
今度はアシェルとローワンの声が重なった。
ローワンは一瞬振り返って、アシェルに微笑む。
──また俺のため?こんなに甘えていていいのかな?
それでいいのよと伝えるように、隣のソフィアが両手でアシェルの左手を包み込んだ。
アシェルが胸に陽だまりの温かさを取り戻していると、ローワンは女性に向かい問い掛けた。
「これはイーガン子爵家の方々全員にお聞きしたいのだが。結婚の儀礼について諭す前に、義息の成人の件で何か言うことはないか?」
「成人の件とな?」
陛下が問い掛ければ、ローワンは大問題だというように深く頷いた。
「実はですね、陛下。息子の成人に際して、子爵家からは贈りものひとつありませんでした。いえ、元よりこの七年の間、義息のために何かを送って来ることもなかったわけですが」
「何もだと!」
女性は目を細め不快そうにローワンを見ている。
侯爵にそのような顔を向けられることに、アシェルは驚いた。
──高位貴族と付き合いがない子爵家はマナーを学ばない?……そんなわけはないよね?
下位貴族だからこそ、高位貴族の前で失態を犯すことのないよう、たとえ会う可能性は薄くとも、徹底して上位者に対するマナーを覚えるもののように思うが。
──あのまま子爵家に残らないで本当に良かった。ソフィアに改めて感謝だよ。
ほとんど社交をしないウォーラー侯爵家にいても、アシェルは一通りのマナーを教わることが出来ていた。
ソフィアと微笑み合えば、以心伝心したように感じて、さらにアシェルの胸は温まっていく。
ローワンは女性の表情をものともせず、さらに追い詰めた。
「義息の衣食住すべてうちで用意してきましたからな。それは当初の約束通りですし、こちらとしては何の問題もありませんでしたけれど。成人に関してはさすがに驚きましてね。何せ、祝いの言葉ひとつ届かなかった」
「は?なんと?我が子が成人したというのにか?」
「えぇ。何の連絡もありませんでしたから、義息の成人の祝いも我がウォーラー侯爵家で行いましたよ。私からすればこれこそが貴族として、いや親としてあり得ない行いだ。陛下もこれを聞いては、子爵家には帰りたくない、子爵家の方々とは話したくないという義息の気持ちがお分かりになりましょう」
「うむ、わしでもそんな親の元には帰りとうないな」
「お待ちくださいな。わたくしは手紙を送っておりましたよ?」
陛下からの子爵家に対する評価がさらに下がり始めたところで、女性は慌ててそう告げた。
「おや?確かに手紙はありましたが、成人についてはどなたも触れていなかったと聞いておりますがね?」
「そんなことはありませんわ。わたくしはしっかりと子爵家で成人を祝いますよと書いて差し出しております」
ね?と目配せをされて、アシェルが覚えたのは寒気だ。
またせっかく温まっていた胸が冷えてしまうかと思われたが、アシェルの左手を包むソフィアの両手がこれを阻止した。
アシェルは事実を告げる。
「手紙にはそのようなことが書かれていたことはありません」
「嫌だわ。嘘をつかないでちょうだい。お母さまに長く会えなくて拗ねているのかしら。これからはお母さまと一緒に過ごしましょう?だから、ね?」
ねっとりと絡みつくような視線を注いでも、アシェルに嫌悪感を与えるだけである。
「嘘ではありません。必要あれば、すべて保管しておりますので、確認して再度ご連絡致しますよ?」
「まぁ、保管してくれていたのね?そんなにもお母さまが恋しかったのかしら?お母さま、とても嬉しく思うわ」
──話題を変えようと必死なのかな?でも悪いけれど。
「いいえ。何かあったときに証拠になると思い、取っておいただけです。今のように使えるでしょう?」
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