586.小箱のお試しと代価
「魔導具師ダリヤ×pixivプレミアムダリヤ&ヴォルフ バースデーキャンペーン」
開催していただいております。花ヶ田先生による壁紙、書き下ろしSSを書かせていただきました。
4月10(金)13:59までですので、どうぞよろしくお願いします!
「グイードが内緒話をしたいと手紙をくれたので、楽しみで楽しみで――昨日はよく眠れませんでしたよ」
向かいのセラフィノに、とてもいい笑顔で言われた。
グイードは鈍い頭痛を押さえつつ、二分の笑みを返す。
ここは王城魔導具制作部三課の塔、その地下の客室。
通常、なかなか招かれることのない場所である。
陽光を通す窓に代わり、壁には魔導ランタンが複数光っている。
そのまばゆい光は、さすが王城魔導具師達の作品と言うべきか。
ソファーに座る自分の斜め後ろにはヨナス。
向かいのセラフィノの後ろには護衛騎士のベガ。
部屋にいるのはこの四人だけだ。
セラフィノ付きのメイドは、客室の手前の部屋で待機――おそらくはここへ誰も通さない、盗聴もさせないための門番だろう。
長い時間ここにいては、大公と侯爵の暗い密談とも思われかねない。
三課の人員はセラフィノの手足だが、万が一ということもある。
早々に切り出すことにした。
「うちの工房でちょっと変わった物ができたのでね。セラフィノに最初に見てもらいたいんだ」
「うれしいことを言ってくれますね、我が友よ」
報告に対し、芝居がかった口調で楽しげに返された。
グイードは鞄からハンカチに包んだ銀の小箱を出すと、手のひらに載せて説明する。
「この箱だ。蓋を開けて中を見ると、よく眠れる。特に魔力持ちは眠れすぎることがある。防御の魔導具を超えることもあるよ」
「それは興味深いですね。ここで試しても?」
「セラフィノ様!」
ベガが一歩前へ出る。
護衛騎士としては当然だろう。
強めの睡眠効果があると告げた物、しかも中身のわからない箱を主に開けさせるわけにはいかない。
「この通り、中はカラだよ」
グイードは箱を一瞬だけ彼らに向けた後、テーブルに逆さに置く。
蓋は横に添える形となった。
ベガがその赤い目を自分に固定したままなので、安全策を願うことにする。
「中を見ると強めの眠気が出るかもしれない。居眠りで顎を打つこともありえる。セラフィノ、もしもに備えて、ベガ殿に支えになってもらった方がいい」
「ベガ、グイードの言う通りにしなさい」
「はい」
向かいのソファーに、二人が並ぶ形となった。
セラフィノが倒れてもいいよう、ベガが腕を半分ほど挙げる。
「では、お借りしますね」
緊張を感じさせぬ仕草で、黒革の手袋の指が小箱を持ち上げた。
「なかなか美しい青ですね。引き込まれそうです」
「眠くはならないかい?」
「特には。ああ、私は防御の魔導具を着けられすぎているので、効かないかもしれませんね。ちょっと外してみますか」
「セラフィノ様」
「大丈夫ですよ、ベガ。グイードは友人ですし、ヨナス君はその護衛騎士です」
高位貴族は防御関連の魔導具を簡単に外すことはない。
あと、何をいくつ着けているかを知られるのも避ける。
自分はなかなかの信頼を得ているようだが、セラフィノはいろいろと危ういので、ベガの心労が察せられる。
テーブルでカツンと最初に音を立てたのは、防御の腕輪。
続いて、二本目の防御の腕輪。
襟をゆるめてじゃらりと置かれたペンダント。
靴と靴下を脱いで外したアンクレット二つ。
テーブルの下で手袋を外し、指輪を四つ。
予想以上の数だった。
「さて、もう一度、試してみましょうか」
小箱を再び持ち上げると、セラフィノがじっと見る。
しかし、その面に眠気は見えない。
「もしかして、これも邪魔かもしれませんね」
セラフィノはうつむいたまま眼鏡を指で下げ、グレーのレンズを目にかからぬようにする。
見えた素の目の色、その下の濃い隈に、グイードは口元を引き結ぶ。
思いきり効いてほしいところだが、彼は眼鏡を戻すとすぐに腕輪をつけた。
「眠気はありますが強くはありませんね。腕輪を着ければすぐ消えます。私は外部魔力がないからかもしれませんが――ここはあなたの出番ですよ、ベガ」
「――はい」
隣ではらはらしていたベガが、一拍遅れでうなずいた。
もっとも、試すのはセラフィノがすべての防御の魔導具を着け直してからとなったが。
「倒れたら私が支えますよ」
「セラフィノ様にそのようなことをしていただくわけには――」
「一応ですよ。あなたも防御の魔導具はつけていますから、すぐに眠るようなことはないでしょう」
その言葉に、背中のヨナスが浅い咳をした。
先に伝えておけと言いたいのだろうが、そのつもりはない。
セラフィノには正しく理解してもらいたいからだ。
「拝見します」
ベガが腰の剣を外し、ソファーの横に置く。
そして、手甲の手で小箱を持ち、中を覗き込んだ。
グイードは内でそっと数を数える。
一、二、三、四、五――ぐらりと体が傾ぐ。
咄嗟に剣を取ろうとしたのだろう、腕が動いて左にずれかかる体を、セラフィノが抱き止めた。
「セ、ラ……」
ベガの声はそこまでで、寝息に変わる。
起きる気配はまったくなかった。
「よく効きましたね。ベガには王城魔導具制作部の防御の魔導具を複数着けさせているのですが、五秒で寝落ちでは暗殺し放題です」
その場合、暗殺対象はセラフィノなわけだが――当人はただ楽しげだ。
「この箱を作ったのはロセッティですか? それとも、コルン君でしょうか?」
「どちらでもないよ。彼らも作業室にはいたが、小箱を作ったのは小物職人だ。庶民で魔力二単位のね」
グイードはそう答え、内ポケットから四つ折りの仕様書を出す。
そして、テーブルを越えて腕を伸ばし、セラフィノへ渡した。
「眩夢板、こちらも面白いですが、それでできた箱ですか。予測では高魔力の者にほど効果的、魔力の少ない者ほど効きづらい……」
左腕でベガを抱き止め、右手で仕様書を持つセラフィノが、口角をきつく吊り上げていく。
「あはは! グイード、じつに面白いものを持ってきてくれましたね。これまでの魔導具の中で、五本の指、いや、三本に入りそうです」
「そこまでかい?」
「ええ、高い魔力を持つ者こそ有能、この魔力至上のオルディネで価値観がひっくり返りますから」
あっさりと言われた言葉に、思わず肩に力が入る。
魔力至上は実際その通りだが、セラフィノは弟のヴォルフと同じように、外部魔力がない。
それゆえにどれだけの苦労をしてきたかわからず――もしやの思いがわき上がる。
「セラフィノは、これをどう使いたい?」
「最優先で王族の安全確保、次に近衛。よくよく対策をしてから、魔物討伐部隊を含む王城で活用したいですね。それと共に魔力が少ない者、外部魔力がない者で有能な者の雇用と登用を推し進めましょう。本当に我が国が先で良かったですよ。他で開発されていたら、王族やうちの騎士団がやられ放題になる可能性がありました」
そこに彼の私心は一欠片も見つからない。
セラフィノの視点は自分よりはるかに高い。個性的すぎるが、やはり王族だ。
「さて、代価の交渉、いえ、友人同士の取り替えっこといきましょう。何か欲しいものはあります?」
「この研究そのものを渡す。代わりに我が家で開発したことを隠蔽してもらいたい。今後の研究結果と活用先については、できれば知りたいが」
「いいですとも。これはちょっと風当たりが強いでしょうから、三課で代役を立てますよ。開発者に敬意を表し、研究結果はすべてお渡ししましょう。活用先に関しては、王族の守秘に関してだけは除きますが」
望みは通ったようだ、そう思ったとき、ベガがずるりと姿勢を崩す。
セラフィノはその両肩をつかむと、彼の頭を膝に乗せた。
「ふふ……」
どんな夢を見ているのか、ベガが大きく笑みを浮かべ、思いがけぬほど少年めいた寝顔となった。
後ろでヨナスの気配が揺れたが、見なかったこと、気づかなかったことにする。
「それで、隠蔽だけでは足りないでしょう。他には何がいいです?」
「取り替えっこならそれだけでいいだろう。気になるなら『貸し』にさせてくれ」
「嫌ですよ、次に気軽にねだれなくなったら困りますから。そうですね……スカルファロット領地のワイバーン宿舎建設費用と餌代を、ストルキオス名義で出させましょう。国境までの休憩地点の一つということにして。こちらの派閥の領地にも宿舎を作って、どうこう言わせないようにします。追加の利益は金貨で払いますよ」
「こちらとしてはありがたいが、少々お高くはないかい?」
「私を除く王族と近衛全員の安全費用です、安いものですよ。それにしても――」
そこで言葉を切ったセラフィノは、深くため息をついた。
「そちらの工房が羨ましいかぎりです。 楽しいものを次々と生み出してくるのですから」
「それに関しては、工房員達の才と努力をありがたく思っているよ」
ありがたく思っている、本当に。
ただし、胃薬の量が増えるのが難点だが。
昨日、父が新薬を送ってくれたので、ぜひ試したいところだ。
「さて、そろそろ起こしましょうか。朝ですよ、ベガ」
セラフィノが膝の上の騎士をゆするが、返事はない。
本当に熟睡しているらしい。
「ちょっと眠りが深いようですね。ヨナス君、ちょっとだけ剣を抜いてもらえます?」
「わかりました。グイード様、もしやがございますので、後方へお願いします」
二人のやりとりに眉を寄せる。
あまりいい起こし方には思えないが、他に案も浮かばず、従うことにした。
グイードの座っていたソファーの後ろ、ヨナスが剣に手をかける。
カチャリ、鞘から刃を抜くわずかな音と同時、ベガが跳ねるように上体を起こした。
「セラフィノ、様」
ふらつきながらも主の位置を確認すると、すぐその前へ立つ。
左腰に手を伸ばし、長剣が無いとわかるや、戦闘靴の側面から二本の短剣を取り出して構える。
その流れるような動作に感心した。
赤い目がらんと見開かれ、だばりとこぼれてきた殺気と威圧に、頭と心臓が痛い。
自分の前に立つヨナスも、剣の柄に手をかけ、臨戦態勢になっていた。
「ベガはあまり寝起きがよくないのです」
いつもと変わらぬ声でセラフィノに言われ、グイードは全力で面を笑みの形にする。
ヨナスの威圧で練習しているとはいえ、なかなかに辛い。
汗止めを顔に二度塗りしてきて、本当によかった。
「ベガ、そろそろ目を覚ましなさい」
「し、失礼しましたっ!」
肩を叩かれてあせるベガが、テーブルをガツンと蹴る形になった。
重量のあるテーブルが動きかけたのを、ヨナスが片手で止める。
それを眺めながら、グイードはソファーの元の位置へ戻った。
セラフィノも向かいに座り直すと、口を開く。
「この小箱をいくつか作らせ、王族と近衛に試させます。ベガと同じように効果が出るなら、外部魔力がないか魔力値が少なく腕のある騎士を、早急に近衛に入れましょう。もっとも完全な対策ができるまでは、表立っての募集はできませんが」
「そうだね。それまでは物理的な守りを整え、睡眠対策の魔導具を足す、私はそれくらいしか思いつかないな」
そう答えると、灰色のレンズ越し、水色の目が自分を見た。
「グイード、ヴォルフ君を近衛にくれません? 対策ができるまでの一定期間だけでもいいです。魔物討伐部隊を引退させる口実になりますし、あなたも安心でしょう。なんならヴォルフ君の指名を、叔父にねだってきますよ。もちろん、ヴォルフ君には内緒ということで」
さらさらと言われるが、セラフィノの叔父はオルディネ王。
つまりは王命を出させるということで――
ヴォルフに魔物討伐部隊を早くやめて欲しいという思いはあるが、自分の答えは決まっている。
「気持ちはありがたいが、断るよ。私は弟の自主性を重んじる方針でね、隊をいつ辞めるかは本人に任せているし、次の就職先も決まっているんだ。それと、それは友人にする範疇ではないよ」
「いい思いつきだと思ったのですが。私には友人にして良いことと悪いことの見極めが、まだまだですね」
オルディネ大公は、人を読むことに長けても、友情にはうといらしい。
王の姉の子であり大公という難しい立場、歩んで来たこれまでがあるから、仕方がないとは思う。
だが、縁あって友となった間柄だ。
利を優先させる大公と侯爵であっても、友情が結べぬわけでもないだろう。
「そのうち、セラフィノもわかるようになるさ。うれしいことがあったらコーヒーで祝うし、辛いことがあったら自棄酒に付き合うよ」
「私が酒を飲まないのを知っていて言ってますよね、グイード?」
学生のような軽口が、陽光の届かぬ部屋に響いていた。
申し訳ありません。
来週は私用の為、お休みをいただきます。
一週空けて再開しますので、どうぞよろしくお願いします。




