41.公開治療(後編)
「ここへの到着に遅れたのは、とある人物を招待するのに手間取ったと言ったのは覚えているかな、諸君。では、ご登場頂こう。世話になった者もいるのではないかな? シュヴェールト商会代表、ネイサン・ブラウシュヴェールト氏だ!」
すると、講堂の入り口からばつが悪そうに顔を覗かせるネイサン。
相変わらず灰色一色の出で立ちで、帽子を小脇に抱えている。
レオナルド様がシュヴェールト商会とも関わりがあるなんて。
「いやはや、私はこんな表舞台に立てるような立派な人間ではないのですがね。スネに傷のある人間ですから。……まぁ、ここにいる何人かの方々も、こんなところで顔を会わせたくないとお思いでしょうがね」
そうしてネイサンはにやりと笑うのだった。
「では、ブラウシュヴェールト氏。なぜ、貴方がここに呼ばれたか、話してもらってもいいかな?」
「ええ、喜んで」
そう言ってネイサンが軽くお辞儀をすると、語り始めた。
「数日前のことです。私はそちらのクレア嬢と、ある取引をしましてね。彼女が何者かに命を狙われるということがあったため、その下手人を捕らえ、身の安全を守って欲しいということでした」
確かに、トバコの栽培と引き換えに依頼をした。
そして、ここでこうして話すということは、やっぱり黒幕は治療師協会内部にいたのだ。
果たして私の予想は悲しいことに、見事に的中した。
「まぁ、我々にとっては容易い依頼でした。暗殺者を見つけ、その体に聞くと、ある一人の男の名前を吐きましてね」
ネイサンがちらりとレオナルド様を見やる。
レオナルド様は大きく一つ頷いた。
「その男の名前は、クレイグ。教区の治療院で治療師をやっているクレイグ・ディクソンが依頼主だそうですよ」
クレイグ・ディクソン!?
あの冴えない成金貴族の治療師が?
てっきり理事会の陰謀や元上司の嫌味なデルスによる私怨だとばかり思っていた。
それが、クレイグ・ディクソンが黒幕?
まともに話したこともないのに、なぜ。
どうしてそんな人に命を狙われなければならないのだ。
恐怖と混乱が頭の中に渦を巻く。
そんな私の心を置いてきぼりにして、レオナルド様は話を進めてしまう。
「ブラウシュヴェールト氏の協力に感謝する。さて、聞いての通りだ。ディクソン。袖で見ているんだろう? 諦めて釈明してはどうだ? 相手は皆に恨まれている平民の女一人だ。ここにいる貴族たちの胸を打てば、情状酌量の余地はあるかもしれんぞ?」
そんな悪魔のような甘言に誘われるよう、舞台袖からぬっと顔を出すクレイグ・ディクソン。
その顔は死人のように蒼白なのだが、血走った赤い目だけは私をきつく睨みつけていた。
そして、クレイグ・ディクソンが張り付いたような喉から、かすれた声を絞り出す。
「……やっぱり、お前が俺の全てを壊していくんだ、クレア・エステル。……黙って死んでくれれば良かったんだ!!」
「な!?」
さすがに頭に来た。
恐怖より怒りが勝った。
「……初対面のあなたにそんなこと言われる筋合いありません!!」
その勢いに少したじろぐクレイグ・ディクソンだったが、歯を食いしばりながら恨み節が続けられる。
「……俺がどんな思いでここまで来たか、平民のまま図太く居座っているお前には分からないだろうな! 俺が、いや、ディクソン家がどれだけの苦労をしたか、お前には理解出来ないよな! 爵位も持たない一介の商人風情の息子が、何の間違いか魔力を持って生まれ、治癒魔法の才があるときたもんだ。これを足掛かりに貴族の仲間入りをして、商売をもっと手広くやりたいと目論むのは当然だ。親父は築いた資産のほとんどを貴族連中に配り回って、やっと最低限の爵位を手に入れた」
そして、両手を広げ、吐き捨てるように続けるクレイグ・ディクソン。
「成金貴族? 大いに結構! だが、そこからが本当の地獄だった。貴族連中が毎日、何をしているか知ってるか? 意味もなく毎晩集まっては、美味くもない高いだけの食材を口に放り込み、人を見下す言葉を呪詛のように吐き続ける。それでも、商売は人脈だ。投資と思って付き合い続けていると、ある貴族のグループから親父に声が掛かったそうだ。そのグループは珍しい骨董品を集めるのが趣味で、親父もある品をコレクション出来たら、ディクソン家を仲間として認め、果ては爵位まで今より上げてやるという話だった」
珍しい骨董品を集めるのが趣味。
成金貴族たちの下衆な趣味。
私は嫌な予感しかしなかった。
「こんな商機を見逃せる訳ないよなぁ? それで、親父は全財産を前金で支払ったんだ。そうしたら、どうなったと思う? 金をもらったガスパル・ハウザーは行方知れずで、気色の悪い真っ赤な目玉は手に入らずじまいさ。お前のせいでな! クレア・エステル!!」
「そんなこと、私に言われたところで……」
「そうだ。俺たち一家の運が悪かったと言えばそれまでだ。だがな、事実は事実だ。お前が余計な正義感を振り回したせいで、俺は爵位を上げてもらえなかったどころか、一文無しになっちまった。お前のせいであることは間違いない! それに、誰が平民の女ごときが、辺境でそんな大立ち回りを演じられると予想出来た? とにかく、お前に自覚がないとしても、俺から恨まれる資格は十分にあるんだよ!」
「それで私を殺そうと? 捕まるリスクを冒してまで?」
その瞬間、狂犬のようによだれを撒き散らしながら叫ぶクレイグ・ディクソン。
「何も知らないくせに軽々しい言葉を吐くんじゃねぇぇぇぇええ!! 俺がどれだけ苦しんだか分かるか? てめぇがこの町に来て、ディスガッツ病の治療法を見つけるなんてほざいてるのを聞いた時から、安心して眠ったことなんて一度もねぇ! アンリの治療薬の秘密がいつバレるか、無自覚な正義感を振り回すてめぇなら世間に暴露しかねないと恐れていたが、案の定だったよ!」
「……アンリの治療薬の秘密、ということはあなたも水だということを知っていて」
「当然だ! 俺が考えたんだからな。アンリのボンボンが配属された瞬間、ピンと来たね。こいつの人の良さと侯爵家というステータスさえあれば、ブドウ果汁を数滴入れただけのただの水すら、高い金を払って買っていくアホはいるだろうってな。まさか本当に痛みがなくなって、ここまで繁盛するとは思ってもみなかったが。だが、お前も分かるだろう? この世が身分という空虚な装飾で彩られていることを。俺は、それをそっくりそのまま利用させてもらっただけに過ぎない。この世の理に従っただけだ。俺を詐欺師呼ばわりするのなら、ここにいる貴族とやらは、俺たち平民から富を搾取する正真正銘の詐欺師じゃねぇか!!」
私は何も言い返せなかった。
その身分の違いから迫害を受けて来たのは他でもない、私自身だ。
だから、言わんとしていることは良く分かる。
だからこそはっきりと分かる。
クレイグ・ディクソンと私は根本的に違うと。
「それから、てめぇの処置をどうすべきか考えあぐねていたら、差出人不明の手紙が届いた。そこに何て書いてあったと思う? 邪魔なてめぇを葬り去ったら、協会での待遇を良くして、爵位についても考慮するとあったんだ。どうやら、てめぇの存在を快く思ってないのは俺だけじゃなさそうだぜ?」
下卑た笑みを見せるクレイグ・ディクソン。
なるほど。
では、やはり当初考えていたように、理事会や元上司デルスなどの誰かの意思も介在していたのか。
そう冷静に顔色一つ変えずに分析していたのが気に食わなかったのか、クレイグ・ディクソンは大きく舌打ちをして続ける。
「捕まるリスクなんか百も承知だ! 俺にはもう後がねぇんだ! 金も人脈もない成金貴族なんざ、この世でまっとうに生きていける訳がねぇ! だから俺は悪魔に魂を売った。これで現世の安寧が買えるなら安い取引だ。俺はアサシンギルドにてめぇの暗殺を依頼した。てめぇが黙って死んでれば、アンリがこんな目に遇うこともなければ、奴を信じていたアホ供も裏切られる思いをすることはなかった。てめぇが生きてて幸せに思う者なんて誰一人としていないんだよ!!」
しんと静まり返る講堂。
さすがに今のは心にきた。
面と向かってそんな言葉を掛けられるのはやっぱりキツイ。
それに、今回のディスガッツ病の治療は、病気で苦しんでいる人を救いたいという気持ちは当然あるが、一方、治療法を確立出来れば不当な処遇を受けないで済むという、自らの保身があったのも事実だ。
そうした自分のわがままから、アンリや彼を信奉する人たちを傷つけたと言われればそうかもしれない。
その後ろめたさから、私は黙りこくってしまう。
その時だった。
「私はクレア嬢と取引出来て幸福ですがね。おっと、横から失礼。ただ、あまりにも自らを棚に上げて、彼女への暴言が過ぎますのでね。そこまで確実な仕事を望むのなら、三流の暗殺者など雇わないことですね。ギルドに出入りする組織もピンキリですから。まぁ、貴方の財力では所詮無理な話でしたから、この結果は火を見るよりも明らかだったでしょうがね」
「ネイサン……」
トバコの取引を成功させるための打算とはいえ、嬉しかった。
すると今度はファッファッファという笑い声が後ろから聞こえてくる。
「わしだって偶然とはいえ、ディスガッツ病の治療法の発見者の一人として最後に一花咲かせることが出来たんじゃ。彼女は間違いなく最高の治療師じゃ。思い上がるなよ、小僧」
「ハーマンさん……」
ハーマンさんがパチリと私にウィンクする。
私は思わずくすりと笑ってしまった。
そして、アルベルトがずいと私をかばうように前へ出る。
「それで、貴様の釈明とやらはそれで終わりか? 最早、釈明ではなくただの戯言だがな。この世の不条理など、貴様なんかよりクレア君の方が身に沁みる程、理解している。それなのにどうだ! 貴様は己の利益のみを追求するため、多くの人を騙し、挙句の果てには自分に都合の悪い者は殺すだと!? 世界は貴様を中心に回っているとでも思っているのか!?」
「アルベルト……様」
ポツリと涙が落ちる。
そうだ。
私には仲間がいたのだ。
これまでの行いで多くの敵を作ってしまっていた。
でも、そのおかげでこうして仲間に出会えたのだ。
私はもう一人じゃない。
あの頃のように、もう一人で苦しまなくていいんだ。
私はアルベルトの背中にこつんと頭を預ける。
「ありがとう……。アルベルト……」
そして、レオナルド様が一人、軽快な拍手を響かせる。
「いや、見事な抗弁だった。ディクソン。アルベルトの言う通り、君の権益に対する執着は並大抵のものではない。その行動力には目をみはるものがある。ただし、それは商人としてだがね。治癒魔法の才を持っていようが、爵位を持っていようが、利他の精神がなければ治療師は務まるものではない。エステルくんの存在以前の話だ。君は、最初から歩むべき道を間違えていたんだよ」
それを聞いたクレイグ・ディクソンがわなわなと震え出す。
身分という社会の虚像に踊らされ、生来の利己主義に操られ、自らの人生を壊したのは他でもない自分自身だったのだ。
それでも、人というのは変わるのが難しい。
これまで蒼白だった顔が真っ赤になったかと思うと、一気に噴出する。
「あんたこそ魔力もないくせに治療師協会のトップにのうのうと陣取りやがって! どうせ侯爵家だからって理由で引き上げられただけのお飾り理事だろうが! この世は爵位さえあればどうとでもなるんだ! それを産まれた時から享受してるあんたが、必死に爵位を求めて努力する俺を批判するんじゃねぇぇぇえ!!」
何ということを。
本当に何も見えていないのは、アンリではなく、この男だったか。
魔力を持たないとはいえ、家柄だけで理事になった訳ないだろう。
「その通りだ。ディクソン。私がこうして理事になれたのはフェルディナンド家の者だからだ」
ウソ!? 本当に家柄だけで?
しかし、レオナルド様はその予想を期待通り裏切ってくれた。
「だからこそ、私はこの組織の在り方に疑問を抱いてる。私のように魔力も持たない、侯爵家というだけで、簡単に役職が上がっていくという、この権威主義のはびこった体制は不健全極まりないと思わないか? かつて、教会から独立した時の、治療という技術提供によって自らの権利を守るという気概はどこへいってしまったのだ? ディクソンの言う通り、爵位さえあればどうとでもなる組織に成り果てた結果、無能な者が人の上に立つという異常な行為が平然とした顔で繰り返されている。まさに悪夢だ。ディクソンは、そんな病める組織が生み出した怪物といっても過言ではない。だからもうこれ以上、哀れな傷病者を出す訳にはいかない! 宣言しよう! これより、懐古主義者による協会の公開治療を執り行う!」
懐古主義者!
エドガーさんの言っていた、組織の上層部にも仲間がいるというのはレオナルド様のことだったのか。
そう考えると、レオナルド様との最初の出会いも偶然なんかではなく、この公開治療を見据えての行動だったということか。
頼もしい反面、敵だったらと考えると背筋が凍る。
もし、彼が権威主義者の権化だったら、私なんぞ為す術もなく、今頃は戦線で朽ちていただろう。
「さて、それではまずクレア・エステルくんの処遇についてだが、先程の類い稀なる魔力の才と、深い見識により、見事ディスガッツ病の治療法を確立した彼女の実力は、もはや疑いの余地はない。それに、ノルンでのことも、噂とは真逆の話が出ているようだ。その真実については、我々の判断の及ぶところではない。神殿騎士であるアルベルトに任せるべき事案だ。それで問題ないかな? アルベルト」
その問いにアルベルトはすっと頭を下げる。
「ご配慮頂きありがとうございます、レオナルド様。前代未聞の出来事ですので、我々モーリアン教会も慎重に検討を進めて参ります」
「よろしく頼むよ。となれば、治療師協会の判断としては、このような優秀な治療師を無期限の戦線送りにするなど血迷っているとしか考えられない。自らの既得権益を守るために、有能な人材に全ての責任を負わせて闇に葬り去るなどもってのほかだ。平民だろうが、女だろうが、実力さえあれば師長にだって起用する。それが健全たる組織の在り方だ。異議のある者はいるか?」
まるで時が止まったかのような講堂。
口を開くどころか、身じろぎ一つする者はいなかった。
やがて、レオナルド様がその静寂を破る。
「いないようだな。では、続いて、クレイグの処遇だが、もう何も言うことはないだろう。協会としても、治療師の素質のない者を必要以上に守るつもりはない。謀殺の罪により、帝国軍へ引き渡す。成金貴族とはいえ、腐っても貴族だ。偽の治療薬で荒稼ぎした金を差し出せば、死罪は免れるだろう。罪を償い、悔い改めるんだな。そのための時間はたっぷりある」
「……何で。何で俺ばかりがこんな目に……。あいつは平民のくせに……。なぜ貴族になった俺だけがこんな不当な扱いを……。呪ってやる……。てめぇら全員、呪ってやる!!」
そんな不穏な言葉をかき消すかのように、レオナルド様がパチリと指を鳴らすと、講堂の入り口からブリガンダインを着た数人の帝国兵がやって来た。
入り口付近に立っていたはずのネイサンは、いつの間にか姿を消していた。
そして、帝国兵たちはあっという間にクレイグ・ディクソンを拘束すると、意味の分からぬ呪詛を吐き散らしながら暴れる彼を、講堂から引きずり出していくのだった。
呆然と虚空を見つめる聴衆。
白く濁った瞳をレオナルド様に向ける理事会の老人たち。
両手足を床に付け、うなだれたまま動かぬアンリ。
あの煌びやかな幕開けとは対照的に、見るも無残な幕引きだ。
こうして私の長い一日は終わったのだった。




