表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪の銀翼  作者: 富嶽 ゆうき
序章 嵐の前
1/74

邂逅

連載二作目になります。一作目は試作の面もあるので、本作は本気で書きたいものを書いていきます。

楽しんでいただければ幸いです。

 

 窓の外には、人の様にも飛行機の様にも見える物体が編隊を組んで飛んでいる。今日も何処かへ行くのだろうか。毎日ご苦労なことだ。

 興味もないのでさっさと視線を切る。前を見ると、ちょうど帰りのホームルームが終わったタイミングのようだった。何人かの生徒が外へ走り出て行く。

 それを横目に見ながら携帯端末を取り出し、立ち上がる。

「おう、蓮二。今日も12時にいつもんとこな」

 前に座る平間大地(ひらま だいち)が振り返って声を掛けてくる。がっしりとした体格に短く切りそろえた黒髪。正義感の強い良いやつだ。

「はいはい。わかってるよ」

 それだけ答えて、踵を返す。


 帰る途中、ふと窓の前で立ち止まって空を見上げる。空を断ち切るように走る飛行機雲。その空の色は、青ではない。燻んだ、灰色と言ってもおかしくない空。

 いつからかそんな空に、ある思いを抱くようになった。

 ――青い空を、自由に飛びたい。

 それが濁っている限り、それは叶うことはない。

 人が増えてきて混み始めた。これ以上空を見上げるのはやめておいた。




 暗い部屋。ベッドに腰掛ける。何かする事もなく、着崩した制服で座っている。世界は静寂に満ちている。

 家族は居ない。前には居たのかもしれない。何も思い出せなかった。何も分からなかった。ただそこには、今家族がいないという事実だけがあった。

 そんな事はどうでもよかった。

 立ち上がり、部屋の隅に置いてある大きなリュックを背負う。その重さに一瞬ひっくり返りそうになるが、何とか立て直す。


 家である集合住宅の一室の鍵を閉め、人気のない街を歩き出した。


 街の外れにある鉄柵をよじ登り、反対側へ飛び降りる。

 もう数十m先。

 そこにあるのは、山でも川でもない。

 荒廃したビル群。破壊され、原型をとどめてないものも多い。そんな景色が、眼下に広がっている。

 そこには魔物が住んでいるわけでもなく、ウイルスが蔓延しているわけでもない。

 ただ、荒れ果てた世界が広がっている。

 今立っている場所。これは、眼下の旧都市とみられる場所を覆うように作られた街だった。

 その端に座り、頬杖をつく。そして空を見上げた。

 晴れているようだが、そこに月は見えない。無いのか、見えないだけなのかはわからない。以前はあった、という記録があるだけだった。

「これが人の業か。面白いな」

 誰に言うでもなく、そう呟いた。

 幼い頃の記憶が無いせいで、この土地や国と言うような物に興味がない。誰々がやった、何処の国のせいだ、そんな事はどうでも良かった。

「どこが面白いんだ?」

 背後から声がした。

「そんな、物考えて言ってねえよ」

 声の主、大地が横に座る。

「それじゃ、始めるか」

「そうだな」

 背負ってきたリュックを開け、中身を取り出す。それは、望遠鏡のようなものだった。

 大地が呟く。

「今日こそ見えるといいな」

「それいつも言ってないか?」

「まあな。願い事みたいなもんだ」

 2人が探しているのは星。

 汚い空に覆われたここからでは見える筈もない星々。空気を掴もうとするような、無駄なものだ。

 2人はそんな言葉を切り捨て、星を探す。意味なんてものは考えていない。

 先程から覗いていた大地がレンズから目を離す。それに変わり、左目をギュッと閉じて、レンズに目を置く。


 その先に見えたものは赤に包まれた世界だった。その炎は、すぐにこちらへやってきた。



  * * *



「おい、アイツってあれだろ?前の実戦とペーパーテストの成績ワーストだったってやつ。名前は確か……」

 今日もそんな噂話が繰り広げられている。馬鹿馬鹿しい。播磨(はりま) 蓮二(れんじ)はそう思った。

「そうそう、播磨だ。何でいるんだろうな」

 下卑た笑い声が聞こえてくる。場所は軍の食堂。昼食どきだった。

「あんな連中気にすることないんだからね?」

 そう話しながら隣へ座ったのは暮那(くれな) (ゆい)。背中ほどまであるまとめた長い髪を揺らし、日本人らしくない赤い目を不満の色に染めている。

「まったくだ。影でしか物を言えない奴等など相手にする価値はない」

 隣に座っていた伊上(いがみ) (まもる)もそう声を上げる。

 眼鏡に真ん中で分けた黒髪、軍服をビシッと着ている様は真面目という言葉がよく似合う。

「おう、2人ともありがとな」

 ――蓮二には数少ない友達だった。

「気にしなくていいんだよべつに。当たり前なんだぞっ」

「ああ。いつもの事だしな」

 結と守はそう言って笑った。


 数少ない友達であると同時に彼らは小隊を組んでいる仲間でもあった。もちろん兵学校での話である。

「それよりお前ら、もうすぐ昼休み終わるぞ。訓練に間に合わなくなったら連帯責任なんだから早く食え」

「えぇ〜お淑やかなレディにそんなこと言うの?まぁ怒られたくないから食べるけど」

 結はそう言いながらお淑やかなレディとは程遠い勢いで食べ始めた。いつ見ても凄いものだ。

 負けていられない。



  * * *



「こちら教導機。状況を報告せよ」

「赤軍、第1から第7まで準備完了」

「青軍、第8から14までOKです。いつでもいけます」

 総勢42の日本軍主力機が、二軍に分かれ演習場として作られた都市を挟んで睨み合っている。その機体の名は"97式拡張戦術機 雷電 三型"。その姿は人を模している。装甲が施され、武装は多彩。限定的ではあるが飛行も可能である。無論、ここで使われているのは練習機だ。

 そのパイロットを養成する機関がここ、忠見兵学校である。今実戦訓練が始まろうとしている。

「それでは実戦演習を始める。勝利条件は敵フラッグの奪取、もしくは殲滅(せんめつ)。撃破判定は機体に装備されたセンサーで行う」

 コックピットに閉じこもり、二本の操縦桿を握るその両手に力が入る。

「では、始めっ!!」

 戦いの火蓋が切って落とされた。


 両軍の指揮官を任された訓練生からの指示が飛ぶ。それに従い、小隊ごとに道路を駆けずり回り、ビルに立てこもり、時には飛び、展開していく。それは、蜘蛛の子を散らすよう。

 蓮二の小隊は偵察として右翼の接敵しやすそうな地域を走り回っていた。

「10時方向300mほど先、一瞬影が見えた。敵かもしれん」

 蓮二が目視で敵を発見する。

 屋内でも使用できるレーダーは搭載されているが、遠距離の観測は難しい。こういった偵察もなされていた。

「了解。追い詰めて叩くのか、泳がせるのか、どっちかしら?」

「指揮官からは泳がせておけだとさ。確かに敵の動向を推測する良い指標だ」

 小隊に通達すると同時に指揮官へも報告していた蓮二に指揮が飛ぶ。

「左翼の突貫を警戒。縦深の防衛陣を作れ。来たら囲んで叩く」

 まったく優秀な指揮官様だ。予想通りそこへ数機がやって来ていた。

「おいおい、このままじゃ評価を左翼に全部取られるぞ」

 守はそうぼやいたがすぐに次の指示が来る。

「囲みに穴を作り四、五機だけ出せ。出た奴らは右翼側に任せる」

 包囲すれば敵はどこかに活路を見出そうとするものだ。それを用意してやるらしい。

「相変わらず抜け目ないわね」

「さすがと言ったところだろうな」

 結と蓮二はそう呟く。

「八時方向より二機。囲んでやるわよ」

 結が先に敵を発見した。

「二機か。もう一機はどこに行った」

 守が警戒を促すようにそう言う。別で動いているか既にやられたか。最悪の可能性を考慮するのが常道だろう。

「俺は戦闘で役に立たねえから周りを警戒しとく。そのうちに二機をやってくれ」

 蓮二にとって、中、遠距離戦闘は最も苦手なものだった。偵察は自信があったが、レーダーが一般的な今、あまり役には立たない。

「了解。任せたぞ」

「私が二機とも貰うもんね〜」

 全く呑気なものだ。


 次の瞬間である。

 一斉に警報がなった。

 それはコックピット内だけに響くものではなく、訓練場、いや、地域一帯に鳴らされる警報だ。

「訓練中止!敵襲だ!繰り返す!訓練は中止!全員速やかにシェルターへ退避せよ!……防衛網は何をやってるんだ!」

 慌てた様子の教導機から無線が入る。愚痴までもが聞こえた。

 一斉にシェルターへと動き出す訓練生達。

 だが、そこに響く轟音。

 それは、日本を占領しつつあるアヴァロニア帝国軍の機体が発した音だ。いつものアヴァロニア機と様子が違う。高高度に滞空していた。

「チッ、次世代機を投入してきやがったのか!?」

 繋がったままの通信から教官が悪態を吐く様子が聞こえた。

 訓練生全員に緊張が走る。

 三分の一ほどがシェルターに入る事が出来た。だがそこに敵機がやってくる。中にいる人の安全のため扉を閉めざるを得なかった。ゆっくりと地響きをあげ、シェルターの隔壁が閉まる。過半数の訓練生とその機体が外へ取り残された。

 そこへ容赦なく高周波ブレードを持った機体が襲いかかる。

 狙われた訓練生は死を覚悟した。

 そこへ、教導機が割って入り止めた。だがその拮抗も一瞬で崩されてしまう。その性能差は圧倒的だった。

 吹き飛ばされる教導機。しかし、その次世代機はそれを追うことなく辺りを見回している。その隙に、訓練生達は練習機でその機体に刃向かう。

「やめろ!敵う相手じゃない!」

 教官が無線で叫ぶが止まらない。

 一斉に群がる。が、その膂力で数機が一度に蹴散らされる。やはり数でもその差は覆らなかった。

「蓮二!結!止めるぞ!」

 守がそう叫ぶ。

「当たり前じゃん!」

「頼りにならないけど、出来ることはやるぞ!」

 二人はニヤッと笑う。逃げられないのであればやるしかない。

「俺と結が左右から抑え込む!蓮二は正面からやってくれ!」

「「了解!」」

 三人が話している間も、敵機は訓練生達を薙ぎ倒し、弾き飛ばす。その渦中に二機は突っ込んでいく。

 捉えた。

 流石に二機同時の抑え込みを狙った攻撃は予測していなかったようで、数秒の間が生まれた。

「いけ!蓮二!」

「任せろ!」

 近接戦闘用の刃が、抑えられた敵機へと向かう。

 その瞬間、敵機の双眸が確かに蓮二を射抜いた。

 そして、一瞬の予備動作を以ってそれは、結と守を弾き飛ばした。

 まずい。

 蓮二は止まれない。

 目の前には、高周波ブレードが振りかぶられる。

 世界の進みが遅くなったような気がした。


 ――すると突然、蓮二が機体ごと姿を消した。


 かげろうが立つように空間が歪んだ。後には何も残っていない。

 誰も、何が起きたのかわからなかった。

 そして、敵機は任務を終えたのか消えた機体を探すのかわからないが、その場を離れた。

 それは一瞬のことであった。



  * * *



 そこには一つの家庭があった。両親と、兄と、妹。ごく普通の、なんの変哲も無い家族だ。蓮二はその様子を蚊帳の外の様な場所からずっと見ている。

 なぜか体も口も動かない。

 だが、それは突然火に包まれる。

 古い新聞紙がやすやすと燃えていくように。

 すぐに燃え去った。

 その家族の中にいた少年は、とても自分によく似ていた。


 "ようやく見つけた"


 何かがそう言った。



  * * *



「いっつ……頭でも打ったか……」

 蓮二は目を覚ました。ズキズキと痛みが頭を(さいな)む。乗っていた機体は何処にもない。

 そこは、一帯がコンクリートで覆われた灰色の空間。廃墟のようだ。暗闇にも等しいそこにはしかし、一箇所だけ天井に空いた穴から光が差し込んでいる。

「ようやく見つけた。私のマスター」

 それは、その光の中の物体から発せられた言葉だった。凛とした女性の声。冷ややかなようで優しい暖かい声音。

 拡張戦術機の様な、人型のフォルム。純白の塗装の中に差し込まれた黒。光り輝くその姿は、神々しさすら纏う。

「マ、マスター?」

 状況が全く理解できていない蓮二は間の抜けた声でそう呟いた。

「私はあなたの機体。あなたの思うままに、したいように」


 状況を理解するのに、幾らか時間を要した。

 蓮二は立ち上がり、それへ寄って行く。人で言う心臓の位置に、手を触れた。

 無機質で硬い感触が返ってくる。

「俺の、機体……」

 先程まで見ていた夢を思い出した。

 あれは、戦争が起きる前の自分だ。家族は戦火に焼き尽くされた。どこが勝つ、どこが負ける。そんなものはどうでもいい。俺の家族は奪われた。無意味な戦いによって。

 蓮二の体に、戦争への憎しみが込み上がる。

「全ての争いを消し飛ばしてやる」

 無意識に、彼はそう呟いた。その言葉を聞いていたように、その機体は問いかける。

「あなたの目的は?」

 拳を強く握り、歯を食いしばって答える。

「戦争を……どんな手を使ってでも全て消すこと……!」

 機体はそれ以上何も問わない。

「私に名前を付けてください」

 その代わりに、そう蓮二に語りかけた。

「名前……?」

「私には名前がありません。そして、私はあなたの機体です。あなたが名前をつけてください」

 蓮二は口を固く結び、瞑目する。そして、ゆっくりと口を開く。

「お前の名前は、"シュトラーフェ"だ」

 それは、古い言葉で罰を意味するもの。その機体が意味を知っていたかどうかは定かではない。

「私の名はシュトラーフェ。裁定者なりて、其らを断罪する」

 その機体、シュトラーフェはそう言い放った。

「乗ってください。あなたの機体です」

「ああ」

 蓮二は背面のハッチから乗り込む。シンプルなコックピット。操縦桿は一つ。簡略化された計器類。だがそれは蓮二の好みに合っていた。

「シュトラーフェ、発進!」

 モーターが回転するような金属音を上げ、それは駆動する。

 物凄いスピードで飛び上がった。その衝撃で先程までいた場所は崩れ去る。

 そこに待ち構えるは先程蓮二達を襲ったアヴァロニアの機体。

 対峙。

 そして、一閃。

 その敵機は、移動し刃のような何かを構えたシュトラーフェを目に留める事なく、撃破された。

 それを微塵にも気にせず、そのまま空を駆け上る。雲を抜け、大気を汚す塵を抜け、高度1万mを超え、成層圏を抜け、中間圏と熱圏の狭間に到達した。

 広がるのは青くも碧くもない燻んだ世界と、暗闇。

 蓮二は闇の中にいくつもの光を見つける。


 ――それは、あの頃探していた、星だった。

シュトラーフェに出会ったところで物語が動き出します。さてその強さは如何に、と言うところですね。


ちなみに10時の方向と言うのは、正面を時計でいう12時とした時に10時が示す方角です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ