584.スカルファロット工房の青い箱
更新が遅れて申し訳ありません。
赤羽にな先生『魔導具師ダリヤはうつむかない~王立高等学院編~』
彩綺いろは先生『服飾師ルチアはあきらめない』、電子書店様で最新話配信です。
どうぞよろしくお願いします!
「艶々ですね、コルンさん」
「いえ、ダリヤさんの方が艶々ですよ」
スカルファロット家の別邸、武具魔導工房の作業室で、ダリヤは金属板を見つめていた。
金属板の表面は風のない湖のよう、滑らかで艶がある、きれいな青だ。
「空を写した鏡みたいだな――申し訳ありません、鏡みたいですね」
ダリヤの隣、小物職人のフェルモが、しまったという表情で言い換えた。
それに対し、作業テーブル向かいのコルンがにこやかに返す。
「ガンドルフィ会長、楽に話していただいてかまいません。私は教わった側ですから、どうぞ『コルン』と呼んでください」
「ありがたくそうさせてもらう、『コルンさん』。付け焼き刃で、取り繕ってもすぐボロが出るんでな。その分、作業に集中したい。あと、俺のことは『フェルモ』と呼んでくれ」
「わかりました、『フェルモさん』」
ダリヤは目の前のやりとりに納得する。
職人というものは、実作業で距離が縮まる生き物なのだ。
コルンとフェルモはこれまでも顔を合わせてはいたが、一緒に作業をしながら意見のやりとりをするのは今回が初めて。
だが、互いの職人ぶりを正しく理解したらしい。
ここ数日、ダリヤはコルンや他の魔導具師と共に、神殿と病院向けの糸付き拡声器の製作と改良を行っていた。
コルンは空奏の魔剣にかかりきりになるかと思いきや、そちらは耳のいい者達が担当を引き受けてくれたそうだ。
神殿と病院向けの糸付き拡声器は、王城のものと違って近距離でいい。
いかに病人に負担なく話せるか、声のかすれを補正、音量を上げ、かつ、楽な姿勢で――そうして壁となったのが、調整方法である。
糸付き拡声器は金属の棒でベッドに固定、高さはそれに付ける金具で調整する。
元々、小机などをベッドに固定する汎用品があるのでスムーズにできた。
問題は、耳に当てる方と、声を伝える方で、二つのコップ、こちらの位置調整である。
病人は老若男女、それぞれ耳、口の高さと幅が違う。
うまく横向きになれない者もいれば、同じ体勢をとり続けられない者もいる。
そこを各自で調整できるようにしたいのだが、どうしてもしっくりこなかった。
ダリヤは悩み、コルンに許可を得て、フェルモに手紙で相談した。
見た方が早いと答えた彼が本日ここへ来て、その場で機構を提案、ダリヤとコルンも意見を述べ、三人で試作した。
できあがった金具は、金属の球体を受け皿であるソケットで包み、外側からネジで締め付けて固定する、ボールジョイント機構。
前世のカメラ三脚の雲台やモニターアームの調整でお世話になったものと同じだ。
なお、今世でも特別なものではなく、歌劇のライトの角度調整などに使われている。
病人が力を入れずとも動かせるようネジを大きくしたり、ネジを回しすぎても外れない、落下しないなど、細かなところもつめた。
できた試作は、数値上は問題ないが、今は別の作業台で糸付き拡声器をつけて耐久確認となった。
手が空いたところで、作業は今、手に持っている金属へ移った。
本来であれば休憩のお茶の時間だったが、作業の楽しさがそのまま手を動かさせたのだ。
ダリヤとコルン、それぞれが一枚ずつ付与するのを、フェルモが興味津々に見ていた。
できあがったのは眩夢板――先日、ヴォルフのために作ろうとした眩夢の魔剣、その効果を試した板と同じものである。
月光蝶の羽根の結晶と青水晶の粉を使用、睡眠効果が高いのは、己とヴォルフで実証済みだ。
朝まで床に転がっていたとは絶対に言えないが。
仮眠用魔導ランタンより少し効果時間が遅れるのは、ガラスではなく金属板使用、そして青水晶の粉の割合のせいらしい。
それでも効き目はあるのだから、魔物討伐に使えたらいいのだが。
「なるほど、睡眠効果っていうのはこういうことか、よくわかった! 睡眠防止の魔導具も効果が初めて確認できたぜ」
眩夢板を試していたフェルモが、楽しげにうなずいている。
靴下を脱いだ足首に着け直しているのは、銀色の鎖に紫と灰色の石。
魔導具で睡眠防止の効果もあるそうだ。
ダリヤがつい見つめてしまったせいだろう、フェルモが濃緑の目を向けてきた。
「イヴァーノに売り込まれた、妻と弟子全員の分。セットで目一杯値切ったから心配ないぞ、ダリヤさん」
その数は負担にならなかったか、そう心配するよりも早く言われた。
イヴァーノであれば適切な値だろうから心配ないが、ダリヤとしては作り手が気にかかる。
自分が作ったものではないからだ。
「ええと、どなたが作ったものかはおわかりですか?」
「イヴァーノは、ロセッティ商会で遠征用コンロの下請けをしている工房の一つと言ってたな」
そこまで言ったフェルモが、靴下を履き、靴に爪先を入れる。
そして、ダリヤへと向き直った。
「この板、これから何かに使う予定はあるか?」
「いえ、特には。効果を試しただけですので」
「技術云々抜きの興味本位だが、これ、箱にしていいか?」
「箱、ですか?」
いきなりの提案に、つい聞き返してしまう。
「小物職人として、内側がきれいな青の箱というのもよさそうだと思っただけだ」
「眠りたいときに蓋を開ければ、睡眠薬代わりになりそうですね」
「薬より嵩張るから持ち運びには向かないが。たぶん、この場かぎりになるが、使わせてもらってもいいか?」
「ぜひ、フェルモさんの職人技を拝見したいです」
「私もそう思います」
目を輝かせて言うコルンに、ダリヤも同意する。
フェルモは鼻の下を指で二度こすると、工具箱の蓋を開いた。
手慣れた様子で金属板に白線を引き、金切りバサミを当てる。
ハサミはミスリル製なので、紙のように小気味よく切れた。
そこからV溝カッターで金属板に軽く溝を入れて折り線を付け、ハンマーで軽く叩いて曲げ加工をほどこしていく。
作業音はカツカツと低い音だが、作業自体は川がさらさらと流れるように進む。
ダリヤも魔法を使わぬ手作業をしているからわかるが、フェルモの指と工具の動きには無駄がない。
ハンマーで叩いて整える中、迷う時間がほとんどないのは、ただただ凄いとしか言いようがない。
見て、修正して、また見て、その繰り返しの度に、金属板は完全な正六面体の箱と蓋へ変わっていく。
面は平らで歪みなく、角はきっちり三枚合わせに。
いつの間にか、ダリヤもコルンも息をつめるようにしてその作業に見入っていた。
「ま、こんなもんだろ」
箱に蓋を載せると、指で押す。
音もなく、すうっと閉まるのは芸術的ですらある。
魔法での成形よりも甘さのないそれに、ようやく息を吐けた気がした。
「すごいですね、フェルモさん。本当にきれいな形で……」
「素晴らしいですね。蓋がここまでぴたりと閉まるほどとは……」
感嘆の声をそろえると、フェルモが目をごしごしとこすり、頬を叩く。
「あんまり褒めないでくれ。年季が入ってるだけなんで、届かない背中がかゆくなる」
笑い合っていると、ノックの音がした。
コルンが了承を返すと、入ってきたのはドナとメイドだった。
「皆さん、お茶もすっぽかして作業していらしたとか、体に悪いですよ」
銀のワゴンをガラガラと引いてくると、隣の作業テーブルに紅茶の準備を始める。
本日の茶菓子はシュークリーム。
小さいそれが大きな四角い皿にずらりと整列していた。
「中身はカスタードとクリームで、当たりはラズベリージャムだそうです」
「それは楽しみです」
コルンがそう言って席を立ち、ダリヤとフェルモも続く形になる。
紅茶はドナと一緒に来たメイドが淹れてくれた。
ありがたく紅茶とシュークリームをいただいていると、メイドは部屋の外へ下がる。
銀のワゴンに取り分けていたシュークリームを口にしつつ、ドナは隣の作業机へ向かった。
「このきれいな箱、触ったらまずいものとか入ってます?」
「中身はカラです。眩夢板が材料で、内側がきれいな青ですよ」
「へえー、どんな青でしょう?」
ドナが蓋をそっと開け、窓からの陽光を当てて覗き見た。
深い青が彼の目にも入ったのだろう。
その表情がやわらかにほどけた。
「いやー、きれいなもんですね。スカルファロットの青みたいでなかなか……くっ!」
そこまで言った彼が、箱を投げ放ち、後ろに大きく飛ぶ。
巻き添えになった椅子が、床にガタンと倒れた。
「ドナっ?!」
「ドナさん?!」
何が起こったのかわからない。
ドナは部屋の隅で背中を壁につけ、その目を部屋の四方に動かし、左手首を口に当てている。
「ドナ、大丈夫ですか?! 何かありましたか?」
コルンが駆け寄ろうとすると、ドナは右手を軽く上げて制した。
「その箱、駄目、まずい、危ない」
区切るように言う口元から、だらりと赤いものが流れた。
「ドナさんっ!」
「大丈夫です、ダリヤさん。ドナは自分で噛んだだけです――ドナ、ポーションをどうぞ。期限ギリギリですから、遠慮はいりませんよ」
コルンは言いながら、非常用として置いてあるポーションを、蓋を切ってドナへ渡す。
受け取ったドナは無言でそれを一気飲みした。
「もう、びっくりしましたよー! 滅茶苦茶眠くなるんですから~」
飲みきった彼がこちらへ戻りながら、とても明るい声で言う。
けれど、その口元は赤い線を残している。
ダリヤは鞄から使っていないハンカチを出した。
「ドナさん、使ってください」
「え?! もったいないですよ! 俺の汚い血なんて、袖で拭いとけば――」
言いながら、一歩下がって本当に袖で拭こうとしたので、ダリヤは追いかける形で手を伸ばす。
ドナがそれに気づいたのか急に立ち止まり――
べちり! ハンカチをドナの口に叩きつける形となった。
「ご、ごめんなさい!」
結構強く当ててしまった気がする。
その証拠にドナの目はまん丸で――無言のまま口元の血をふき取ると、いきなり真顔になった。
「ロセッティ会長、情熱的なハンカチの勧めをありがとうございました! 新しい物をお返ししますので、次の給料日まで時間をください!」
「いえ! それは三枚セットのお買い得品なので結構です」
「そうおっしゃらず、絹の艶々のヤツを気合いを入れて探してきますので!」
「いえ、本当に結構です」
「やめなさい、ドナ」
ドナと訳のわからない会話になっていると、コルンが止めてくれた。
それにほっとしていると、彼がドナへ向き直る。
「ドナ、鍛錬などで魔導具を外していましたか?」
「いいえ、リチェット様製ペンダント、コルン様製足輪、二本立てで今もしっかり身に付けてます」
答えながら、シャツの下からペンダントを引っ張り出す。
金鎖の先、白と黒い石がついているということは、睡眠防止の他に防御効果を組み込んであるのだろう。
しかし、先ほど眠くなったということは、ペンダントと足輪、二つとも効果がなかったということだ。
コルンが視線を小箱に移し、ぴたりと動きを止める。
蓋が開け放たれたままのそれに近づくと、倒れた椅子を戻し、座った。
「もし眠ったら起こしてください」
「即行で起こします」
ドナが近くに立ったのを確認すると、コルンは正六面体の小箱を持ち上げる。
そして、中に視線を向け――ふらりと後ろに頭が動いた。
「コルンー! 起きてー!」
その体を支えた後、がくがくとゆする。
耳元で大きい声を出されたせいか、コルンはこめかみを指で押しながら答えた。
「大丈夫です、聞こえてます。私の防御の腕輪も突破されました。ですが、先ほどのフェルモさんは平気でしたよね?」
「あ、ああ。ちょっとは眠くなったが、耐えられないほどじゃなかった」
「ダリヤ先生、大変失礼ですが、防御の腕輪のままでお試しいただけますか?」
「はい――」
ダリヤはコルンの隣の椅子に座ると、小箱を受け取った。
そのまま眠ってもいいよう、わざとテーブルに身を乗り出し気味にして、中を見る。
とろりとした青がそれぞれを映し、深さを増している。
とても美しく――すうと引き込まれそうになり、思いきり奥歯を噛んで睡魔を払った。
「なんとか、起きていられるくらいです……」
これは、さすがオズヴァルド先生と言うべきだろうか、左の防御の腕輪のひんやりとする感覚にそう思う。
コルンに小箱を渡すと、彼がそっと蓋を閉めた。
「これは――確かなことは言えませんが、魔力が高い者ほど効く可能性があります」
「魔力の高い者ほど……」
「鏡面の反射が関係しているのか、他の要因があるのかわかりませんが、私への睡眠効果は通常の魔導具の三倍程に思えます」
難しい表情となったコルンを前に、ダリヤはつい考えてしまう。
悪用されたらとても危ういが、魔力の高い魔物討伐に利用できないだろうか?
魔物がすやりと眠ってくれたら戦う必要もないではないか。
理想的魔物対策に思いを馳せていると、ドナに名を呼ばれた。
「ロセッティ会長は毎回、びっくり箱みたいなものを作りますね」
「いえ、これは私ではありません。考えたのも作ったのも、フェルモさんですから」
彼は本当にすごい職人である、その思いを込めて答えた。
他二人は自然、フェルモを見る形になる。
腕利きの小物職人は、自白のように言った。
「悪ィ、ほんの出来心だったんだ……」




