36.次期子爵の誤算
「ふむ。そなたらは知らなかったと申すか」
「はい。こうした報告を家族に怠るような男ですから、父は当主としても足りず。私たち家族はいつも迷惑しておりました」
「む?当主としても足りぬだと?」
「はい、陛下。たった今父が、忙しくて時間が取れないなどと申しておりましたが、実は領地の政務につきましてはすべて私が担っておりまして、今や父が当主としてしていることはございません。私が政務を行う以前などはもっと酷く、父はすべてを現地の代官任せとし、当主としての働きをしてはおりませんでした。結果先代のときよりも領地全体の収益を悪化させ、つきましては税収も──」
──俺のことは理由で、この人は父親を失脚させるために来たんだ。
しかし長兄の目論見は上手くいかなかった。
「やめよ。聞きとうない」
「へ、陛下?」
心底不快そうに眉を顰められて、長兄は驚愕に目を見開いている。
「わしにつまらぬ話をするなと言っておるのだ。次はないぞ、よいな?」
長兄は悔しそうに唇を噛むも、すぐさま「はい」と返事をして頭を下げた。
すぐに王は長兄への興味を失ってアシェルへと声を掛ける。
「それよりそなたの話だ。こやつらはどうするかの?」
忌々しそうに投げつけられる視線が増えたことを、アシェルは感じた。
──兄上たちは変わらないね。俺も変わらないんだろうか?
少しは変わっていると思いたいけれど、どうかなぁ?なんて考えながら、アシェルは王に向かい微笑むと言った。
「何を聞きましても、私から彼らに話すことはございません」
「心変わりはないか。では仕方あるまいな」
「「陛下!」」
叫んだのは、若い二人の男だけ。
イーガン子爵は俯いてぶつぶつと小さく何かを呟いている。
それが不気味でアシェルは心配になった。
もちろん子爵本人を心配してのことではない。
──何かやらかしそうな気配がするね。ソフィアを守らないと。
「そなたらはもうよい下がれ」
兄たちは揃って唇を噛むと、アシェルを睨み付けてきたが、まだ部屋を出て行こうとはしなかった。
「陛下」
今度は女の声である。
これに王はすぐに黙れと伝えることはなかった。
「長く末の息子に会えず、わたくしは母親としてとても寂しい想いをしてまいりました。久しぶりに会えた息子と積もる話は山ほどにございましょう。どうか陛下のご慈悲を頂戴したく、わたくしめに発言のお許しを──」
「ふむ。よかろう。話してみよ」
──王様はこの顔が効く人だからね。着飾った女性にも弱そうだ。
王の反応に納得したアシェルは、しかし同時に嫌なことを思い出していた。
──ソフィアの美しさが分からないなんて。王様はどうかしている。
王の異性への対応を見ていれば、嫌でもアシェルは先ほどのソフィアに対する失礼な態度、発言を思い出す。
──ソフィアこそ、この場で最も大切に扱われるべき人なのに。
──あの発言。絶対に忘れない。
アシェルは王を見ていた。
怒りを秘めた視線は、奇しくもよりアシェルの美しさを際立たせていく。
王はまさかアシェルが怒っているとは思わず、また「ううっ」と何やら唸って胸を押さえた。
そうして王とアシェルが互いの想い噛み合わず見詰め合っていれば、女性が語りはじめる。
「こんな風に育っていただなんて。あぁ、なんてことかしら」
──どうしたんだろう?
女性の声に戸惑っていたのは、アシェルだけではなかった。
「母上?」
怪訝そうに呟いたのは、アシェルの次兄だ。
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