33.知らない人たち
嫌な予感は的中し、開かれた派手な扉からは先日会ったばかりのイーガン子爵が入って来た。
今日は他に三人の男女を連れている。
──王様なんかと、どこでどうやって通じたんだろう?
アシェルが幼い頃は、イーガン子爵は高位貴族とさえ会うことは出来なかった。
ローワンとの面会からも、子爵が高位貴族に不慣れなことは見て取れている。
何故最上位にある王と通じたか。
さすがにこれは、アシェルにもこの場でその経路は読めなかった。
「ウォーラーに邪魔され、長く会えなかったのだろう?部屋を用意させたから、家族とゆっくり話すとよい。なに、ウォーラーのことなら心配いらぬ。わしから待つよう命じるからの」
「お断り申し上げます」
今度もローワンよりアシェルの返答が早かった。
「なんと?これも断ると申すのか?」
「はい。先日めでたく子爵家からも除籍となり、その報告の際に子爵とは話を終えております。私としましては、以降お会いするつもりもありませんでした」
「このっ!何を言うか!」
イーガン子爵は王の御前でも我慢の出来ない男だった。
先日会っていたことで子爵に関してアシェルに驚きはなかったが。
周囲の男女がこれを窘めず、続けて発言したことにはアシェルも素直に驚かされた。
彼らは子爵のように声を荒げなかったとはいえ、王に許可を得る前から発言するような人たちだとは思っていなかったからだ。
「そうよ。寂しいことを言わないでちょうだい。わたくし、とても悲しいわ」
「俺たちは除籍について聞いていないんだ。改めて説明して欲しい」
「兄上の言う通りだ。そんな大事なことを勝手に決めて、俺たちに報告もないとは。誰も納得していないからな?」
──俺が学んだマナーとは大分違う。この王様だから許されているのかな?それとも王都のマナーが時間経過で変化している?
アシェルが知るマナーとは、イーガン子爵家の書庫で見付けた本から独学で覚えたものではなく、ウォーラー侯爵領にて専門の教師から学んだものである。
それが間違っているとはとても思えないが。
あとでローワンに確認しようと思いつつ、アシェルはイーガン子爵に続き発言した三名を順に眺めていった。
──二人は面影があるから分かるけれど……知らない人だ。
視線を感じたのか、着飾った女性がアシェルを見てにこりと微笑んだけれど、アシェルはこれに応じず視線を王へと流し、そして言った。
「陛下。私が話したくないと申しましても、用意いただくお部屋にて、この方々と話さなければならないでしょうか?」
言い終えたあとは視線を落とし、より憂えを帯びた顔をアシェルが作って見せれば。
陛下はまた「うっ」と唸って、それから慌てたようにアシェルに声を掛けた。
「なんとなんと!そなたは本当に話したくないと申すのだな?」
目線を戻したアシェルは、今度は陛下の瞳を見詰めて言う。
「はい。私にはそちらの方々と話したいことはございません。偽りのない私の本心にございます」
「やめないかっ!陛下の御前なのだぞ!」
イーガン子爵は怒鳴ったが、王から「よせ」の一声ですぐに青くなった。
そのうえ王から「この部屋で大きな声を出すでない」と告げられては、子爵は唇まで青味を強める。
──陛下とはよく知る仲ではなさそうだ。本当にどういう経緯でここにいるんだろう?
きっとローワンが調べてしまうだろうけれど。
アシェルは自分なりに様々な可能性を想像していく。
不意にアシェルの手の甲が撫でられた。
考え込んでいたアシェルが横を見れば、ソフィアがこちらを見ていることに気付く。
二人はもう、男性が女性をエスコートする際に決められている姿勢をやめて、下ろした手を左右で繋ぎ合っていた。
この王なら大丈夫と、勝手に二人ともに判断してのことだったが。
たまに振り返るローワンが何も言わないのだから、この姿勢でも問題ないということだろう。
眼鏡越しに見えた新緑色の瞳が心配に揺れる。
ソフィアを見詰めて、アシェルは柔らかく微笑んだ。
それはこの日一番美しい笑顔で、王までも勝手に見惚れている。
しかしイーガン子爵は拳を握り締め小刻みに震えていた。
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