21 君を信じる
彼女が他の男からもらった物を身につけているのを見るのが辛かった。
それが婚約の証ともなれば尚のこと。
だから私は魔導師団に行って、契約魔法を解除出来そうな団員を探し出した。
なのにまさか、ミリアが腕輪を外したくないと言い出すなんて・・・。
先程は動揺して研究室を出てきてしまったが、そろそろ戻らないとミリアが心配してしまうな。
冷静に考えてみると、理由もなく彼女があの腕輪を身につける訳がない。
もう一度ちゃんと彼女から話を聞いてみよう。
その時、小さくノックが鳴った。
返事をすると、入って来たのは緊張した面持ちのミリアだった。
「スレイン様に聞いていただきたいことがあります」
ソファに座ったミリアは言い出しづらそうに顔を伏せていた。
「ミリア、言いにくいのなら・・・」
「いえ。スレイン様に嫌われる覚悟で申します」
嫌われる?
「実は、私は二週間後の結婚式の日に呪いの魔法をかけられて、それから三年間眠らされてしまいます」
彼女の言ったことをすぐには理解できなかった。
もうすぐ呪われる?
一体何を言っているんだ?
「その呪いの魔法から身を守るために、私にはこの腕輪が必要なんです」
ちょっと待ってくれ。
「ミリア・・・君はまた変な夢を見たのではないか?」
「いいえ!夢ではありません。私はその悲劇を回避するために、三年後の未来から戻って来たのです」
「ははっ。未来から来た?冗談だろう?」
「冗談ではありません」
どうかしている。
先日の夢から彼女は混乱してしまっているのではないだろうか。
「すぐには信じていただけないことはわかっております。ですが、この腕輪を外さない理由をスレイン様に知っておいて欲しかったのです」
ミリアの目は真剣そのものだった。
ここですべてを否定してしまったら、彼女を傷付けてしまうだろう。
もう少し話を聞いてみてから彼女の状態を判断するしかない。
「その・・・未来では、呪いの魔法をかけた犯人は捕まったのか?」
「いえ、犯人はわかりませんでした。ですが、その後に違う事件を起こした者が犯人ではないかと、私は考えています」
「違う事件?」
「はい・・・。私はそれから三年後の陛下の生誕祭で彼女に池に突き落とされ、私を助けようとしたスレイン様がお亡くなりに・・・」
私がいなくなってしまったという、あの夢のことか・・・。
「それで私は、スレイン様とまたお会いしたくて、過去に戻って来たのです」
彼女は必死に涙を堪えていた。
自分は正気だと示すために、ここで泣き崩れるわけにはいかないのだろう。
そうだ。
彼女はこんな冗談を言う人ではない。
正気を失ってもいない。
「そうか。わかった・・・」
「え?」
「ミリアを信じよう」
「スレイン様・・・」
彼女の瞳からひと雫の涙がこぼれた。
「泣くことないだろう。君を信じるのは当たり前のことだ」
「・・・ありがとうございます」
私は先程からグッと握り締めていた彼女の手をとった。
「では結婚式の日に起こったことをもう少し詳しく話してくれ」
「はい・・・」
彼女は馬車で大聖堂に向かっていた時に荷馬車と衝突し、意識不明になってしまったという。
しかしその後の調べで、意識不明になった原因が呪いの魔法であった事がわかったらしい。
それを突き止めてくれたのが、先程研究室で会ったエニフィール殿だった。
「そうか、彼とは面識があったんだな」
「はい。私は20歳の彼しか知らなかったので、先程の彼は少し若くなっていて不思議な感覚でした。呪いの魔法を解いてくれたのも、過去に戻してくださったのも彼です。感謝してもしきれない、私の恩人です」
「そうだったんだな・・・」
彼は古代魔法の専門家だから、今では使われていない禁術にも精通しているのだろう。
彼女を助けてくれたのなら、彼は私にとっても恩人だな・・・。
「過去に戻る時にエニフィール様に言われたんです。この腕輪を必ず手に入れて、ずっと着けておくようにと」
「この腕輪で呪いの魔法を防げるのか?」
「いえ、この腕輪には魔法を術者に跳ね返す効果があるようです」
「では、その時に意識不明になった者が犯人という事だな?」
「そうだと思います」
「それで、君を池に突き落としたというのは・・・」
「それが・・・」
ミリアが口籠るということは、言いにくい人物なのだろう。
「私も知っている人物か?」
「はい・・・。実は、犯人は生徒会の書記だったモニカだったのです」
「まさか・・・彼女が??」
「私も驚きました。しかし彼女は自白した後に自ら命を絶ったのです・・・」
確かに彼女から異様な視線を感じることはあった。
しかしそれ以外は何も行動を起こして来なかったのでそのまま放置していた。
まさかそれが仇となってしまうとは。
「すまない。私のせいだ・・・」
「違います!私が彼女を警戒しなかったのが悪いのです!彼女の本心を知らずに・・・」
モニカは初めから私に近付くためにミリアを利用していたのかもしれない。
「人の心の内はわからないものだな・・・。とにかく結婚式までの間、彼女に接触しないように気をつけてくれ」
「わかりました。スレイン様もどうかお気を付けください」
「あぁ。わかった」
本来なら私が彼女を守るべきだが、今はこの腕輪が必要だ。
私は腕輪の赤い宝石を見ながらあの男のことを思い出していた。