612.部下と救護院
・彩綺いろは先生、『服飾師ルチアはあきらめない』最新話更新となりました。
・魔導具師ダリヤ、駒田ハチ先生のイラストによるオンラインくじ、キャラファイングラフが発売となります!
(活動報告 https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1300935/blogkey/3725494/)
・『魔導具師ダリヤはうつむかない』15巻、10月23日発売です。
どうぞよろしくお願いします。
「あそこまでいくと、高級すぎて触れたくないというか……」
「ええ……」
マルチェラが微妙な声で言うのに、ダリヤも深くうなずいた。
本日はガブリエラとのお茶会、兼、情報交換会。
どちらかといえば、貴族のあれこれにうといダリヤが教わっている形だ。
中には魔導具の話もある。
帰り際に見せてもらった高位貴族向け泡ポンプボトルは、本体が白水晶、外側にきらめく宝石をいくつもはめ込んだ、とても豪華なものだった。
護衛として控えていたマルチェラも感想を求められ、その場で「とても美しいと思います」と答えていた。
ダリヤとしては、手にしたときの違和感が強かった。
正直に言えば、持ちづらい。
高貴な方々は自分で持って移動するということはないのかもしれないが――そんな思いを抱きつつ、商業ギルドを出たのが今である。
先日、塔で食事を共にしたヴォルフは、翌日から遠征に行っている。
王都から南西遠く、緑馬の群れが広大な根菜畑を餌場と決めたらしい。
地元では対応できない頭数、このままでは国の食料に関わるとして、魔物討伐部隊が冒険者と共に向かった。
若い緑馬は騎馬にできるかもしれないとのことで、王城騎士団からも応援部隊が同行したという。
遠征前、ヴォルフが送ってきた手紙には、魔物討伐部隊用に緑馬をできるだけ多く捕獲してきたいと、意気込みが綴られていた。
ちなみに、王城魔導具制作部長のウロス、加えて職人のコンテとジャンニも同行しているそうだ。
遠征用風呂のお試し等、現地での実験が目的だ。
同行できなかったセラフィノが、とても悔しがっていた。
「会長、後は塔にまっすぐでよろしいですか?」
「ええ。マルチェラはヨナス先生と一緒に鍛錬でしょう?」
「はい。鍛錬より、その後の酒の方に気合いが入りそうですが」
小声で答えたマルチェラに笑ってしまう。
彼はヨナスと共に、定期的にドラーツィ家へ行っている。
マルチェラはベルニージの弟子、ヨナスはドラーツィ侯の養子なので当然だが、すっかり馴染んだらしく、鍛錬後は毎回、酒宴になるそうだ。
楽しそうで何よりである。
本日、メーナは休み。
このため、スカルファロット家の馬車で塔まで送ってもらう予定だ。
そうして、馬場の入り口まで来たとき、見知った顔が見えた。
「早く帰ってやれって。熱のあるときは心細いものなんだから」
「皆が楽しみに待っているんだもの。兄さんも行ってこいって」
馬場の手前、困り顔の若い女性を説き伏せている青年――メーナだった。
一瞬、修羅場かと思ったのは許してもらいたい。
「駄目駄目。ジェスが風邪だったらウィズも伝染ってるかもしれないだろ。今日は俺に任せて、ジェスの看病をしてて」
「わかったわ。迷惑をかけてごめんなさい、メーナ。皆によろしく伝えて」
女性は持っていた木箱を地面に置くと、申し訳なさそうに去っていった。
それを見送るメーナの足元には、大きな木箱が二つ。
その上に、女性が置いていった一回り小さな木箱を重ねて持つと、箱がぐらりと揺れる。
「メーナ!」
ダリヤはたまらず声をかけた。
だが、彼は器用にバランスを取って落とさなかった。
マルチェラが駆け寄り、すかさず一番上の箱を持つ。
「あ、会長、マルチェラさん。今日のお仕事は終わりですか?」
「はい。メーナはお届け物ですか?」
「届け物というか、救護院にシチューを作りに行くところです。救護院の料理人が親戚の結婚式で、夕食が弁当だと聞いて、卒院生で作ろうということになったので」
メーナの説明に対し、マルチェラが眉を寄せて尋ねた。
「メーナ、子供達の人数は多いんだろ? 大丈夫か?」
「自炊することもあるので、なんとかなるんじゃないかと……」
「下拵えだけでも、手伝ってもらった方が良かったんじゃないか? なんなら別の場所で――」
「駄目ですよ、熱のある家族を、一人で寝かせとくのは。ああいうときって、妙に心細くなるじゃないですか」
メーナの言葉に納得した。
先ほどの女性を、風邪が伝染っているかもと理由を付けて帰宅させたのは、これが理由だろう。
「あの、メーナだけで夕食に間に合いますか?」
「できそうな子にも手伝ってもらいます。ちょっとじゃがいもの皮が、ぶ厚くなるかもしれませんけど」
「――よろしければ、手伝わせてもらえませんか?」
家には誰もいない、ヴォルフも遠征、予定もない。
少しでも手伝えるなら、そう思って言ったのだが、メーナは笑んで答えた。
「会長、帰ってヴォルフ様と……あ、遠征でしたね……」
しまったという顔をした彼は、すぐに切り換える。
箱を一度地面に置くと、胸の前で両手を祈るように組んだ。
「会長、お願いがあります!」
「なんでしょう?」
「シチューづくりを助けてください。このままだと、頼れるお兄さんと思われている僕の顔がつぶれます」
「はい、メーナの顔を守るために、お手伝いさせてください」
「ありがとうございます。じゃ、ちょっと行ってきます!」
そこまで言ったメーナが、馬場の奥へ駆けていく。
どうしたのかと思っているところ、マルチェラに謝られた。
「すまない、ダリヤちゃん。俺が行ければよかったんだが――」
「ううん、鍛錬も大事な仕事だもの」
マルチェラはスカルファロット家の騎士、本人いわく、まだ見習いだそうだが――仕事を休ませるわけにはいかない。
帰りはメーナに塔まで送ってもらえば問題ないだろう。
と、やってきた馬車が目の前で止まった。
「ロセッティ会長がシチューを作ると聞いて! 俺も同行させてください。一口でも試食ができるなら、芋洗いでも皮むきでも、何でもしますから!」
「ド、ドナさん……」
本日、御者の彼に、とてもいい笑顔を向けられた。
その後、スカルファロット家へ行ってマルチェラを下ろし、御者を別の方へと願う。
救護院でシチューづくりをするのは、メーナとダリヤ、ドナの予定である。
メーナが持っていた木箱は、大きい方が食料品、小さい方が商業ギルドに頼んでいたノートや定規などの学用品だった。
ダリヤはドナと話し、食料品店でチーズの固まりを二つ、ソーセージを一箱、ドライフルーツを木桶一つ買った。
調理に時間がかかったら、これで間を持たせるためである。
「すみません。代金は来月の俺の給与から引いてもらえれば――」
あわてて言うメーナに、ダリヤは笑って答える。
「何を言うんですか、救護院はメーナの実家とも呼べるところです。メーナには商会でしっかり働いてもらっているんですから、伺うときにご挨拶をするのは当たり前のことです」
その理由づけに反論はなかったので、隣の酒店で赤と白のワインも購入した。
こちらは院長先生――モルテード子爵へのご挨拶品である。
そうして馬車が向かったのは、東寄りの南区にある救護院。
馬車を降りた先、古めかしいがレンガ造りのしっかりした建物があった。
「初等学院から十六歳までの子供が、今、四十人近くいます。四人部屋ですけど、それぞれに机があって、食事も三食しっかり食べられて、けっこういいところなんですよ。院長先生がきっちりしてるんで」
実家を自慢するようなメーナだが、納得する。
玄関周りも掃除が行き届いていて、雑草の一本も見えない。
「ええと、院長先生が当主でいらっしゃいますよね?」
ダリヤは緊張を抑えつつ尋ねる。
なって間もないとはいえ自分は男爵、しかもメーナを預かっている形だ。
きちんと挨拶をしなくてはいけない。
「そうです。よく、形だけだって言われますけど」
「形、ですか?」
「院長先生は、馬も鎧も持ってないですからね。救護院を運営するのに私財を投じて、ここに住んで、子供達と同じ食事をしているので」
モルテード子爵は、やはり『清貧先生』の二つ名通りの方らしい。
「では、ご家族の方もこちらでしょうか?」
当主夫人への挨拶を頭で組み立てようとするダリヤに、メーナは声を低くする。
「いえ、だいぶ昔にご子息は家を出られたとか。その、自分はここでは暮らせないと……」
「善行はすばらしいですが、ままならないものですねぇ……」
ちょっと遠い声で言ったのはドナである。
ダリヤとしても、言葉に迷った。
そんな中で、メーナが玄関のドアを大きく開く。
「あらためまして――ようこそ、サフレジウム救護院へ」
その言葉に、ダリヤとドナは続けてドアをくぐった。
廊下の先、初等学院に入ったばかりぐらいの子供達が見えた。
来訪者に気づくと、一斉に駆け足――いや、走っていないぎりぎりの早歩きでやってくる。
「メーナ兄ちゃん!」
「メーナお兄ちゃん!」
「はい、俺の前にお客様にご挨拶!」
兄の表情となったメーナに、三人の子供達が壁際に並ぶ。
そして、いっせいの、という小さな声の後に、挨拶をしてくれた。
「「ようこそ、サフレジウム救護院へ!」」
とてもお行儀のいい子達である。
そろった声と好奇心いっぱいの目がかわいらしい。
「丁寧なご挨拶をありがとうございます」
ダリヤがそう答えると、彼らはメーナの方へ歩み寄った。
「それ全部、シチューの具?!」
「ああ。他にもチーズとかいろいろ頂いたんだ」
ドナが笑顔で追加で買ってきたものを入れた木箱を持ち上げる。
ぱあっと笑顔になった子供達が、ダリヤとドナを見た。
「ありがとうございます!」
「院長先生へ、お客様ですって伝えてくれ」
「はい!」
勢いよくうなずいた子供達が、廊下を走りかけ、なんとか早足に切り換える。
それを微笑ましく思っていると、廊下の先での声が響いた。
「メーナ兄ちゃんが彼女連れてきたー!」
「わあ! メーナお兄ちゃん、一人に決めたんだ!」
「もしかして、結婚の報告かな?!」
近くの部屋に、他の子供達もいたらしい。
にぎやかな声が上がる中、メーナは木箱を足元に置くと、すごい勢いで駆けていった。
「お前ら全員、口を閉じる! 俺の今後と安全のために! あの方は俺の雇い主のロセッティ会長だー!」
そこまで必死に叫ばなくても、子供の言うことである。
気を悪くしてもいないし、これでメーナの雇用条件を下げるようなことはないので安心してほしい。
ちょっとだけ落ち着かないのは確かだが。
「うん、ちゃんと教えておいた方がいいですよ……」
ぼそりと響いた声に、隣のドナを見る。
彼は完全な真顔だった。
もっとも、目が合うと、いつものようにへらりと笑ってくれたが。
「教育って大事ですよね。未来のためにも、平和に生きるためにも」
自分が気にしないとはいえ、他の貴族に同じことをしたらまずいからだろう。
ダリヤはそうですね、とうなずいておくにとどめる。
「ロセッティ会長は俺の上司! お前達も、屋根の修理や学用品でお世話になっている方だからな!」
廊下の向こうでは、メーナが教える声が続いていた。




