90.すべて無駄になるか
「私は──」
答えねばならない。
早く答えねば。
そう思うのに、ジャスパーの頭に浮かぶのは今必要な言葉ではなく、これまでの日々に重ねてきた想いばかり。
この青年に今それをぶつけるのは違うと分かっているのに。
ジャスパーは顔には出さなかったが内側は今までになく混乱していた。
誰よりも賢く、そのうえ国一番の豊かさを誇る領地や資産を持ちながら、この長く続く王家の問題を静観し続けるウォーラー一族に対し、ジャスパーはいつも複雑な想いを抱えてきた。
素晴らしい技術を生み出しては、国の発展を支えてきたウォーラー一族に強い尊敬の念を抱きながら。
国の安寧あってこそ、安定して研究が続けられるものではないか。
国政に関わり王族や貴族たちと付き合うことがどうしても嫌ならば。
少しの助言をくれるだけでいい。
それも無理なら、せめて良き国を築くため、次代となる王子や貴族の子らを少しくらい教育してくれてもいいのではないか。
ほんの短い時間でも……若い者たちは何か得るものがあるだろう。
何度も協力を要請し、断られ続けてきたからこそ、恨めしさも募っている。
ジャスパーとて今まで何もして来なかったわけではない。
勤勉な彼は、ウォーラー一族の発表する論文すべてに目を通してきたし、ウォーラー家の知恵を国政に取り入れようと試みてきた。
しかし王族も貴族も、良い方法がありますよと言われ、簡単に納得し、行動に移してくれるような素直な人間たちではない。
そこに研究結果というどれだけ強い裏付けがあったとしても、彼らは変わることを良しとはしない者たちでもあった。
愚かでも利益になると分かる新技術には、何も考えずに飛び付いて、ジャスパーに要らぬ苦労を与えてきたというのに。
どうしてこれぞという新理論や新技術には、手を出してくれないのか。
今の王が即位してからは、内政は国難とも呼べる状況に陥っている。
あんな王がいるからと、王家から距離を取りはじめたのは貴族ばかりではない。
何もしない王と、無意味な派閥争いのすえ紛糾し新しいことは何ひとつ決められない議会に、民らの心が王家からも貴族からも離れつつある今、この国は大分危険な状態にあると言っていい。
この国難を乗り越えるため。
次代は、絶対にオーレリア王女でなければならないし、その次には賢王を置かなければ。
だからジャスパーは王子たちを教育したかったが、今の王は賢い者が我が子の側にあることも嫌っている。
オーレリア王女のことがあるからこそ頑なで、ならばと王子と関われそうな先王の弟たちを懐柔しようとすれば、こちらも甥と又甥、又姪には甘く、ジャスパーの言うことなど聞きやしない。
王家は何度過ちを繰り返す気か。
ジャスパーは憤るたび、頭にウォーラー一族のことが過ってきた。
ウォーラー家は民からの信頼も厚い。
貴族たちは矜持や尊厳が邪魔をして素直に認められないが。
自分たちの暮らしを良くしてくれたのが誰か、国を支えているのは誰か。
生活から実感出来る民の方が、皮肉にもこの国をよく分かっていた。
ウォーラーの力を借りれば、確実に国難は解消出来るだろう。
知恵を授かれば、この先何百年と安定した国を築けるのでは?
そこは欲を掻いてしまったかもしれない。
ジャスパーは待った。
先代のウォーラー侯爵家当主も、今のローワンも、動いてはくれなかったから。
幼い子どもたちが成長するときを待ってきたのだ。
それがもう自分が国政に関わる間の、最後の機会になろうと思って──。
そして狙いを定めたジャスパーは少し前から動き出した。
そろそろウォーラー家の次の当主が決まるだろうと予測して。
若者たちはどうだろうか?
まだウォーラーの思想に染まり切ってはいない者もあるかもしれない。
オーレリア王女にそう進言したのも、何を隠そうこのジャスパーである。
ちょうどあの王もウォーラーには勝手な敵意を抱いていて、次代のウォーラー家を支える若者たちには興味を持っていた。
王命は簡単に引き出せて、しかもすべてあの愚王のせいにも出来るというジャスパーにとってはこれまでになく恵まれた条件が揃っていたのだ。
今こそ積年の願いを叶えるとき。
ジャスパーは意気込み、そして焦り、読み間違えて、順序すら間違えた。
「もうよい。アシェル卿の考えるように、すべて私のせいだ。私が責任を取ろう──」
答えられぬジャスパーを救う声に、ジャスパーは苦し気に眉間に皺を寄せる。
違う。こんなことは望んでいなかった。
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