戦支度
蓮二はシュトラーフェに乗り、貸し与えられた格納棟へやってきた。格納庫と言っても、戦術拡張機のためのものなのでそこまで大きくはない。格納部は全高約6mのシュトラーフェが入るほどである。
その他のいくつかの部屋も使っていいようだった。
「いくつか監視装置が発見されました。停止状態ではあるようですが、どうしますか?」
――3Dスクリーンで映し出される、手に乗りそうなほどの大きさのシュトラーフェに言われ、考え始める蓮二。
おそらく我々になるべく干渉しないように、と停止してあるのだろう。だが、万が一起動して機体の情報が漏れれば優位性が崩れる事になり得る。
「基地には悪いが破壊しておこう。ひとまず俺は降りるよ」
操作してハッチを開け、倉庫内へと飛び降りる。最近まで使っていたのだろう、清潔に保たれていた。
シュトラーフェは人に変身する。そして袖からレーザーの様な何かを放出し、カメラやセンサーを破壊していく。その手際は清水が流れるごとく、 無駄を感じさせない。蓮二はそれにいちいち感嘆の息を漏らしながら辺りを散策する。
金属やコンクリートで覆われ、青白い光が辺りを無機質に照らしている。格納部から階段を登ると、廊下があった。左側は閉ざされている。外部から完全に隔離されているのだろう。
右側へ歩くと、いくつかの部屋があった。そしてその一室にはなぜか寮に置いたままだった蓮二の持ち物が全て置いてある。プライバシーの侵害というのは置いておいてとてもありがたい。
「これなら最低限暮らせるな。上等上等」
ひとまず安心した蓮二だった。
* * *
――夜。
シュトラーフェは屋上にいた。膝を抱えて隅に座っていた。その空に星は見えない。蓮二が見上げていた頃と何ら変わっていなかった。たがそのことを、彼女は知らない。いつ生まれたのかわからないのだから。
突然、ギギギと油のさされていない鉄扉が音を鳴らし、そこへ客人をもたらす。蓮二だ。
「どうかしたのか?」
背を丸め、隅にうずくまるように座るシュトラーフェに問いかける。
「……私は、私が何なのかわからない」
「シュトラーフェ……」
彼女に表情はなかった。表情を知らないのかもしれない。彼女は人間ではない。何かによって生み出された機械に過ぎないのだ。
だが、そこに意識が生まれた。自我が生まれた。それは、単に機械と呼べるのだろうか。
――否だ。
「私は人を知らない。其方らがこの姿でどのように生きているのか知らない。……私は何なのだ」
蓮二は何も言えなかった。ただ、聞いていることしかできなかった。
「貴方と会って、初めて人と言うものを認識した。初めて人を知った。私とはかけ離れている。私とは違う。私は独りだ」
彼女は俯いた。その表情は無のままだ。
「あのさ、俺の友達になってくれないか」
蓮二が突飛なことを言い出した。蓮二には、これ以外のシュトラーフェを元気付けられるかもしれない方法は思いつかなかったのだ。何もしないよりは、何かしたかった。
シュトラーフェは髪を翻しながら向き直る。突然で驚いたのだろう、目を丸くしていた。
「ともだち……?」
「ああ。一緒に何かを楽しんだり、色んなこと話したり、笑ったり……。一緒に居ると楽しいんだ。それが友達だ。俺は、いきなり出てきたせいで失くしちゃったから、今の状況はシュトラーフェと変わらない」
「友達……ともだち……」
前に向き直り、何度か噛みしめるように呟く。その姿は愛らしくも思えた。
すっくと立ち上がり、こちらを向いて言う。
「私、マスターと友達になる。なりたい」
それは、小さな子供が初めて友達を作った時のよう。シュトラーフェが初めて笑った。口角を上げ、目を細める。それは、どことなく不器用な笑みだった。
蓮二はその表情に一瞬たじろぐ。が、すぐに立て直し、強がりのように呟く。
「友達ならマスターって呼ばないんだよ。名前で、蓮二って呼んでくれ」
「……蓮二と友達になる」
今度は蓮二が模範的な、とてもいい笑顔で応える。
「よろしく。……これで、独りじゃないだろ?」
* * *
本日、日本軍では会議が行われた。議題は3つ。
・シュトラーフェと名乗る不明機の扱い
・日本防衛および奪還作戦の立案
・敵新型機の調査および日本軍新型機との比較に基づく戦局予見
である。
「まず不明機の扱いであるが、儂は使い潰す方針でいる。戦争をなくすなどと馬鹿げた宣言をしているそうだが、パイロットは元訓練生らしい。扱いやすいだろう」
鮫島の楽観視は相変わらずであった。こう言った慢心が戦略での大きなミスを犯すのは世の常である。
「不明機の現在判明している性能諸元は以下です。巡航速度は800ノット、全高6mほど。武装はその一部とみられる斬撃武器のみが判明しています」
そう語るのは統合作戦室長、西馬だ。
少ない、という声が上がる。彼もそう思っていた。だが調べる方法がないので仕方ない事である。いや、方法自体はあるのだが、西馬が隠している。
「その要素だけで我が軍の新型機と比較しても、数倍以上の性能と予測されます」
空技廠のトップである相模彰利が憂鬱さを醸し出しながらそう呟いた。
巡航速度がとんでもなく速いのである。
「不明機のパイロットである播磨は、日本の元々の領土を取り返すまでは日本に協力すると宣言しています。少なくとも今は友好的な関係を築くのが得策かと」
西馬はあくまでもシュトラーフェを逆撫でしないように行動するつもりだった。だが、鮫島がそれを許さない。
「麾下に加えられるのであれば加えてしまえ。数で圧倒すればいくら性能の差があっても抗えんだろう。まあ、これは日本解放が済んでからでも遅くはない」
西馬は、周囲に聞こえないように溜息をついた。この脅威的存在を理解していない。そう思った。
そのままの流れで会議は続き、終わった。また、日本奪還作戦の際には第四師団、通称"遊撃特殊作戦師団"が参戦する事となった。この部隊は、防衛に向かない機動的な作戦を得意とする。日本解放の主力となるのだ。
* * *
所変わって、第四師団駐屯地である。
「近々日本奪還作戦が決行される。君達には主力を担ってもらう予定だそうだ」
師団長がブリーフィングをしている。
「なお、作戦にはシュトラーフェと名乗る所属不明機が参加する。日本奪還作戦にだけは協力するそうだ。その戦力は計り知れない。味方とは言え用心しろ」
師団長の話を聞く中に、短く切りそろえた黒髪に、がっしりとした体格の兵士がいる。名を平間 大地と言った。
シュトラーフェちゃんが可愛い。
それは置いといてついにここから荒れていきます。そしてここに来て大地くんが再登場。彼はなぜ軍に入っていたのか……。
まだまだ先が見えません。