61.家族の形
「本当に帰っちゃうのー? クレアちゃん」
「だって明日から講義はお休みでしょ? 解剖とか色々貴重な経験させてもらったはずなのに、何だかバタバタであっと言う間だったなぁ」
あの日から数日経った。
今日はノルンへ帰る挨拶をしに、大学の研究室へと来ていた。
気付けば大学は明日から長期休暇に入るということなので、帰省することにした。
「大学はお休みでも、個人的に講義する分には、僕は一向に構わないよ!」
「それはまぁ、ありがたいけど、あんまりノルンの治療院も留守にしてられないし。それに、またすぐ来るよ。なんてったって学部長から図書館の使用許可も下りたからね!」
そうなのだ。
何と、ダリオの手術の功績を認められ、優秀学生として表彰されると共に、賞として図書館の使用許可も得られたのだ。
学部長としてはこれ以上ない広告塔として利用しただけだろうが、私としても自由に図書館が使えるのは願ってもないことだ。
ホクホク顔の私とは対照的に、ニコは捨てられた子犬のような顔でこちらを見ていた。
だが突然、思い付いたように椅子から飛び上がるニコ。
「……そうだ! 大学お休みなんだし、僕がノルンに遊びに行くよ!」
「あ、なるほど。……でも、森の辺境だけど大丈夫? お父様が心配するんじゃない?」
領主のシガー・ヴァルタリ氏のあの溺愛っぷりだと、許してくれないのではないだろうか。
しかし、ニコは胸を張って言った。
「大丈夫! パパは僕の言うことは何でも聞いてくれるから!」
「まぁ、お父様がお許しになるのなら、私たちはいつでも歓迎するけど……」
親子喧嘩がノルンとベイルポートの外交問題に発展しないことを祈るばかりだ。
そう思っていた時、研究室の扉がノックされた。
「クレアさん、ここでしたか」
「あ、ナナイ。どうしたの?」
「ダリオが呼んでいましたよ。あっちも色々落ち着いたようです」
あの日以来、ガリアーノファミリーの人たちとは会っていなかった。
倉庫の調査やら買収の手続きの確認、コステロファミリーとの謀議の有無など、警備兵から根掘り葉掘り聴取されていたようで、最終的な後始末に追われていたそうだ。
それがようやく終わったのか。
ダリオたちにも帰る前に挨拶しておこう。
私はナナイへ頷くと、席を立った。
「じゃあ、クレアちゃん、後でね! 僕も準備してくるよー」
「はーい」
笑顔で両手を振るニコへ、私も手を振って研究室を出る。
「ニコ教授、あんなに嬉しそうにどうしたんですか?」
「大学がお休みになるから、一緒にノルンに来るみたい。自然が一杯だから、のんびり休暇を過ごすには最高かもね」
「ノルンに、ですか。……なるほど。……そうですか」
大学を出る道すがら、ナナイが意味深にそんなことを漏らす。
門を抜けると一台の馬車が停まっていた。
「こちらが使いの馬車です。では、私も、後ほど……」
私を馬車に乗せたナナイが、扉を閉めながらそう言った。
「ええ。またベイルポートを発つ時に」
ナナイも帝都に一度帰る予定だ。
残念ながらノルンと帝都は別方向のため、ナナイとはベイルポートでお別れだ。
治療師になるかどうか、決心はついたのだろうか。
まだ時間はあるからゆっくり考えて、後悔しないようにして欲しいものだ。
そんなことを考えている内、馬車が馬のいななきと共に停まる。
ガリアーノファミリーの事務所に着いたようだ。
私は事務所の扉を軽く叩く。
扉に付いた小さな格子窓からちらりと私を覗く顔が見えた後、すぐに扉が開かれ、いつもの門番さんが爽やかな笑顔で迎え入れる。
「クレアお嬢! お待ちしておりました」
「ありがとうございます。ダリオ様が無事で良かったですね」
「ええ、もう……。ボスは人が悪い……。しれっと坊ちゃんと一緒に帰ってきた時は、心臓が止まるかと思いましたよ」
そう言って門番さんは少し涙ぐんでいた。
顔に似合わず涙もろい。
そして、ダリオがとても慕われているということが良く分かった。
私は門番さんの開けた奥の扉を更にくぐり、二階の部屋へと向かう。
ダリオとローダナムの商談をした、あの趣味の悪い装飾の部屋だ。
部屋の前までやって来ると、ドアをノックする。
「クレア・エステルです」
「おう。入れ」
ドアを開けると、真正面の玉座のような椅子に座るトミーと、テーブルを挟んだ向かいの椅子に座るダリオがいた。
私はダリオの勧める隣の椅子へ腰を下ろす。
「呼び付けて悪かったな。改めて息子の命を救ってもらったお前に礼が言いたかったんだが、色々と事後処理があってよ。少し遅くなっちまったが、お前には本当に感謝している」
「いえいえ、ニコとナナイのおかげです。それに、私たちを信用して手術を許可してくださったトミーさんも」
「あの時、お前の目に宿る確信のようなものが見えたからこそ信用したんだ。俺が商談を決める時の大事なポイントだ」
「そうでしたか」
確かに、ニコとナナイが一緒なら絶対に成功すると思っていた。
「それとだな、ローダナムの商談の件も、息子が無理言ったようで悪かったな。ほれ、お前も謝れ」
そう言われたダリオが、おずおずと頭を掻きながら謝る。
「……ああ、あの件はすまなかった。……早く俺も実績を作りたいと焦ったばかりに、杜撰な計画で迷惑掛けちまって」
「いえ、分かって頂ければ大丈夫ですよ」
すると、トミーが咳払いを一つし、こう告げる。
「まぁ、それもこれも、俺のこれまでのダリオへの教育が悪かったと思ってる。何も言わずとも、親の背中を見て育つと考えていたが、それだけじゃあ上手くいかねぇこともある。ダリオだけじゃねぇ。他の部下たちも同じだ。これからはファミリーのボスとして、みっちり家族全員を育てていくつもりだ」
「コステロファミリーみたいな敵対組織はまだゴロゴロいるからな。親父の言う通り、ファミリーとしてもっと成長していかないとな」
柔和な笑顔を浮かべ、楽しそうに今後について話す二人。
何だか微笑ましく思えた。
「それで、ぼちぼち国に帰るんだってな? またいつでも来い。こっちでビジネス始める時は俺が全部面倒見てやる。これが俺なりの礼だ」
「ありがとうございます。そうですね……。当面ビジネスをやる予定もないので、あのお店でお腹いっぱいごちそうしてください」
すると、トミーがニヤリと笑う。
「グルメな奴は好きだぜ……。任せな! いくらでも食わせてやる!」
これは最高の報酬だった。
やっぱりガスパルさんの教え通り、報酬はきっちり頂かないとね。
「では、そろそろ失礼します。帰る前にご挨拶出来て良かったです」
「おう!」
「また大学でな」
私は二人にお辞儀をすると、部屋を後にした。
ダリオも特に後遺症などなく、元気そうで良かった。
そう思いながら階段を降りると、手すりの影から突然声を掛けられる。
「クレアさん。少し、よろしいですか?」
「わっ、アンジェロ! びっくりした。怪我の具合はどう?」
「あなたの治癒魔法ですから。傷跡一つありません。むしろ、あの後、ボスに頂いた鉄拳制裁の方が引きずっています」
確かに、よく見るとアンジェロの全身はボロボロだった。
暗殺の件はファミリーに公表されていないとはいえ、お咎めなしではお互いの気持ちにケジメが付かなかったのだろう。
だからだろうか。
ひどい有様なのにどこか晴れやかな顔をしていた。
「お呼び止めしてすみません。私も謝罪とお礼をさせて頂きたくて。あなたを騙し、コステロファミリーに拉致させてしまい申し訳ありませんでした。そして、そんなことをした私を、何の躊躇いもなく治療してくださって本当にありがとうございます」
「まぁ、お腹殴られたのは痛かったけど、おいしいご飯食べられたし、何よりナナイとじっくり話す機会が出来て、結果的に良かったかな。治療したのは体が反応しただけというか、治療師の性だから」
「そういうものですか……」
納得いかなそうなアンジェロ。
そして、おもむろに呟く。
「……謝罪とお礼などと言っておきながら、こんなことを言える立場ではないのですが、実は少し聞いて頂きたい話があるのです。……これは私の懺悔になります」
懺悔。
その言葉の重みに、私は神妙な面持ちで静かに応える。
「……分かりました。聞かせてください」
「……ありがとうございます。……私はこの世界でのし上がるため、ダリオを亡き者にしようと考えたと、あの時、そう言ったかと思います。ですが、本当の理由は違うのです。本当は……ボスの寵愛を受けるダリオが妬ましかった。そしてそれに気付かず、ボスの背中を追う訳でもなく、自分勝手に振る舞う彼が許せなかった。……だったらいっそ、自分がボスの最も信頼出来る部下になるしかない。自分こそがボスの息子に相応しい。そう思ってしまったのです……」
アンジェロがぐっと目頭を押さえる。
私はうつむいたまま、アンジェロの言葉を待った。
「……失礼しました。……ですが、真実を知ってなお、ダリオが私を部下だと言ってくれたあの時、私は彼の中にボスと同じ何かを見たのです。……私は何てつまらないことにこだわっていたのか。ここが私の居場所であり、ここにいる皆が私の家族だと、ようやく気付かされました」
「……そうでしたか。……うん! さっきまで、その制裁でボロボロになった身体に治癒魔法を掛けてあげようかと思ってたけど、やめておくね!」
私は微笑みながらそう言った。
アンジェロもその意味を理解したのか、ようやく綻んだ顔を見せた。
「ええ。この痛みこそ、私がガリアーノファミリーの一員に戻ることが出来た証ですから。その幸福をじっくり噛み締めたいと思います」
そう言うと、アンジェロは深々と頭を下げるのだった。
「それじゃあまたね。ダリオが暴走したらちゃんと止めてあげてね。それが右腕としてのアンジェロの役目なんだから」
そして、私はガリアーノファミリーの事務所を後にするのだった。
停めていた馬車に再び乗り込み、荷物を取りに海風亭へと向かう。
軽快な車輪の音が心地良い。
しばらくして海風亭に着き、部屋から荷物を取って馬車に積んでいると、一台の馬車がやって来る。
それが私の馬車の後ろに止まると、そこから降りて来たのはニコとナナイだった。
「クレアちゃーん。準備出来たよ! 僕たちは後ろから着いて行くから、先導よろしくね!」
「はーい。……ってあれ? 僕たち? ナナイは帝都に帰るんじゃないの?」
すると、ナナイが得意気にこう言い出した。
「決めましたよ、クレアさん。自分はクレアさんの下で、治療師としての技術を学んでいきます」
私の下?
デルス師長の息子が?
何を言っているんだこの子は。
「いやいやいやいや、ナナイ! そんな非常識なことが出来ないのは、帝国で育ったナナイが一番良く知ってるでしょ?」
「自分には関係ありません。もちろん、父への当てつけという気持ちも全くない訳ではありませんが、そんなことよりクレアさんの素晴らしい技術をもっと知りたいのです」
あれだけ治療師になりたくないなどと言っていたのに。
こうまでヤル気になってくれるのは同じ治療師として応援したいが、このことがデルスの耳に入ったらまた面倒が起きる気がしてならない。
嬉しいやら、不安やら、複雑な心境だった。
そこへニコがあっけらかんと声を掛ける。
「僕も、クレアちゃんが教えるならナナイにとって一番良いと思うなぁ。唯一、ナナイの力を理解出来た訳だし。大学でも、治療師の称号の取得試験を受ける前に、治療院で実際に見習いみたいな形で働くのを推奨してるからねぇ」
そう言われてしまうと弱い。
どうやら受け入れざるを得ないようだ。
私はふぅと小さく溜め息を吐くと、ナナイに言った。
「……分かった。でも、やっぱりご家族には内緒にしといてよ」
「ありがとうございます! では、早速出発しましょう!」
はしゃいだ様子で馬車に戻るニコとナナイ。
やれやれと思いながら荷物を積み終えた私も、自分の馬車に乗るのだった。
馬車はゆっくりと走り出し、ベイルポートの門を抜けるべく、ガタガタと坂を上っていく。
門を抜け、丘の斜面を上っていくと、青い地平線がずっと広がっているのが見えた。
ネイサンはまだベイルポートで所用があるとかで、帰りは一人、車窓から覗く大海原をぼんやりと眺めていた。
短い間だったが、本当に貴重な体験が出来たし、何より色々な人と出会うことが出来た。
そして、そこには様々な家族の形があった。
不器用だけどお互いを尊重し、間違うことがあってもそれを正して次に向かっていく親子。
信じられるのは己だけと血縁を断った親と、家族の愛に飢えた子供。
親の心子知らずとは言え、子の心も蔑ろにし、埋まらぬ溝が出来てしまった親子。
そして、最後は、ただの溺愛親子。
私も久々にサリー村へ帰ろうかな。
でも、父と何を話せばいいのか……。
うん、また落ち着いたらゆっくり帰ろう。
そうして、私は我が家のあるノルンへと帰国するのだった。




