29.いざ、初陣?
また数日の間は、アシェルたちは王都を巡った。
今度は多くの時間、ローワンも共に過ごしている。
ローワンが侯爵としての権限を使って、アシェルたちだけでは入れない場所へと連れて行ってくれたからだ。
特に王立図書館の入室禁止区域や王立庭園の秘密区域では、アシェルもソフィアも研究熱を昂らせてしまい、
「早く帰って研究がしたいのよ、お父さま!」
「俺も早く帰りたいな。試したいことが沢山ある」
ウォーラー侯爵領に急ぎ戻りたくなってしまった。
そもそも王都にあるほとんどのものが、ウォーラー侯爵領には揃っている。
ウォーラー侯爵領ほど好奇心に溢れる者たちが集まる場所は他にないため、商人たちもあの地では売れると分かって、各国の珍しいものが王都より先に集まってきた。
それでも古い書物や本にならない資料は、どれだけお金を掛けようと、どうしたって手に入らないものがある。
この場所で長い年月を過ごしてきた樹々なども、ここでしか見られないものだろう。
そこを見終えたならば、二人はもう王都を満足出来たと言っていい。
流行りの店で売る品については、確かにウォーラー侯爵領まで伝わらないものもあるだろう。
しかし多くはウォーラー侯爵領こそが実は発端になっていて、ウォーラー侯爵領で研究されて売り出された材料などが外へと流れたあとに、それを使った品が王都で流行る、こうした流れを汲んで流行が作られているため、二人を心から感動させるほどのものがない。
誰かの研究の結果、新しい材料が出てくれば、その使い道をあれこれ探求する人材も、ウォーラー侯爵領には豊富にいるからだ。
実際二人が極めた養蜂技術も、同じ流れを汲んでいる。
ウォーラー侯爵領で採れた蜂蜜が流通されるようになってしばらく経つ今、王都では蜂蜜を使った菓子が流行っていたのだ。
これはうちのものね、なんて二人も楽しんだけれど。
すでにウォーラー侯爵領の民たちが蜂蜜の食し方を存分に研究していたため、毎日違うカフェに入ったが、二人にとって珍しい感動を与えられる菓子に出会うことはついぞなかった。
王都はもう十分。
早期帰宅を目指す二人は今、王都のウォーラー侯爵邸の室内で向かい合い立っている。
しばらく静かな時間が流れていたが、いつもの元気で明るい声が、その静寂を破ってみせた。
「アシェル!とても素敵よ!本当に素敵なのよ!」
その声にはっとして、アシェルは優しく、そして美しく微笑んで言った。
「ソフィアもとても綺麗だ。ドレスも靴も髪型も首飾りも、どれも凄く似合っている」
照れ合う二人の顔がほんのりと赤く染まった。
少しはこの顔に熱の集まる症状に慣れてきたアシェルである。
「ここまでの正装は成人の祝典以来ね」
「そうだね。着慣れないから、変なところがないといいけれど」
「変なところなんてないわ!とっても素敵なのよ!私の方こそ大丈夫かしら?」
「大丈夫。本当に美しいし、ソフィアによく似合っている」
照れながら笑い合って、また顔を赤く染めて。
二人は自然に手を繋いでいた。
書類上夫婦になったアシェルとソフィアは、まだ夫婦らしい暮らしをはじめていない。
邸では別々の部屋で過ごし、今までと変わらない日常を送っている。
夫婦になる手続きだけを急いだのは、今日からの対策のためだった。
「さぁ、行きましょう、アシェル!今日は私たち頑張るのよ!」
「うん、今日は絶対にソフィアを守るからね」
「私もよ!私もアシェルを守るのよ!」
敵陣に乗り込む気分で、二人が向かう先は王城だった。
自国の王に会うというのに、アシェルもソフィアも敵の王に会う気持ちを抱いて、ローワンと共に背の高い馬車へと乗り込んでいく。
──ローワン様を怒らせた王様だ。きっと一筋縄ではいかない。用心しなくちゃ。
アシェルは手を繋いでいない方の手を固く握った。
──ソフィアを守る。
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