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第二話 後編

 宙に浮いた感覚。腹の辺りで支えられ、そこからゆらゆら振動が伝わり、力の抜けた手足はブラブラ揺れる。しばらく夢と現実の狭間でまどろみながらその感覚に身を任せていたユーシアは、ん……と小さく声を上げて目を開けた。


 ド派手な赤が目を射る。頭がいっそうズキズキと痛みだした。ユーシアにしては珍しくぼうっとしていた。まるで一年前にルークを巻き込んでこっそり長老秘蔵の酒を飲み尽くしたときのような状態だ。あの酒は苦いばかりでとてもまずかった。聞けば百年ほど倉の中に置きっぱなしと言う。きっと悪くなってしまったんだと、村の酒を全部集めて村の外に捨てたらこっぴどく怒られた。


「……私、悪くないのに」


「お、起きたのか、もどき」


 過去と現在を混同したままムスッと呟く。と、聞き慣れない声が返ってきた。村の誰でもない声――そうだ、村から出たんだ!


「やったあーーーったたたっ!」


「ヒイイイィッ!」


「うわっ」


ドンッ


 大声を出した拍子に割れるように痛んだ頭を抱えつつ、放り投げられたユーシアは受け身をとって着地した。その横で竜は体を打ったらしく、いてっ、と呟く声が聞こえた。目をやったユーシアは瞬く。


「何やってんの?」


 竜は瑠璃の目に恨めしげな色を乗せてユーシアを見上げた。その両手両足はキッチリ縛られている。


「お前が寝てるせいで俺がどんだけ苦労したと思ってんだよ。なんか狭いところに押し込められて延々と地面が揺れてたんだぞっ!?気が付いたら縛られてるしよ」


「食い逃げでもしたの?」


「するか、お前じゃあるまいし!」


「じゃ、なんで?悪いことしたんでしょ」


「なぜにお前は目を輝かせてるんだよ……」


「ええー?そりゃ、んと、……『あくをたすけよわきをくじく』のが勇者の役目だから!」



「いや逆だろ逆。悪を助けてどうすんだよ。しかもお前なら気付かずに弱いやつもぶちっと踏ん付けていきそうだな」


「なにを……いたた」


 ユーシアは頭を抱えてうずくまった。おかしいなぁ、あの酒とかいうおぞましい液体を飲んだ記憶はないんだけど……。


「あ、ちょ、そこのお前どこ行くんだ?」


「ヒギャッ」


 こそこそと逃げようとしていた男を竜が見咎める。


「無責任だろ、こんなところに放り投げていくなんて。せめて俺が縛られてる訳くらいきっちり説明してもらうからな」


「そういえば、お菓子は?ここなんとかって街なんでしょ?美味しいお菓子の」


 男――夜の山中でユーシアと竜に会った痩せ型の男は二人の何の疑いも持っていない目を見返して唾を呑んだ。幸い、この魔物達はまだ何も気付いていないらしい。あと少し騙しきれば……。


「あ、ああ、そ、そっちに進めば菓子がある。あ、案内しよう」


 男は前だけを見て歩きだした。見たくはなかったのだ。両手両足を縛られている人間とは思えないような美貌の少年がふよふよ宙を漂いながら自分の後をついて来るのを――。










「なあ、俺がやった剣は?」


「あ……?」


 ユーシアは両手を見た。右を見る。左を見る。後ろを見る。――ない。


「あれ!?ない!」


「はっ?お前、なくしたの?」


「ないないないない!」


「わっ、この馬鹿!誰かがあれを拾ったら……拾ったら……拾っても使いこなせないからまあいいか」


「ないないないない!」


「うるさいなぁ」


「ないないないない!……ま、呼んだら来るか」


「はっ!?」


 竜はまじまじとユーシアを見た。呼んだら来る――ということは、あの竜殺しの剣がユーシアを完全に主として認めたということである。――その素質はある。確かに。ユーシアの五感は竜と比べても遜色ないし、身体能力もずば抜けている。しかし。


――あれが主と認めるのは人間だけだぞ!?


 竜はあまりの衝撃に固まった。固まっていても魔術で宙を滑るように動いているが。


――この女が人間?まさか!


 頭を過ぎる疑念はすぐさま否定され。


――竜殺しの剣でも間違うことがあるんだな……。剣だもんな。もどきと人間の区別がはつかないんだな。


 竜は無理矢理そう納得した。


「つ、つつ着いたぞ。ここだ」


 男はけばけばしい赤の絨毯が敷き詰められた廊下の突き当たりの扉を開けて言った。振り向いてはいるものの、ユーシアとも竜とも視線を合わせないようにしている。


「おっ菓子〜、おっ菓子〜」


 節をつけながらユーシアはご機嫌で部屋に入った。竜は赤と金のむしろ悪趣味な部屋にたじろぎながら足を踏み入れる。中にはユーシアが朝会った太った男と、二人の知らない女が一人に屈強な男が数人がいた。二人が入った途端に慌てたように扉が閉まる。痩せた男が廊下から扉を閉め、急いでその場から離れた気配を感じて竜に少し不審が芽生えた。一方のユーシアは部屋の中に目当ての物がないことに機嫌が急転直下していた。


「お菓子は?」


 不機嫌を滲ませながら問う。その右手が何かを探すように動くのを見て竜はビビった。まさか剣を探してるんじゃないだろうな。


「まあまあまあまあ!本当にこりゃ上玉だね!」


 濃い化粧の女が甲高い声で喋る。


「おじさん、お菓子どこ?」


「つか、俺はなんで縛られてんの?」


「ああ、素晴らしいだろう。ちょっと馬鹿だが扱いやすいし。いくら出す?」


 太った男は二人をまるで無視して横柄な態度で女に聞いた。


「そうだねぇ……二人合わせて三十ギルゼってとこか」


「おいおい、冗談はよしてくれ。ここじゃなくてアーサのところに持って行ってもいいんだ」


「……は?」


 不審がむくむく根を張り芽を伸ばし葉をつける。竜は顔を引き攣らせた。不意に浮かんできた記憶と男の言葉がリンクして、一つの結論を導く。その肩を屈強な男が掴いた。ユーシアも腕を取られていたが、彼女はその先にお菓子があるものと信じて素直について行こうとしている。


「ちょっと、おい、もどき!」


 ユーシアは振り返らない。名前聞いときゃよかったな、と竜は後悔した。――いや、確か一度聞いたような。そう。


「――ユーシア!」


「何?」


「そいつら人買いだ、俺たち売られる!人身売買だ!」


「じんじんいたいいたい?」


 ユーシアは不思議そうに竜を見る。


「気づいてなかったんかい。鈍いねェ……ま、ここまできちまえば後はどうにもなるまい?諦めるこった。至近距離じゃ呪文を唱えるより拳のが速い」


 女は憐れむように二人を見て淡々と言った。


「だから、人身売買!俺たち売られるんだよ!」


「二人合わせて四十五ギルゼ。これ以上は無理だよ」


「ああ、手打ちだな」


「売られる、って私たちを?誰が?」


「そこの親父だよ!」


「でもべつに私はこのおじさんのものじゃないよ?」


 ユーシアの真っ当な正論に女は哄笑を響かせる。


「アハハハハ!馬鹿だね!」


「……馬鹿?」


 ユーシアの眉間にシワが寄った。女は嘲笑しつつ腰にくくりつけた小袋からキラキラ光るものを出す。


「これがあんたたちの値段だよ。たっぷり稼いでもらうからねぇ――?」


「――そう」


 ユーシアの静かな声音に違和感を抱いたのは竜だけだった。他はショックを受けたと思いこんでいる。


ダン!


「「……はぇ?」」


「おお」


 ユーシアの左足が霞む。ふわり、もち上がったワンピースの裾が落ちると同時に、ユーシアの腕を掴んでいた男はたたき付けられた壁から地面に落ちた。太った男と厚化粧の女はポカンとそれを眺める。ユーシアはスタスタと二人に近寄ろうとした。


「う、動くな!こいつがどうなってもいいのか!」


 竜の肩を掴んでいた男が短剣を竜の喉元につきつけて脅す。ユーシアは足を止め思案した。


「……」


 竜はとても驚き、少し嬉しくなった。こんな脅しは何の意味もないが、この少女はどうやら竜を気遣ってくれているらしい……!竜はちょっと力を込めて拘束をひきちぎり、短剣をどけようとした。しかし。


「あのさ、おじさん一人じゃ食べ切れないと思うよ。本当はすっごく大きいんだから。私にもわけてね?」


「……」


 竜は動きを止めて黙り込んだ。ああ、やっぱりそうだよな。世の中そんなに甘くないよな。


「な、何をわけわからんことを……っぐ!」


 背後から襲う男をいとも呆気なくユーシアは地に沈める。その間に竜は短剣を奪い、男の腹を殴り地に倒して喉に足をかけた。人間の急所がわからない。どうしたら効率よく気を失わせられるのか。考えているうちに足元の男は白目を剥き泡を吹いていた。


「ヒィッ……化け物!」


 太った男は今になって相方の言葉の正しさを痛感していた。ペタン、と腰を地につけて後ずさろうとするが、全身に力が入らない。女と二人してユーシアが寄ってくるのを震えながら見ることしたできなかった。


 ユーシアは二人の傍にダン!と足をついた。大まじめに不快そうな顔で男を睨む。


「私はおじさんの物になったおぼえはないよ」


「ヒッ、ヒイイッ!」


「何か言うことあるでしょ?」


 男は真っ青になってガクガク震えながら少女を見上げた。今になって相方の恐怖を共有できていた。頭の中は真っ白だ。ユーシアはため息をついた。


「ごめんなさい、は?」


「もっ……ももも、ぅしわけ……ござっ」


「牛が欲しいんじゃないの」


 あーあ、と竜は同情の目で太った男を見た。あの馬鹿な人間もどきが『申し訳ございません』なんて理解できるわけないのに。


「すすすいま……」


「で?」


「ヒィッ」


「もうしません、でしょ?」


「「も、ももうしませんっ!」」


 男と女は綺麗に声を揃えて叫ぶ。


「じゃ、もう二度と同族を売り買いしないって誓って。――――」


「「はいィ!」」


 ユーシアが囁いた言葉は竜には聞こえなかった。ただなんとなく耳障りの悪いものを感じる。


 二人の言葉を聞いてからユーシアはまだ不機嫌なまま竜を振り返る。


「おい、言っとくけどな。俺は歩く非常食じゃないぞ」


「もちろん」


 なんせ竜だ。歩く珍味である。何を当然のことを言っているんだろう?ユーシアはキョトンとして竜を見た。紫の視線がうたぐり深そうにユーシアを見る。


「まあ……いいか。それにしてもお前があれだけで許すとは思わなかったな。ごめんなさいもうしません、って……」



 呆れたように言葉を切り首を横にふる竜にユーシアは鼻を鳴らした。


「何がおかしいわけっ?」


「いーや、別に……で、どうする?」


「お菓子探して食べる」


「いやいや」


 違うだろ、とつっこもうとした竜はユーシアの意固地な顔を見てやめた。


――こいつ、貨幣の存在知ってんのかな。


 竜も先程、記憶を見てから知った存在である。恐ろしい想像――あいつが菓子を見つけて買えなかったら……?――に眉をしかめ。


――いや、でも外に出ればアレの被害を被るのは俺だけじゃない!


 人間というのはうじゃうじゃいるのだ。中にはあのもどきの手綱を執れる人間もいるかもしれない。いや、見つけだしてみせる!


――でもって俺は食料扱いされない生活に戻るんだ!


 決意を胸に、竜は意気込んでユーシアの後を追った。

ここまで読んで下さってありがとうございました。

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