581.商会員と制服話
3月にコミックス2冊が発売予定です。
住川 惠先生、『魔導具師ダリヤはうつむかない』9巻、3月10日
彩綺いろは先生、『服飾師ルチアはあきらめない』6巻、3月18日
どうぞよろしくお願いします!
「お仕事中に失礼します」
呆気ない、じつに呆気ない。
笑顔のマルチェラを前に、ダリヤは内でそう繰り返してしまった。
ここはスカルファロット家の別邸、ロセッティ商会で借りている部屋だ。
今朝、メーナが塔へ馬車で迎えに来て、ヴォルフの出迎えで部屋に入り、イヴァーノと追加の納品について話し合った。
いつもなら護衛として馬車にいるマルチェラは、昨夜からヨナスと共にドラーツィ家へ行っているという。
そうなのかと納得しただけで、特に気に留めていなかった。
そろそろ昼食の時間というとき、ノックの後、マルチェラが入ってきた。
笑顔で――その鳶色の目は笑っていない気がするが、左手の指三本で、メーナの襟の後ろをつかんでいる。
その様に、状況が呆気なくわかったのが今である。
「マルチェラさんにバレました……」
悪さをした後、捕まえられた猫のよう、両手をたらんと落としたメーナが言う。
どれだけ絞られたのか、水色の目がうるりとしていた。
「メーナ、俺に内緒にしようなんざ百年早い。会長と副会長も、俺だけ仲間外れはやめてほしいです」
マルチェラに白い歯が見えるほどの笑みで言われたが、薄ら寒いものを感じる。
もしかすると、威圧がほんの少しだけ乗っているかもしれない。
昨日、メーナの姉を望んだ自分より、彼の方がずっと兄らしい、この状況なのにそう思えた。
「ごめんなさい!」
「すみませんでした!」
ダリヤはイヴァーノと共に謝罪した。
「えっと、皆、何があったのか聞いてもいいかな?」
隣にヴォルフがいてくれたのが、救いのように思えた。
それから皆で机を囲み、昨日のメーナの件をイヴァーノ、メーナ、ダリヤの順で弁明する。
ヴォルフは納得の表情に、マルチェラは素で納得いかぬ表情になっていった。
ちなみに、件の先輩は先ほどスカルファロット家の門の外からメーナに謝罪、シャツ代を渡していったそうだ。
丸く収まったようで何よりである。
いや、目の前に収まっていない者がいるが。
「メーナはすぐ俺に言えばよかったんだ。そしたらさっさと話し合って、きっと昨日のうちに終わってた」
「でも、もし先輩に絡まれて喧嘩になったらまずいじゃないですか。マルチェラさん、前と違って今は騎士なわけですし」
「まだ見習いだけどな。それでもスカルファロット家の名に泥を塗らないよう、あっちに手を上げるようなことはしなかったさ」
二人のやりとりを聞いていたヴォルフが、ちょっとだけ眉を寄せる。
「俺にも教えてほしかったな。俺はロセッティ商会の保証人なわけだし」
「ヴォルフ様に言ってどうするんですか? それこそ後ろから怖い人が出てきて、先輩がまずいことに――」
「メーナ、安心しろ、それはない」
言いかけた弟分の肩を、マルチェラはポンと叩いた。
「あいつの一番下の子が胸の病で、医者にかかるのに金が足りなくてあせってた。で、師匠――ベルニージ様が、家の倉庫の運び人が足りないから雇うと。転職して引っ越すことになるが、給与を前借りする形で、ドラーツィ家の医者と治癒魔法使いに看てもらえることになった」
「よかったです……」
さすが、ベルニージである。
からからと笑う老騎士を思い出し、ダリヤは安堵を口にする。
隣のヴォルフも同じく、肩の力を抜いていた。
だが、向かいのメーナは自嘲気味につぶやきを落とす。
「結局、俺一人で慌てて、遠回りをさせただけですね……」
「何を言うんですか、メーナ」
思わず止める声が出た。
彼はマルチェラに心配をかけまいとしたのだ、その気持ちはよくわかる。
だから昨日、自分も黙っていようと思ったのだから。
「一人じゃないですから。昨日、同意した私も同じですよ」
メーナは動きと声を止め、その水色の目でダリヤを見る。
あきれさせてしまっただろうか、そう思ったとき、両の指を組み、俳優のように情感をこめて言われた。
「ありがとうございます、『ダリヤ姉さん』……!」
「待って! どういうこと?」
ヴォルフのちょっとだけ高い声が響いた。
その後、昨日メーナに言ったことを説明すると笑っていたが。
話が切れ間となると、イヴァーノが口を開いた。
「丸く収まってよかったです。ところで、マルチェラは今回の件を、いつ、誰から聞きました?」
「昨日、ドラーツィ家で夕食をいただいた後、メルセラ様から伺いました。偶然、ドラーツィ家の御者が馬場にいて――病院の待合で、子供を連れて一緒になったことがあり、顔と名を知っていたそうです」
「ドラーツィ家の御者さんが偶然いらして、病院で顔見知り、ですか。その方は、本当に運がよかったですね」
「――俺もそう思います」
ダリヤも同感だ。
メーナにしたことには憤りを感じるが、その人も子供のことでいっぱいいっぱいだったのだろう。
皆がそれぞれに思うところがあったのか、少しだけ静かになる。
それを破ったのはメーナだった。
「俺も運はいいですよ! 先輩からもらった銀貨で、新しいシャツが買えます」
彼の切り替え力とコミュニケーション能力は本当に見習いたい。
そう思いつつメーナを見れば、その厚手のシャツとズボンがやや古びているのが目に入った。
ロセッティ商会での給与は、一応、普通よりちょっと高めぐらいのはずだが、仕事着には回らないらしい。
メーナに尋ねれば、自由恋愛派だからと答えるだろう。
だが、実際は、出身の救護院への寄付と後輩への応援をしていると、イヴァーノから聞いている。
それを口にしないのは、今回のマルチェラのときと同じ、自分達に気を遣わせたくないからかもしれない。
商会員を心配し、口うるさくなる宣言はしたのだ、ここは商会長権限の出番だろう。
「それは違うものに使ってください。メーナには商会で服を作ります」
「え?」
「制服としてロセッティ商会で購入し、支給します。ルチアにお願いすれば、ぴったりのものを作ってくれると思いますので」
「あの、ありがたいお話だとは思いますが、荷運びもしますから汚れますし、俺なんかにもったいないですよ」
「俺なんか、って――」
ああ、そうか。ダリヤは鏡で我が身を見た思いだった。
メーナの『俺なんか』は、ダリヤがつい言ってしまっていた、『自分なんか』とまったく同じ。
誰かに評価されても、利のある提案をされても、素直に受け取れなかった。
それは己に自信がなく、不安が消えず、失望されることが怖いからだ。
その理解を胸に、ダリヤはにっこりと笑む。
きちんと伝えよう。
そして次からは、自分もまっすぐ受け取ろう。
「メーナはうちの大事な商会員ですし、本当によく働いてくれていますから、丈夫で動きやすくて、格好いいものを会長権限でルチアに依頼します。汚れてもいいように複数枚、季節に合わせれば問題ないですよね」
「いえ、もったいな――」
「そうですね。任せたいところも多くなってきましたし、貴族の家への納品もそろそろ大丈夫でしょう」
「イヴァーノさんまで。マルチェラさん、黙ってないでなんとか言ってくださいよ」
追いつめられた形になったメーナは、隣へ助けを求める。
「会長、俺も一着お願いできませんか?」
「もちろんです! 商会員なんですから、季節毎に準備します」
「じゃ、騎士服が合わない場ではそれを着させていただきます」
ノリのいい兄貴分に対し、弟分がじと目を向けている。
しかし、そこからも商会員の制服話は進んでいく。
「商会紋に合わせて赤の上下揃いだとわかりやすいですが、さすがに目立ちすぎますね。深緑とかモスグリーン、あるいは無難に紺あたりでしょうか?」
「俺は深緑がいいと思う」
「ルチアに生地を見せてもらって、皆で相談しましょう」
とことん服飾師である友ならば、きっとぴったりの服を提案してくれるだろう。
今から楽しみになってきた。
「ロセッティ商会の制服か……」
「ヴォルフも作ります?」
「いや、俺はまだ商会員じゃないから。入ってからで――」
彼の言葉が終わらぬうち、ノックの音がした。
スカルファロット家で昼食を準備してくれているそうなので、皆で食堂へ行くことにする。
ヴォルフのリクエストで、から揚げだそうだ。
立ち上がってドアへ行く途中、イヴァーノがヴォルフに声をかけるのが聞こえた。
「ヴォルフ様、制服がうらやましくなったらいつでも言ってください。できればその際に、会長の隣に椅子と筆記具もそろえたいですね」
一緒に仕事をするなら、隣り合うのもありだろう。
書類も共に書くことになるなら、筆記具もごく当たり前のこと。
そう考えるダリヤは、副会長が生涯を託し合う契約をほのめかしているのに気づくことはなく――
「イヴァーノ……」
美しい金の目が丸くなり、頬に赤みが上る。
振り返らぬダリヤは、それを見ることはなかった。




