9/6 大統領決断を ③
おぼつかない足を必死に前に出し、街灯が照らす薄暗い夜道を歩く。
国民とすれ違うたびに心配した顔をされてしまう。大統領ともあろう人間が国民を不安にさせてどうする。
頭の中で何度も顔を整えようと力を入れるが直ぐにだらんっと頬が下がる。
次第に視界がぼやけ始め、目の前に広がる赤い光に目が眩みその場で倒れ込んでしまう。
「大統領」
聴き馴染みの声が耳の横で強くなり脇に腕を入れられ、重くなった体を起こされた。
まだ、久しぶりの微睡に酔っていたい。
「なんだ...エドワードかどうした」
「どうしたじゃありません。どうしたんですか」
30年間一緒にいたのに初めてエドワードが困惑したところを見た。
それほどまでに今の私は何処かおかしいのだろうか。
「取り敢えず、車に乗ってください。話はそれからです」
エドワードに肩を抱かれ、周りをボディーガードに囲まれる。
世界一安全な国を目指していた私の国では、私を襲う者はいない。普段エドワード以外の人間はいないのだが、今私がここにいることが非常事態らしい。
車の匂いはいつもと同じで、次第に元の自分が顔を出し始めていた。
「お酒...」
「あぁ、いつの間にか飲んでいた」
あぁ、の口癖は抜けず今も発していることを俯瞰している自分が認知する。
私の時代ももう終わりか?
いや、そもそも私の時代があったのだろうか...
「取り敢えず、水を飲んで落ち着いてください」
息の上がったエドワードも落ち着き運転手に官邸に行くよう指示を出していた。
水をくぴっと少しずつ口に含み飲み込む。喉仏の感覚など普段は感じないが、今だけは鮮明に感じられていた。
「何があったんです?」
「妻と喧嘩をした」
先ほどあったことを思い出しながらポツポツと話すとエドワードはにんまりと笑った。
「大統領も人間だったのですね。いや、最近は人間なんだと強く思うようになりました。まだ、決断をできていないのでしょ?」
「私も最近は思いますよ、大統領が人間で良かったって」
バックミラー越しにいつもの運転手が私に向けて微笑んだ。
「何を言っている...私は人間だ。大統領だ...だから、決断に悩むが最終的には自分の決断を信じるよ」
酔っていた頭が次第に元に戻り、冴え始める。
「決断したのですね」
「決断をするよ」
「わかりました、では赤と青二つを机に置いておきます。今日は帰られますか?」
「頼む。すまないが今日は帰って妻に謝るよ」
「最善の決断です」
車は引き返し家へ戻って行く。
私は最善の選択をした。今後もそうありたい。
ドアが2階コンコンっと叩かれる。時間は13時。四カ国会議へ出発の時間が迫っていた。
場所は四カ国の中間地点Z国。
「大統領、飛行機がつきました」
「わかった、今行く」
この決断で国の今後の立ち位置がきまる。
でも、私はこの決断を後悔しないように考えてきた。
きっと大丈夫。私は大統領だ。
この国を左右する立場であり未来の決断をする。
青いネクタイを首に巻き、丁寧に結ぶ。鏡で確認し一度笑顔を作り、部屋を出た。
赤いネクタイは机の引き出しの奥に押し込め、鍵をかけた。
私の、この決断はきっと正しい。




