591.王城で晩餐を
・住川 惠先生、『魔導具師ダリヤはうつむかない』
赤羽にな先生、『魔導具師ダリヤはうつむかない~王立高等学院編~』
彩綺いろは先生、『服飾師ルチアはあきらめない』 各最新話更新となりました。
・『魔導具師ダリヤはうつむかない』14巻9月25日、15巻10月23日発売です。
どうぞよろしくお願いします!
「皆様、どうぞおくつろぎください」
移動した小さめの客室、廊下で受け渡しがなされたワゴンを横に、モーラが言った。
自分達が気を遣わぬようにだろう、彼女が給仕役で、他の者はこの部屋に入ってこない。
「本来であれば一品ずつお持ちするのですが、王棟までは距離がありますので。あちらでお召し上がりいただければよかったのですが……」
彼女の言葉に、三人そろって、いえいえ、と首を横に振る。
声と動きが完全にそろってしまった。
三課でこれだけ緊張しているのに、王棟へ行ったら固まって動けなくなる気がする。
しかし、王族のメニューというだけあって、流れてくる香りはとても良く――
ぐうっと小さく音がした。
「……申し訳ありません……」
消え入るように言ったのはコルンである。
どうフォローしていいか迷ったとき、モーラが口を開いた。
「失礼しました、ワゴンの車輪が響いたようです。では並べさせていただきます」
さらりとワゴンのせいにし、彼女が配膳を始める。
ダリヤはつい手伝いを申し出そうになったが、教わったマナーを思い出し、口を閉じた。
メイドや従僕の配膳で客が手や口を出すのは、信用できない、気に入らないという意味にとられることがあるという。
もっとも、手伝いは完全に不要だった。
モーラは皿とカトラリーを手際よく並べ、グラスに金色のスパークリングワイン、炭酸水を注いでくれる。
そのワイングラスの持ち手部分には、繊細な金細工が飾られていた。
魔力の揺らぎを感じるのは、何らかの付与がなされているからだろう。
目を留めていると、つぶやきが聞こえた。
「この金の細工、腕がいいな……」
「耐久性を思いきり上げてますね……」
酒と料理よりこちらが気になるのは、職業柄仕方がないのかもしれない。
モーラはそれを指摘することなく、ダリヤの一歩横に立った。
「ロセッティ男爵、乾杯をお願いいたします」
「――はい」
この中で爵位があるのはダリヤだけだ。
緊張しつつも、細かな泡が立ちのぼるグラスを持ち上げ、口を開く。
「オルディネ王国の繁栄と――セラフィノ様に感謝して、乾杯」
「「オルディネ王国の繁栄と、セラフィノ様に感謝して、乾杯」」
三人で同じ言葉を口にした後、ダリヤとフェルモは酒を、コルンが炭酸水を口にした。
喉の渇きのせいか、淡い甘さのせいか、それはするすると喉を通り、一気に空けてしまいそうになる。
なお、フェルモとコルンは一回で飲みきり、すぐ追加を注がれていた。
目の前の大きな皿の上、一回り小さい皿が重ねられ、その上に一口サイズのパイが載る。
料理に最初に口をつけるのもダリヤだ。
緊張しつつナイフを入れると、パイ生地の下、ヒマワリ色のサフランリゾットが見えた。
半分にして口にすると、チーズとキノコの豊かな香り、続いて、まろやかな味が広がる。
小さく一つだけなのが惜しくなるほどにおいしい。
自分に続いて、二人もナイフを動かしている。
と、ガチャリと少し高い音がして、フェルモが動きを止めた。
「申し訳ありません。こういったことに不慣れで――」
彼の固い声に対し、モーラはその手を胸に当てる。
「皆様は主の大切なお客様、いいえ、『仲間』とお呼びする方々です。ここでの作法は不要です。どうぞごゆるりとお召し上がりください」
言い終えると、彼女がテーブルに盗聴防止の魔導具を載せた。
三角錐のそれが赤く光ると、彼女は次の料理を並べ、壁際へ下がる。
それは自分も話を聞くことはないという気遣いで――さすが、セラフィノ付きのメイドである。
「ええと、ああおっしゃっていただいたので、フェルモさん、あまり気にせずに……」
「ありがとう、ダリヤさん。こんなことならイヴァーノにもっと教わっておくんだったよ」
「また教わればいいではないですか、フェルモさん。男爵になったら男爵会や会食があるでしょう」
「うっ! とりあえずそれはなくなるのを祈って……まあ、そのときはコルンさんも一緒か」
「くっ! あのときの自分の口を縫い付けたい……」
なごやかさが裸足で逃げ出しているが、とりあえず次の皿に向かうことにした。
二品目は、赤くくるりと丸まった茹でエビと小さな白い球体のカリフラワーが交互に円となっている。
その中央、鮮やかな緑のソースに、赤と白のソースで薔薇が描かれていた。
崩すのが惜しいほどの美しさである。
「絵のようですね……」
コルンの感心の言葉に同意しつつ、まずはソースなしでいただく。
茹でエビはぷりりとして、少しの甘みと塩味、柔らかな旨味を舌に伝えてくる。
カリフラワーは蒸した後に薄いピクルス液につけたのだろうか、爽やかな酸味があった。
そこにきれいな緑のソースをつけると、味わいががらりと変わる。
ハーブオイルであろうそれは、オイルと香草の香りがとてもよく、茹でエビもカリフラワーも包むようにまとまった味になった。
しっかり噛んで飲み込めば、舌に残るのは油っぽさではなく、旨味の余韻だった。
しみじみと堪能していると、モーラが新しい皿に代えてくれる。
「甘鯛の鱗焼きとタリオリーニです」
並ぶ二つの皿は、鯛の焼き物、そして、細い平打ちパスタである。
甘鯛の切り身は美術館のオブジェのよう、焼かれたことで表面の鱗が一枚一枚立ち上がり、こんがりと色づいていた。
パスタは魔導ランタンの光を受け、柔らかな黄金色に輝いている。
王族は料理も眩しいのかもしれない。
甘鯛にナイフを入れると、鱗の層がかすかな音を立てて砕け、白い身が出てきた。
厚みのあるそれをフォークに載せ、そっと口に運ぶ。
パリリという小さな音と共に、香ばしく焼けた皮を噛みしめる。
その下の身は驚くほど柔らかく、舌の上でほろりとほどけた。
わずかな苦みを感じさせる皮、素直な味わいの身、塩と少しの香辛料、それがきっちり合ったパズルのようにおいしい。
タリオリーニの方は、見えるのは麺だけで具はない。
素朴な味付けかと口にすれば、予想は裏切られた。
使われているのは香りのいいオイルと山羊乳系のチーズ、あとはキノコと貝などだろうか、味わいがとにかく深く、見た目とまったく違う。
惜しいのはどちらも少し冷めてしまっていることだ。
こればかりは王棟と距離があるので仕方がない。
そして、おいしい料理を食べながら思い出すのは、ヴォルフのこと――
「バルバラに食わせてやりたいな……」
フェルモがつぶやいたひとり言に、内で深く同意した。
そこからも食事は続く。
続く牛のフィレステーキと野菜の焼きものでは、酒が赤ワインに替えられた。
コルンはベリーの果汁を混ぜた赤みのある炭酸水を注がれていた。
そして、これは残してもいいのだろうか、そう思える大きさのフィレステーキは、するりとお腹に入ってしまった。
隣の野菜の焼きものは花畑を模し、どこからフォークを刺していいか迷う。
ワインが追加され、続くチーズは十種から選ぶ形――
王家の料理はおいしいが、迷うことが多そうだ。
時間をかけた晩餐のデザートは、柑橘のソルベだった。
水晶ガラスの器の中、赤、橙、黄色、薄黄、白と縦五色になっている。
それぞれ酸味と甘みが違い、一つずつでも一緒に食べても合うという、感動の味だった。
料理に驚きと感動の言葉を交わしていた自分達だが、デザート以降は静かになっていた。
どれもとてもおいしく、味も凝っていて、盛り付けも美しい。
しかし、食べるのにはかなり気合いがいる。
食後のコーヒーが出されたときには、全員がほっと長めの息をついていた。
「コーヒーのお代わりは――」
モーラが尋ねかけたとき、ノックの音がした。
彼女がドアに向かうと、セラフィノがベガ、グイード、ヨナスを伴ってやってきた。
ダリヤ達は一斉に立ち上がる。
三人を代表として礼を述べるのは男爵の自分である。
「セラフィノ様、本日はこのような光栄な席を賜り、心より感謝申し上げます」
「ロセッティもすっかり男爵が板につきましたねぇ」
必死に猫を重ねているだけなので、感心したように言わないでいただきたい。
貴族の二分の笑みを必死に作っていると、言葉が続けられた。
「残業も何ですから、今日はあとは休みとしましょうか。三課の個室を準備させました。人を付けますから、必要なものや欲しいものがあれば遠慮なくどうぞ」
「失礼ながら、質問をよろしいでしょうか?」
「もちろんです、フェルモ先生」
フェルモが息を呑んだのがわかった。
先生呼びは確定となったらしい。
しかし、グイードとヨナスの目に驚きはなく、同情めいたものがちょっとよぎった気がする。
「家に連絡を入れるのをお許しいただけますか?」
「ええ。作業が長引いて泊まりになるかもしれないという知らせは出しておきましたが、フェルモ先生から連絡があった方がいいでしょう。なんならご家族をここへ呼んでもかまいませんよ、その方が安心してもらえるなら」
「いえ、手紙をお願いできれば充分です」
「面会はあなた方が望む誰でも、私の名前で許可します。ただ、通常の仕事は遅れさせてしまいますから、その分は王の名前で補償しますね。最低でも三倍、必要があれば書類も出します」
「あ、ありがとうございます……」
王族の大盤振る舞いである。
ありがたいので文句は言えない。しかし、胃は痛い。
ダリヤは家族に知らせる必要はないが、塔にブルースライムのアオマリとミズマリがいる。
彼らのご飯をグイードとヨナスに頼んでもいいものか、そう思ったとき、銀髪の主が口を開いた。
「セラフィノ、三課にダリヤ先生を泊めるわけにはいかない。私はダリヤ先生の貴族後見人だからね、責任を持って預かるよ」
「明日、グイードが登城するときに一緒であればいいですよ。ああ、ヴォルフ君が帰ってきたら、彼を護衛につけてもらえます? 試したいこともあるので。それに、これからは魔力なしの地位が向上しそうですから」
「護衛はそのつもりだが、ヴォルフを近衛には推薦しないでくれないか」
「私が推薦しなくても、他の王族から指名があると思いますが」
「え……」
つい声が出てしまった。
ヴォルフは魔物討伐部隊を退役したら、ロセッティ商会に入ってもらう予定なのだ。
近衛隊に行ってほしくはない。
いや、それは騎士としてとても名誉なことなのだろうが――
悩むダリヤに、灰色のレンズを通し、水色の目が向けられる。
「そうなったら、私が王にわがままを通しますから一定期間だけ貸してください。その後、次の就職先に送りましょう」




