583.首長大鳥と紫の二角獣
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魔物討伐部隊の遠征は、いつも突然だ。
しかも予測がつかない。
「さすがです、ミロ先輩!」
「いや、カークの援護あってのことだ。感謝する!」
カークと弓騎士のミロレスタノが、笑顔で話している。
ヴォルフを含む赤鎧達は、それを目を丸くして見ていた。
きっと他の隊員達も似たようなものだろう。
青々と茂る薬草畑の横、土の上に横たわるのは鳥形の大きな魔物――首長大鳥の変異種である。
本来の首長大鳥は、白い体から翼に向け、濃茶に変わる。
だが、この個体は茶ではなく緑。しかも通常のものより一回り大きい。
緑色らしく強い風魔法を持ち、警戒心が強く、冒険者達が三度討伐しようとして失敗した。
逆に彼らの内の一人が風魔法を受けて深い裂傷を負い、一時は命が危ぶまれたほどだという。
冒険者達が弱かったわけでは決してない。
戦いの場が悪かった。
この首長大鳥がお気に召したのは、魔力ポーション用の薬草畑。
相手は空の上、場所的にできるだけ攻撃魔法も乱戦も避けたいという制約があったのだ。
そうして、魔物討伐部隊への依頼となった。
王都から馬を飛ばして二日。
初回の首長大鳥は疾風の魔剣で倒し、その後は改良した疾風の魔弓で、鳥形の魔物に対応している。
今回もその形をとる、隊長であるグラートがそう指示した。
近くの林や草むらで、ひたすらに待ち伏せすること数時間。
首長大鳥は、午後のお茶の時間ぴったりに悠々と飛んできた。
着陸態勢に入ったところで、ミロレスタノがミスリル線をつないだ二本の矢を放ち、カークが風魔法で加速と援護。
スパンと首を落とされての今である。
「首長大鳥討伐完了! 解体と野営、夕食の準備にかかれ。夜には遠征用ベッドのお試しもあるからな!」
「「応!」」
グラートの言葉に、皆が声高く応えた。
ミロレスタノとカークへの賞賛、笑い声、野営準備の会話、それらが混じり合う中、ヴォルフは隣へ顔を向ける。
「俺達の出番はなかったね」
「ありがたい! さっさと王都に帰れる」
にこやかに言うのはドリノである。
今までなら、ちょっとは俺にも出番をくれといった軽口が出たろうに――その変化はランドルフも気づいたらしい。
「うむ、これが既婚者の余裕というものか」
「そりゃ、愛しい妻が待ってるんだから当然だろ」
からかいに対し一切の照れなく返したドリノを、つい見つめてしまう。
そう言い切れる彼がちょっと羨ましい。
「なんだ、ヴォルフ、出番がないのが残念だったのか? お前はいっつも働き過ぎだから、これでいいんだよ。俺も働いてないけど、次が――次がありますかね、先輩?」
ドリノはヴォルフから視線を外して振り返った。
その先、疾風の魔弓を持ってはいるが、出番のなかった弓騎士達がいる。
「次は俺達が活躍する予定なのでな。その後に赤鎧の出番としてほしいところだ」
「それ、解体しか出番が残ってなくないです?」
そんなやりとりに、周囲が笑い声を立てる。
弓騎士の遠距離攻撃が増えれば、こういった遠征も増えていくのかもしれない。
それがうれしい反面、自分の出番はなくなっていくのではないか、そんな不安も少しある。
そのときは隊をやめてロセッティ商会に就職する予定なので問題なく――ないわけがない。
ダリヤに想いを伝え、断られたらどうするべきか。
生きる気力がなくなりそうな問いかけに沈みかけたとき、肩を叩かれた。
「出番がないのがそんなに残念なら、解体に行こうぜ!」
「皆で行こう。自分も羽根の毟りならできる」
「――ああ、今日はそっちで頑張るよ」
ヴォルフは浅くうなずき、ドリノ達と共に歩き出した。
首長大鳥は速やかに血抜き、解体され、食材と素材に分けられていく。
幸い、薬草畑の近くに搬送用の馬場と警備のための簡易宿泊所があるので、野営の準備は少なくてすんだ。
手の空いた者達から、早めの夕食の準備にかかる。
焚き火を中央に、ぐるりと防水布を敷き、各自が遠征用コンロを出し、鍋や網を置く。
最早、見慣れた光景だ。
「黒パンとチーズ、ワインは各自で取りにきてくれ! 今日だけなので、ワインは革袋三つまで飲んでいいぞ!」
「こちらにダリヤ先生が差し入れてくださった甘醤油だれと、ベルニージ様の持ってきてくださった醤油とワサビがあります! 希望の方は皿を持ってきてくださーい!」
馬車から運ばれた食料の前、配膳係が声を大きくする。
ヴォルフ達も順番に食材を取りに行った。
自分が選んだのはもちろん、ダリヤが隊に差し入れてくれた甘醤油だれである。
これを絡めて串に刺した肉を焼くと、酒が止まらなくなるおいしさだ。
それをすでに知っているので、白ワインの革袋をしっかり三つもらってきた。
乾杯の後、黒パンにチーズをのせて囓り、まずは空腹を鎮める。
その後、首長大鳥の肉を小さめに切り、甘醤油だれを絡め、網でゆっくりと焼く。
肉の焼ける香ばしさ、甘醤油の独特の香り、じゅう!と脂が落ちる音――暴力的なほど食欲を誘うそれらに、周囲の隊員達も甘醤油だれを取りに行く。
さすが、ダリヤである。
ようやく焼けた肉を口にすると、端の皮がぱりっと弾けた。
そのまま熱さを感じつつも噛みしめれば、ぷりりとした弾力が歯に戻り、肉汁が口に流れる。
ほどよく肉に絡んだ甘じょっぱさは、噛むたび旨味を濃くしていく。
ヴォルフはそれをひたすらに味わった。
「うまいな……ファビオラにも食べさせてやりたい」
食事の途中、ドリノがぽつりと言った。
その思いが、よくよく理解できた。
「先輩方、追加のお肉をどうぞ」
肉を山と盛った皿を持ってきたのは、エラルドだ。
その黒いローブ姿も見慣れた。
遠征では、重い怪我も彼がその場で治してくれるようになった。
だが、治療を前提にせず慎重に戦うこと、エラルドも必要以上に魔力を使わないようにと、隊長、副隊長から毎回きっちり言われている。
無理をさせぬようにとする隊員に対し、本人は新人を主張し、隊員の食事の配膳に後片付けまで買って出ている。
「ありがとうございます、エラルド様。いただきます」
首長大鳥の肉と共に、小皿でベルニージによる醤油とワサビも受け取った。
彼は自分の横、小声で話し出す。
「そういえば、神殿に糸付き拡声器というものが入り、寝たきりの者と家族や友人が話しやすくなったそうです。面会時間の延長を求められることが増えたと、係の者が笑っておりました」
「それは――素晴らしい魔導具ですね」
戻ったらダリヤに絶対に伝えよう、そう思って気がつく。
そういったことであれば、彼女はすでに聞いているだろう。
けれど、エラルドはその緑の目を細め、言葉を続ける。
「ええ、本当に素晴らしい魔導具です。寝たきりだった方がベッドの上で商談を三つまとめ、復帰に意欲的になられたそうです。横になったままでも仕事ができる、胸を張って生きていくことができると――どうぞ、『先生』にお伝えください」
最後の一言は、ヴォルフにしか聞こえぬ音量だ。
『先生』としか言われなくても、ダリヤのことだとわかった。
「必ず伝えます」
ささやくように返すと、エラルドはにっこりと笑み、近くの隊員へ肉を勧めに行った。
その背を見ながら、ダリヤが知っていたとしても伝えよう、そう思った。
続く夕食は、宴と化すように音量を上げていく。
盛り上がった話に笑い合う者達、防水布の上で腹這いになり、片手ずつを組んでアームバトルをする者達、すでに酔いが回り、防水布に転がって鼻歌を奏でる者もいる。
焚き火の横、弓騎士が鏃の形状について熱く意見交換をしていた。
それらを聞きながら、ヴォルフはトングを手にする。
先ほど網においた肉が、すでに焼けていた。
醤油とワサビで味わったが、この味付けもきりりとしていて、なかなかいい。
これは東酒に合うような気がする、そう思いつつ、革袋のワインの二つ目に口をつけた。
と――ぞわりとしたものを左側に感じる。
そちらを見て、思わず息を呑んだ。
「ダリヤ……?」
スカルファロットの青、そのドレスをまとったダリヤが微笑んでいる。
思わず立ち上がると、周囲も弾かれたように続いた。
「『ダリラ』、な訳はないな」
不快そうに言ったのはグラートだ。
その手にはすでに魔剣、灰手が握られていた。
「ああ、これが例の紫の二角獣ですか。グラート隊長は、愛妻家であられますね」
一人涼やかな表情のエラルドが言う。
その言葉で、ダリヤが見える理由を理解した。
紫の二角獣は変異種で、大切に思う者の幻覚を見せるのだ。
もう彼女が見えても、自分に一切の驚きはない。
「エラルドは、誰かと重なって見えるということはないか?」
「私には幻覚の類いは、まず効きませんので。せっかくですから、こう、思いきり魅力的な方を見せていただきたかったのですが……」
とても残念そうな声に苦笑したくても、視線は偽のダリヤから外すことができない。
黒風の剣を手にしても、柄から指が動かなかった。
「征ける者は手を挙げろ。手当は弾むぞ」
「俺、行けます!」
「ドリノ?!」
「では、援護は私が」
「ミロまで! お前ら、大丈夫か?!」
意外な者――どちらも結婚して日が浅い二人が手を挙げたことで、周囲が驚きの声を上げた。
けれど、ミロレスタノは弓と矢を手に、ドリノは二本の剣を手に前へ出る。
「では二人に任せよう。エラルド、怪我があれば即治療だ、私の後ろに待機しろ」
「はい!」
灰手を構えたグラートの後ろ、エラルドが立った。
「ドリノ、いつでもいいぞ」
「ミロ先輩、じゃ、五秒後で! 五、四、三、二、一、行きます!」
まるで打ち合わせていたかのよう、ミロレスタノが矢を放ち、偽のダリヤの右肩を撃つ。
悲痛な表情と赤く染まる肩に駆け出しそうになったが、ギュアアア!という二角獣の鳴き声に、なんとか動きを止める。
おそらく周囲の者達も同じだったろう。
唇を噛みしめ、拳を握って、飛び出さぬよう片膝をついている者もいた。
そんな中を、紺色の風がまっすぐに駆け抜ける。
いつの間にここまで速くなっていたのか、ドリノは二角獣の前、剣を振り上げていた。
「うちの妻はもっときれいですっ!!」
その声が響いたときか、それとも二角獣が斬り裂かれたときか、ダリヤの幻は消え失せる。
次に目に入ったのは、返り血を浴びて笑うドリノと、地面で二つとなった二角獣だけだった。
「全員、警戒! 他にもまだいるかもしれん、周辺を確認せよ!」
グラートの言葉に、隊員達は武器を手に、酔いを投げ捨てて、周囲の探索に向かった。
・・・・・・・
周囲の確認にはそれなりの時間を要した。
幸い、紫の二角獣は単独だったようで、他に蹄の痕もなかった。
あらためて隊員達が戻ると、特別支給として追加の酒と干物が出された。
明日の分を前倒しした形である。
先ほどまでの宴の勢いはなく、手で顔を覆う者、近くの隊員とぼそぼそと語る者、干物を口にするのを理由に言葉を発さぬ者もいる。
ヴォルフ、そして、隣のランドルフが干物組である。
自分の瞼の裏、まだ、傷ついたダリヤがちらつく気がした。
対して、勝将であるドリノは上機嫌、褒賞として、グラートからドレス向けの魔布をもらうことになったからだ。
妻への自慢話と贈り物ができたと、それはそれはいい笑顔である。
「息子ー!」
「その呼び方はやめてくださいよ、父上!」
ドリノを自分の防水布に招いたのはゴッフレード、ファビオラを養女とした隊員だ。
最初はドリノを養子とすることを希望していたせいか、呼び方が時折『息子』になっている。
隊員達はもう聞き慣れたものだ。
ゴッフレードはドリノが隣に来ると、手を引いて座らせ、ワインの革袋を手渡した。
「よくやった、ドリノ!」
「頑張りました!」
「ところで、先ほど二角獣に向かって、妻の方がきれいだと言っていたが、お前の想像力が足りぬのでは?」
「何をおっしゃるんですか、父上。想像程度が本物に追いつくわけがないじゃないですか」
「ああ、確かに!」
真顔で答えたドリノに、ゴッフレードが深くうなずく。
その向かい、ベルニージが己のヒゲを撫でながら言った。
「惚気もそこまでいくと、いっそすがすがしいな」
すがすがしい惚気って何だろう。ヴォルフはそう思いつつも、緑イカの干物を無言で囓る。
「ドリノ殿、腕を上げられましたな」
「ありがとうございます、レオン様。教えてくださる皆様と、王都で待っている妻のおかげです!」
「ここまで来ると本当にすがすがしいですな」
今度はレオンが納得している。
ゴッフレードはすでに酒が回っているらしく、べしべしと強めにドリノの背を叩いていた。
それを受け止めて笑う彼に、ファビオラと一緒になれて本当によかったと思う。
その笑顔がまぶしく――やはりちょっとうらやましかった。
「ケホッ……」
咽せかけた音を辿ると、ランドルフが四つ目の革袋のワインを飲みきっていた。
酔いは顔に出ていないが、彼にしては多い量が気にかかる。
「ランドルフ、水もらってこようか?」
「要らん!」
断りよりも声をかけること自体を拒否するような声に、ヴォルフはつい身を固くする。
彼も気づいたのだろう。
自身の手を口に置いた。
「すまん、飲み過ぎたようだ。頼めるか?」
「ああ、もちろん」
ほっとして立ち上がりかけた自分の腕を、ランドルフがつかむ。
その力の強さに、やはり酔っているのだと納得した。
「ランドルフ、他に欲しいものはある?」
「蜂蜜……」
「ええと、それはランドルフの荷物から持ってくればいい?」
「――秋になると、国境の街で、蜂蜜市が開かれる。いつか、ダリヤ嬢と一緒に行くといい」
「そうなんだ。機会があれば行ってみるよ」
甘党のランドルフの願いではなく、観光の勧めだったらしい。
そんな日がくればいいと思いながら、彼に尋ねる。
「ランドルフは誰かと行ったことがある?」
「家族と。あとは――約束はしたが、行けなかった人がいる」
「そうなんだ。次に帰省したとき、あらためて誘ってみたら?」
何気なく言った言葉に、彼が息を止め、その赤茶の目に昏い影を宿した。
「――その名と姓を持つ人は、もういない」
「ごめん!」
「いや、謝られることはない。水を、頼めるか?」
「うん! すぐ持ってくるよ!」
腕を離されたヴォルフは、今度こそ立ち上がり、補給の馬車へ向かう。
グラスと水、あとは分けてもらえるなら、ドライフルーツを願ってこよう、そう思いながら。
ヴォルフを見送る形となったランドルフは、ゆっくりと息を吐く。
紫の二角獣に心底気にいらない姿を見せられ、飲み過ぎた。
その上、思い出を辿っているとき、ヴォルフに心配され、強い声が出てしまった。
まったく、自分を律することもできないで、何が騎士か。
それでも、目をつむれば、まだ柔らかな赤い髪が浮かびそうで――握りしめた革袋が、みりりと鳴いた。
ランドルフは革袋から手を離し、赤々と燃える焚き火を見つめる。
「ヴォルフ、お前は絶対に手を離すな」
友への願いか祈りは、爆ぜた薪の音にかき消された。




