シュトラーフェ
「……なんなんだあいつは……!?」
日本軍総司令部。その統合作戦室である。先程まではアヴァロニア帝国の新型機に領空侵犯を許し狼狽していたが、今度は彼らの圧倒的な力の差に絶句していた。
先程まで日本軍が苦戦していた相手を一太刀で破ったという事実。
――無限にも達しそうな飛行能力。肉眼で捉える事ができないほどの瞬発力。装甲を軽々と突き破る攻撃力。
それらは、理解の範疇を超えている。
「敵の敵は、味方……と言えるのか……」
それは室長である西馬源三にもわからなかった。初老のごましお頭だが、適切な判断能力と迅速さを持つ優秀な人材だ。伊達に老いは感じさせない。
「不明機より通信が入っています!どうしますか?」
傍に控える兵が西馬にそう伝える。
「繋げ」
「了解」
こちらに接触を試みるなら拒む手はなかった。
程なくしてモニターに機内の様子が映し出された。
「私は播磨蓮二。訓練生です」
その機体の主はそう言った。一先ず敵ではないことに胸を撫で下ろす。
「どう言うことなんだ。詳しく話してくれんか」
「私は今を以って日本軍の指揮下を離れ、単独で戦います。あなた方の指図は受けません」
彼は感情の抑揚もなくそう言った。作戦室内に動揺が満ちる。どういうことなのか全くわからない。
しかし、圧倒的な戦力差を目にした作戦室にいる兵は迂闊に何も言えない。西馬の言葉を待った。
「目的を教えてくれぬか」
「……全ての戦争を終わらせる」
いっせいに室内がざわついた。戦争を終わらせることは容易なことではない。それも単機では不可能と言ってもいい。いくら高性能であっても、だ。
「我々は侵略を受け、国土から追いやられようとしている。それでもか」
「元の領土を取り戻す程度なら手伝います。ですがそれ以上は許しません」
そう聞くと西馬は瞑目し、深く頷いた。
「わかった。よろしく頼む。最後に、機体の詳細を教えてくれ」
「不可です。……名前だけは教えておきます。シュトラーフェ。覚えておいてください」
それだけ言うと通信が切れた。皆が安堵のため息をつく。
「一体どう言うわけであんな機体を仕入れたんだ……。おい、今の通信で得られた情報はあるか?」
「通信に使えるチャンネルが一つわかっただけで、それ以外は何もわかりませんでした。こちらからの干渉をブロックしているようです」
「そうか、わかった」
もともと情報を得られるとは思っていない。彼我の技術力には圧倒的な差があるのだから。
「それにしても、"シュトラーフェ"……罰、か」
* * *
「――という事です。いかが致しますか」
西馬は、誇大な態度で椅子に座る人に話しかける。足を組み、紫煙をくゆらせている。日本軍総司令である鮫島義一である。
「もちろん利用する。どうせパイロットは訓練生のガキだろう?どうとでもなるじゃないか」
意に介さずにそう言った。
この男は理解していない。西馬はそう思った。
「しかし、あの機体は強力さが過ぎます。訓練生が乗った練習機とは言え、雷電三型が束になってかかってもビクともしない敵機を易々と打ち破りました」
鮫島はフッ、と嘲るように笑う。
「訓練生如きが幾ついようと変わらんからな。その尺度はあてにならん。それに我が軍も新型が導入間近だ。何も問題はない」
興味が失せたように視線を逸らした。
「せいぜい敵本土までの足掛かりになってもらうさ」
あくまで使い倒すつもりらしい。
仕方なく西馬は身を翻し、鮫島の私室を出た。統合作戦室へ、ゆっくりと歩く。
あいつは絶対に我々が扱えるようなものではない。何とかしなければ。
西馬はそう考える。
だが懐柔するにも、撃破するにも、厳しいのは確かだった。
「今出来るのは、播磨とやらの居場所を提供することだけかな」
そう虚空に呟くと、関係各所へ手を回し始めた。
* * *
――通信を終え、小さくため息をつく。
「ふぅ、これからどうしたものか」
一先ず日本軍との決別はしたものの、この機体で生活のために街中へ入るわけにもいかない。拠点をどうにかしなければならないのだ。
「どうやって機体を隠すかな……」
「私は姿を変える事も可能ですが」
悩んでいるとシュトラーフェが喋りかけてきた。
「え、どんな感じに?」
「簡単に言うと人間の女性ですね」
人の姿になれるとは驚いた。これなら入り込みさえすればいくらでも活動できる。
「じゃあちょっと適当なところに降りるから変身してみて欲しいんだけど、いい?」
「わかりました」
廃墟の屋上にゆっくりと降下する。建物の耐久性がどれだけあるかわからないからだ。安全が確保されると、注意を払いつつ着地した。
蓮二は機体を降りる。
「少々おさがりください」
そう言うと、シュトラーフェは光に包まれた。ゆっくりとその形を変え、だんだんと人の大きさに近づいていく。完全に人の形になった所で、光は周囲に放出された。
「おお、おおおっ」
白磁のように透き通った肌。雪のように風になびく白銀の長い髪。煌々と光を放つが如き紅玉の瞳。その身体は引き締まり、女性らしい豊かな曲線を描いている。機体のように白を基調とし、黒のラインが入ったジャケットを白いワイシャツの上に羽織り、黒地に白のラインが入ったスカートを履いていた。
美しい。まず抱いた感情がそれだった。
「どうかされましたか?マスター」
首を傾げてシュトラーフェが問う。
蓮二は見惚れていた。あまりにも綺麗だった。
「あ……いや、つい見惚れて……じゃなくて、何でもないです」
女性経験など無い蓮二は、自分がそのようなことを口走ったことに狼狽した。しかし、気を取り直して彼女について詳しく知るために訊く。
「そういえば、どこで作られたんだ?」
「わかりません。意識が生まれた時にあったものは、貴方を探すと言う使命だけでした」
少し申し訳なさそうに俯くシュトラーフェ。
「そっか。あと、その状態でどれだけ力使えるの?」
「えーっと、通信、飛行、多少の攻撃くらいです」
「凄いな、それ」
人に化してもそれだけの事が出来るとは。そもそも、拡張戦術機が人に変化すると言うのがまず信じられないのであるが。
「そうでしょうか。……噂をすればコールです。発信地は先程繋いだ場所と同じですね」
「今度は何だ?まあいいか、出よう」
蓮二がそう答えると、シュトラーフェは両手をこちらへ出した。
「袖がスピーカーとマイクです」
便利な服だな、と蓮二は思った。
一瞬のノイズの後、先程と同じ声が聞こえてくる。
「播磨君かね」
「そうですが」
蓮二は毅然とした態度で受け答えをする。
「突然ですまない。君は軍を離れたとはいえ、一定期間加わってもらうのだから、我々の基地の一部を拠点として使う気はないかね?」
「どういうつもりですか?」
真意を測りかねた訳ではないが、一応確認しておきたかった。
「力を貸してもらうのに我々が出来るのはこれくらいだからな。君とは友好な関係を保っておきたいと言うのもある。それと、君は行くあてがないだろう?」
やはり予想通りだった。それにこちらの状況まで読めている。
「ではありがたく使わせてもらうことにします。ですが日本軍の関係者は一人たりとも近寄らせないでください。命の保証はしません」
「承知した。場所のデータはそちらに送る。好きにしてくれて構わない」
「通信終了」
最後にシュトラーフェがそう呟いた。
「じゃあ、ひとまず行ってみるか。一応警戒もしつつだけど」
「わかりました。ではお下がりください」
蓮二は言われる通りに下がる。
先程と同様光に包まれ、戦術拡張機へと形を変化させる。そしてその光は霧散した。
蓮二はそれに乗り込む。
ゆっくりと機体を浮かせ、その場を後にした。
* * *
「蓮二のやつ、大丈夫だろうか」
「さあ……わかんないよ……」
二人は訓練生寮のロビーにいた。結と守は、蓮二とその機体が突然消えたのを目にしていたのだった。それに加え、やすやすと敵にやられたと言う事実。心を挫くには十分だった。
――ロビーには涙を堪えるような、すするような、そんな音が響いた。
その最中、突然放送が鳴り響く。
「訓練生の暮那 結、及び伊上 守。直ちに教官室に出頭せよ。繰り返す。直ちに……」
各々のやり方で瞼をこすり、涙をかき消す。
「ひとまず行ってみよう」
「そうね」
二人は駆け出した。
更にそこで、応接室へ行け、と言われた。何がどうなっているのかよくわからない。だが断る理由もないので、二人は応接室の前へ来た。
ノックをする。
「「失礼します」」
ドアを開けると、中に居たのは初老で白髪混じりの男性、西馬だった。
「君たちが播磨君の小隊員だね。私は統合作戦室長の西馬だ。呼び立ててすまない。座りたまえ」
促されるままに、二人は西馬の対面へ座る。
「あの、蓮二……播磨は、無事なんですか」
「結論から言うと、そうだ。彼は生きている」
西馬は落ち着いた声音でそう言った。その報告に、両名は再び涙をこぼしそうになる程喜ぶ。親友が無事な事が、何よりも嬉しかった。
「ちょっと待ってくれ。まだ言うことがある」
西馬の言葉に、二人は訝しんで視線を向ける。
「まず一つ目。播磨君は君達の小隊には戻れない。彼は力を手に入れて、自分だけで戦う事を決意したらしい。どちらに付くわけでもなく、ただ戦争をなくすために」
「蓮二が……!?なぜ……」
「恐らくそれは私より君達の方が知ってると思う。それと二つ目。日本全土を取り戻すまでは彼は協力してくれるらしい。そこで現在ここに併設されている基地の一角を彼に貸し出す予定だ。会えるように交渉はしておく」
二人は何も言わない。否、何も言えないのだ。つい最近まで一緒だった友達が、一瞬にして遠い人になってしまったのだから。
「そして三つ目。君達は練習機で敵機の攻撃を止めたそうだね。そこで君達には、推薦状を送る。優秀な兵は居ても損はしない。早めに実戦に慣れてもらうことにしようと思ってな」
二人は喜びと不安の狭間に落とされた。早く実戦に参加できると言うことは、遠くへ行ってしまった蓮二と肩を並べられるということ。
しかし、その分前線に出る他の兵と比べて経験と知識が足らない。その上、先程敵機にやられたばかりだ。恐怖からは免れ得ない。
「訓練の時間等が足りない分は、今持ってる才能で何とかなるだろう?あれだけやれれば十分戦える。それに、前に歯牙にもかけずにやられたのは練習機だからだな。武装の制限もある。そこは安心してくれたまえ」
西馬の声は確信に満ちていた。今前線で戦っている兵の中において、練習機で敵の新型機を止められるものはどれだけいるだろうか。
「わかりました。やります!」
「私もやります!」
二人は、西馬の期待と友への思いを背負い、元気の良い返事をした。
「ありがとう。手続きはこちらで済ませておく。君たちが配属されるのは防衛ライン南側の第3戦術機師団だ」
日本軍は現在の防衛ラインを三つに分け、それぞれ戦術機師団を割り当てている。その三つ目がこれであった。
「これから行われる奪還作戦で播磨君と肩を並べられるだろう。それが君達にとって良いことか悪いことかわからないが、宜しく頼む」
「「はいッ!」」
* * *
日本方面軍総司令、ダグラス・パットンのもとへ速報が入る。兵学校への威力偵察の結果だろうと彼は思った。
「オスカーは兵学校に突入、その際突然消えた練習機の捜索をしていましたが、日本軍の新型機とみられる機体に遭遇。その後、反応が途絶えました」
MS-12 Oscar。アヴァロニア軍の次世代機である。従来から飛行性能を格段に進化させ、また出力を上げることで装甲および武装の充実が図られた。日本軍の新型機が導入される直前の現在、世界最強の拡張戦術機と言っても過言ではない。
また、アヴァロニアでは拡張戦術機の事をMulti role Fighting System、通称MFSと呼んでいる。
「日本もようやく本気を出してきたと言うところか?随分と遅いな」
パットンは嘲笑気味に言う。事実、これまで日本軍を圧倒してきたのだ。そういった反応になるのも自明である。
「ですが、報告によると一瞬で撃破されたそうです。我々のこれからの主力機が敗れたとなると、戦況は怪しいかもしれません」
「ふむ、まあよい。大規模な戦闘が起きればわかる」
この男は今までの勝利に酔い、警戒を怠った。それが後にどう影響するかは誰でもわかるであろう。
個人的に鮫島 義一って言う名前が好みです。ですがおじさんなので個人的にはいらないです。
そしてシュトラーフェは完全に私の趣味です。自画自賛ですがとても可愛いです。




