91.どちらが仮面?
ふーっと静かに息を吐き出しながら、アシェルは意外に思ってオーレリア王女に向き直る。
──あの王さまのせいにするなら……。そう思っていたんだけどね。
アシェルはすぐに柔らかく目を細めると、隣のソフィアに声を掛けた。
「ねぇ、ソフィア。どうしたい?」
美しい見目に見合うその甘く優しい声は、流れるように講堂内へと響き渡る。
怯えていたことも忘れ王女とその周りの女性たちは、胸や口を押えて瞳を潤めた。
王子もまだ後ろに手を置き床に座っていたが、恍惚とした顔でアシェルを見上げている。
オーレリア王女、ニッセル公爵でさえ、甘い声には魅せられて、茫然となり掛けた。
「こっちの子たちはどうでもいいわ。理解し合うことは無理そうだもの。そちらも……そうね、どうでもいいと思うのよ。それより、アシェル。ありがとう」
沢山の意味が詰まったお礼に、アシェルは破顔した。
またその心からの笑顔の美しさといったら……。
特に近くにいた座席の一列目に座る女性たちは、かろうじて見えるアシェルの横顔にも魅せられて、すっかり頬を染めているのだった。
先までの恐ろしい男と、この麗しき優しい青年が、彼女たちの中で重ならない。
「まだソフィアには敵わないね。俺のことは、何でもお見通しなんだから」
「私はアシェルの妻ですもの!」
ふふんと胸を反らせるソフィアが可愛くて、アシェルの笑みがより甘く溶けていけば。
講堂にいる者たちがピンと張っていた気も緩んでいく。
だがオーレリア王女、そしてニッセル公爵はまだ気を引き締めたまま。
自分たちは許されたという甘い予測はとても出来なかったから。
「それなら俺が終わらせちゃうね?」
「えぇ、アシェルに任せるわ。お願いね?」
どきっとして、オーレリア王女もニッセル公爵も身構えたし。
王子も再び顔を歪ませ、王女たちも怯えを取り戻して手を取り合った。
護衛たちにも緊張感が走る。
いつまで頭を下げた主君を放置する気か。
さすがにそろそろ、美しいがこの田舎育ちで物を知らぬ青年に立場を分からせてやるべきではないか。
なんて一人、二人と、不穏な考えも抱きはじめてもいた。
──ウォーラー家にとって一番いい結果を……だけど。
その美しい瞳の先が、ソフィアから王女へと向かえば、アシェルの笑顔の質が瞬時に変わる。
──ウォーラー一族を利用しようとした件の落とし前は、しっかり付けないとね?
「責任を取る気があるようで安心しました。他者のせいにする者は、上に立たない方がいいですからね」
「なっ!」「なんと無礼なっ!」「不敬が過ぎる!」
騒いだのは護衛たちだ。
それもオーレリア王女からの「お前たちは口を挟むな!」という一喝ですぐに静まった。
さすれば不満は燻る。
──常に王族の側にいる護衛なのに、必要な教育を与えていないのかな?
──もしかすると……愚かでいてくれた方が都合のいい家の者たちなのかもね?
気になったのは少しだけ。
すぐに護衛たちから興味を失ったアシェルは、王女に告げた。
「きっとお分かりかと思いますが、今は謝罪を受け取れません」
「……そうだな。要らぬ気苦労を与えたこと、重ねて謝ろう。申し訳ない。しかしこれも私が勝手に言ったこととして、受け取らなくていい」
また謝罪を告げたオーレリア王女が、ゆっくりと身体を起こした。
アシェル、ソフィアとは、距離をあけて真正面から向かい合う形になる。
──こうしてお互いに立って会うと、小さく感じるね。背丈もソフィアとそう変わらないんだ。
堂々とした王族らしい態度が、先日はオーレリア王女を実際より大きく見せていたことをアシェルは実感する。
しかし同時にアシェルは、そこにいる双子の王子王女には、同じものを感じたことがないことに気が付いた。
──同じ血が流れているとは思えない人たちだね。俺もそうだといい。
アシェルがイーガン子爵家の者たちに似たくないように。
オーレリア王女もまた、王や双子たち、そしてアカデミー長などには、似ていない方が嬉しいだろうとアシェルは想像した。
これはオーレリア王女たちの望んできた、辛い経験を重ね合わせた同情であっただろう。
しかし同情したから助けましょう、なんて都合の良い思考は、アシェルに生まれない。
「今日のことは、どこまでご存知だったか。お聞きしてもよろしいですか?」
読んでくださいましてありがとうございます♡
素晴らしいクリスマスを♡




