613.院長先生への挨拶と料理
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・オーディオブック13巻 配信が始まりました。
・コミック『服飾師ルチアはあきらめない』最新話更新となりました。
・駒田ハチ先生、ファイングラフ予約開始となりました。
・『護衛騎士ヨナスはふりむかない』コミカライズが決まりました。
どうぞよろしくお願いします!
「すみません、会長! 子供達は学びの途中なので、聞かなかったことにしてください!」
説明を終えたメーナが、駆け足で戻ってくる。
子供達に礼儀を守らせようとしている姿は、兄のようだった。
「気にしないでください、メーナ」
ダリヤがそう答えたとき、廊下の奥から白髪の男性が歩いてくるのが見えた。
その後ろ、小さな子供達が鴨の雛のようにぞろぞろと続いている。
男性は六十半ばほど、白いシャツに細い黒のタイを結び、墨色で丈の長い上着、そろいのトラウザーズを身につけている。
刺繍も飾りもない服なのに、一目で貴族とわかる立ち姿だった。
距離が縮まると、濃い榛色の目が自分へ向いた。
ダリヤは自然、背筋を正してしまう。
隣のドナが、護衛騎士のごとく斜め後ろに下がり、頭を下げた。
「ようこそ、モルテード救護院、サフレジウムへ。運営をしておりますネリレウス・モルテードです」
柔らかで深い声が響いた。
これまでも聞いていた、モルテード子爵、複数の救護院の運営をしている方である。
正式名称はすべてモルテード救護院だが、ここはサフレジウム、幼い子がいるのがレヴァティウム、病気の子供達を療育しているのがソラティウム、というように、分かれている、メーナからはそう聞いている。
それらすべてを、私財を投じて運営しているというのだから、頭が下がる。
ダリヤは息を整え、挨拶をした。
「こうしてお目にかかれましたことを光栄に存じます、モルテード様。この度、男爵位をいただきました、ダリヤ・ロセッティと申します」
自分が名乗ると、彼は浅くうなずいた。
「ロセッティ男爵のすばらしいご活躍は伺っております。そして、メッツェナがお世話になっていますこと、御礼申し上げます」
「いえ、私の方がメッツェナに助けられております」
「院への心遣いも大変ありがたく思います。屋根の修繕と新しい机に、子供達もとても喜んでおりました。私では手の届かないところでしたから」
重ねて礼を言われ、思わず止めようと手が上がりかける。
なんとかそれを止め、ダリヤは言葉を返した。
「いえ、私はまだまだ非力な身ですので。モルテード様は長く救護院の運営をなさっていて……本当にすばらしいことだと思います」
「我が家は王国貴族として、なすべきことをしているだけです。それでも、あなたのように美しい淑女からそう仰って頂けると、この身が誇らしく思えますね」
この余裕、この言い回し、やはり貴族当主である。
あと、メーナの対話力は院長先生仕込みのような気がかなりする。
「ところで、ロセッティ殿。緊張していらっしゃいますか?」
ダリヤは一切の否定なくうなずいた。
「はい。男爵位を賜ってまだ日が浅く、いまだ貴族の礼儀が身についておりません。失礼がございましたら、どうぞお許しください」
「何も問題はありません。よく学ばれたのでしょう。それと、私が『怖い貴族』になろうとしても、院の子供達が笑いますから」
「笑う、ですか?」
「ええ。私は威厳がまったく足りず――」
モルテードは右手の人差し指と中指で、その白髪を軽く撫でる。
「風の強い日に頭を心配される先生ですから」
「っ……!」
思い出した!
院長先生はカツラ――
以前、メーナからそう聞いたが、ここまですっかり忘れていた。
そして、待って頂きたい。
ここは御本人がおっしゃったのだから笑っていいのか、それとも貴族の二分の笑みで通すべきところなのか、触れずに次の話題に移るべきなのか、正解がわからない。
困惑するダリヤの耳に、くくっ、と複数の声が響いた。
院長先生の後ろ、子供達が口を押さえて笑いを堪えている。
つい、それにつられそうになり――
「すみません、院長先生! 本来なら、ロセッティ会長と客室でお話をすべきところなのでしょうが、本日はシチューづくりを手伝って頂くことになっていまして――」
メーナが見事な助け船を出してくれた。
子供達の笑いも、シチューへの期待に切り替わったようだ。
ただし、モルテードの優しい表情はかき曇った。
「メッツェナ、あなたはロセッティ男爵に食材をいただくばかりか、シチュー作りを手伝って頂くなどと――」
「いえ、私が希望したことですので! 料理をするのは好きですから」
「ロセッティ会長は、とても料理が上手なんです!」
メーナに力いっぱい続けられ、はっとする。
自分は家庭料理をそれなりに長くやっているだけで、調理人のような技術はない。
できあがりと味の保証はない。
「わあ! 楽しみ!」
「お肉いっぱいかな?」
どうしよう。子供達の期待値が一気に上がったことに、不安と罪悪感を覚える。
『大丈夫です!』、ドナが後ろからそう言ってくれたので、なんとか貴族の二分の笑みを作った。
「では、子供達と共に、私も楽しみにお待ちしましょう」
目の前の老紳士は、貴族らしく優雅に笑った。
・・・・・・・
その後、メーナの案内で調理室へ向かった。
そこは少し古くはあるが、大型魔導コンロが三つあり、調理テーブルも広く、しっかりしたものだった。
夕食が遅れないようにとメーナもダリヤも気負っていたが、モルテードが子供達へ先に入浴するよう指示してくれた。
時間に少しゆとりができたので、おいしいシチューを目指したいところだ。
「じゃあ、お湯を沸かしつつ、分担で切りますか」
ドナがそう言いながら、大型の寸胴鍋二つを大型魔導コンロの上に載せる。
調理台の上、肉と野菜が山を作った。
最初に動きだしたのもドナだった。
大きい包丁を手に、大きな肉の塊を迷いなく切っていく。
筋を切って、厚みをそろえてと、とても慣れた動作だ。
「ドナさん、上手ですね」
「切るだけですが。犬の食事を作っているのと、屋敷でときどき料理を手伝っているので」
「料理も仕事の一つなんですか?」
メーナが尋ねると、ドナはにやりと笑った。
「いえ、手伝うと酒の肴をもらえることがあるんです。うまくすると余った酒ももらえます!」
ダリヤは吹きだしそうになりつつ、じゃがいもの皮をピーラーで剥き続ける。
「そんな手が……でも、スカルファロット家の余り酒っておいしそうですね」
「内緒ですけど、ちょっと手の届かないのがグラス半分とか飲めますよ」
「それはうらやましいです」
メーナは笑いながら玉ネギの皮を剥く。
そして、包丁とまな板を持って隣の作業台へと移った。
近くの窓を開けたのは、玉ネギを切るためだろう。
「メーナさん、肉を切り終わったら、俺もそっちを手伝いますから」
「大丈夫です、玉ネギだけは昔から得意なんで」
彼はそう言うと、包丁で玉ネギを切りはじめる。
動作は確かにスムーズだが、目にしみるので大変だろう。
早く終わらせて手伝おう、ダリヤはそう思いつつ、じゃがいもの芽取りを始める。
しかし、数が多いので、ドナが肉を切り終える方が早かった。
「メーナさん、目にくるから交代――ああ、風魔法を持ってましたっけ」
「はい、目にしみないよう、外へ流しているので」
メーナを見れば、玉ネギを山と切りながら、けろりとした表情である。
これならどれだけ切っても大丈夫だろう。
玉ネギハンバーグも、玉ネギおろしも作り放題である。
「あの、会長、どうかしました?」
つい彼を見つめる形になっていたらしい、不思議そうに問われた。
「今日ほど風魔法がうらやましいと思ったことはありません」
そう答えると、声をあげて笑われた。
その後、ニンジンを切ったり、大きなフライパンで玉ネギと肉の下炒めをしたりと、調理を進めていく。
量が多いのでかき混ぜるのも一苦労。
ダリヤは短時間でメーナに代わってもらうこととなった。
下炒めが終わると寸胴鍋に具材と塩、ローリエの葉を少なめに入れ、やや強火で煮る。
調理室が一段暑くなったので、各自、上着を脱いだり、襟をゆるめたりして、次の作業へ向かった。
ドナとメーナが鍋を混ぜ、灰汁をすくう。
その後ろ、ダリヤはホワイトソースの準備を始めた。
大きなフライパンにバターを溶かし、小麦粉を炒める。
小麦の粉っぽさがなくなったところで、牛乳を少しずつ加えて混ぜていく。
牛乳を入れるときなどは、二人が交代で手伝ってくれた。
ここまで大人数の料理を作ったことはない。
一度に多く作るとダマになって失敗しそうなので、ひたすらホワイトソースを作り、別の鍋に移す作業を繰り返した。
そうして、時間はたちまちに過ぎる。
「会長、ニンジンも柔らかくなりました!」
「では、こちらをお願いします」
ドナとメーナに、寸胴鍋へ少しずつホワイトソースを加え、混ぜてもらう。
その後、ダリヤが塩、コショウを入れ、味を調える。
子供向けにコショウは少なめ、追加の香草は控えた。
二つの鍋で味が違ってしまい、そろえるのにちょっとかかった。
肉のうまみと玉ネギの甘みはわかる。
じゃがいものほっくりとした感じもちょうどいい。
しかし、ちょっと薄いか、味が平坦か――悩みつつも、二つの小皿にシチューを盛った。
「メーナ、ドナさん、味見をお願いします」
「いただきます!」
「ありがとうございます」
そろって小皿を持ち、シチューをスプーンですくう。
具材も少し入れてあるので、火の入りも確認してもらえるだろう。
「とてもおいしいです! 具もちょうどいいです」
思いきり笑顔になったメーナに、ほっと胸をなで下ろす。
そして、ドナはと見れば、カラの皿を手に目を閉じていた。
「俺は今日この日、このために来た……!」
彼は何か間違えていないだろうか。
とりあえず、小皿に追加をちょっとだけ足す。
メーナが両手で小皿を捧げるように出してきたので、そちらに同量、追加した。
そこからは、配膳準備となった。
人数分の皿を調理台とワゴンに並べ、ソーセージ一本、そして、カットしたチーズとドライフルーツを盛りつける。
できるだけ同じ量に、というメーナの希望に従い、ドライフルーツは秤を使って正確さを追求した。
シチューをスープ皿に盛るのはドナ、具材の平等さ調整はメーナとなった。
ようやくすべての皿がそろうと、ダリヤはほっと息を吐く。
そこへ、メーナが笑顔で言った。
「きっと皆、喜びます!」
スープ皿の中で、白い湯気を上げているクリームシチュー。
それなりにおいしそうに見えるのだが、子供達には塩辛かったり、今ひとつだったらどうしよう――そんな心配がわき上がってならない。
二台目のワゴンに皿を移しつつ、ダリヤは内でひたすらに祈る。
どうか、おいしく食べてもらえますように――




