32.麗しき青年の反撃
「そうであろう、そうであろう。そなたも不満であったのだな」
喜色をあらわに王は身体を揺らし声を張り上げた。
それはローワンに、「どうだ、聞いたか?」と誇っているようでもあり。
ソフィアの手から力が抜ける。
しかし失われた分を補うようにして、アシェルが力を込めてソフィアの手を握り締めると、ソフィアも再びアシェルの手を強く握り返した。
互いに強くありながら、決して相手の手が痛まぬように、柔らかく包み込むようにして。
自然指も絡まる。
「よいよい、わしの側近になって──「私のようなものが斯様に素晴らしき妻を得てしまいましたので、常々身に余る幸運だと感じておりました」──なに?」
アシェルはそうしようと思っていなかったが、その顔に深い笑みを刻んだ。
その美しさに王は見惚れ、言葉を失くす。
「美しく、可愛らしく、こんなにも可憐であるのに、強くもあって、真直ぐで、聡明で、誠実で、優しく、愛らしく、いつでも尊敬出来る妻なのですが──」
笑っていたアシェルが、今度は困ったように眉を下げた。
するとその憂える顔がまた麗しくて、王は言葉を忘れてしまう。
「このように未熟な私ではとても妻に相応しい身にあるとは思えず。ですが浅ましい私は、妻との未来を諦めることも出来ず。ならばといつも胸を張って隣にあれるよう、ますます精進せねばと決意を深める日々にございますが。毎日どう頑張りましても、妻がまた一歩も二歩も先に進んでしまい、輝きを増すばかりで、私などはまだまだ足りぬと思い知らされることになりまして。今もまた、この素晴らしい妻を守れる強き男になろうと、改めて心を固めたところでございますが」
ここでアシェルはまたにっこりと微笑んでみせた。
すると胸を押さえた王から、ううっと低い唸り声が発せられる。
「陛下にはこのこと、すべてお見通しだったのでございますね。さすがは一国の王陛下となられる御方は違いますと、此度は感銘を受けた次第にございます」
薄い笑みを残し、アシェルは王を見詰めた。
しばらく待つと、王は頬を緩ませ笑い出す。
「お、おおう。そうか。そうかの。わしに感銘したか」
「えぇ、感銘いたしましたし。どうぞ陛下には、私がこの素晴らしき妻に相応しい男になれるよう、遠くから見守っていただきたく」
「よかろう。よかろう。よく見ておこうぞ」
──王様が不敬だと激昂する性質になくてよかったよ。俺が危なかったからね。
まだ言い返して来るような王だったら。
そのうちアシェルは暴言を吐いて、最後には手を出していたかもしれない。
そうなればソフィアが泣いてしまう。
これでは守れたことにはならない。
──許せないけれど、相手は王様。この辺で引いておかないとね。嫌味も分からないような人だし、次はもうないと思っていいかな?
アシェルは嫌味しか伝えていないつもりだったが、王の機嫌は明らかに上々だった。
「なかなかいい子息ではないか。のぅ、ウォーラー?」
「えぇ、自慢の義息です」
「私も自慢の夫ですわ!」
アシェルの心がすーっと静まっていく。
アシェルがソフィアを見れば、すぐに二人の目が合った。
穏やかに微笑み合えば、もう王のことはどうでも良くなっていたアシェルだったが……。
「そうだ。良い知らせがあるぞ。そなたが会いたいと願う者たちを招いておるのだ」
──とても嫌な予感がする。……俺がどうしよう?
いよいよ口汚く罵ってしまいそうで、アシェルは困った。
ローワンもソフィアも似たような気持ちになっていたのかもしれない。
三者から厳しい視線を集めた王は、しかし何も気付かず上機嫌のまま、「ほれ、もうよいぞ。そなたらも入って参れ」とどこかに向かって声を掛けている。
アシェルたちが入室したときとは別の扉が開いた。
改めて眺めると、絵の描かかれた壁には沢山の扉があることにアシェルも気付く。
──あちこちから一斉に攻められそうな造りだ。これは逃げるためなのかな?絵のせいで内側からはどこに扉があるか分かりにくいのはそのため?偽の扉もあるかもしれない。うーん?俺ならどう追い詰めるだろう?
微笑するアシェルが落城の日を想像していることなど知らず、彼らが入ってくる間、王は満面の笑みをしてアシェルだけを見ていた。
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