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569.遠征準備とレインコート

・『このライトノベルがすごい!2026』にて単行本・ノベルズ部門で3位にランクインしました。

 応援してくださった皆様、本当にありがとうございます!

・公式X、寺山電先生『まどダリ』第48話更新となりました。

・『魔導具師ダリヤはうつむかない』13巻、1月23日に発売です。

どうぞよろしくお願いします。

「馬の準備ができ次第、出立だ。準備にかかれ!」


 魔物討伐部隊長であるグラートの命令に、隊員達が慌ただしく駆けていく。

 ダリヤは魔物討伐部隊棟の待機室で、彼等とすれ違った。


 本日は隊長、副隊長と、来期の魔導具に関する打ち合わせ予定だった。

 だが、急な討伐が決まったので延期。

 今は遠征前のピリピリとした空気を感じつつ、邪魔にならぬよう、壁際によって見送っているところである。


「ダリヤさん、マルチェラさん、お疲れ様」

「ごきげんよう、ダリヤ嬢、マルチェラ殿。ヴォルフは来客で出ているが、間もなく戻るはずだ」


 ドリノとランドルフに挨拶をされ、尋ねる前にヴォルフについて教えられた。

 ベルニージの弟子として、時折、魔物討伐部隊の鍛錬に加わるマルチェラも、声がけの対象である。


「皆様、この雨で大変ですね」

「平気だよ、マルチェラさん。今はレインコートがあるから」


 外は強めの雨。

 遠征の敵とも呼ばれるそれに、ドリノはあっさりと答えた。

 防水布を開発したダリヤとしては喜びたいところだが、やはり雨の日の移動は大変だろう。

 二人も出立準備があるので、話はそこまでとなった。


「ランドルフ、剣の確認は任せていいか? ファビオラと店に行く約束をしてたから、手紙で謝っておきたくて――」

「もちろんだ」


 廊下から、ドリノの残念そうな声が聞こえた。

 今、声を出したら、ダリヤも同じようになっているかもしれない。

 ヴォルフと明日の夕食の約束をしていたのに、顔を合わせる前に延期が決まってしまった。


 顔に出さぬよう整えていると、自分の前にグラートがやってきた。

 後ろには、部下で護衛騎士のジスモンドが続いている。


「打ち合わせを延期させてすまないな、ダリヤ先生」

「いえ、討伐は優先されるべきものですし、私はいつでもかまいませんので」


 魔物に待ったはかけられない。

 魔物討伐部隊相談役として、自分が予定を合わせるのは当然のことだ。

 答えると、グラートは少し渋い表情かおとなった。


「今回の相手は不死者アンデッドだ。以前の崖崩れの犠牲者らしいが、早く墓に眠らせてやりたいものだ」


 ダリヤも先程の説明で聞いた。

 北の山近くで、 不死者アンデッドが出没。

 最初は近くの村の自警団が向かったが、数が多く、村人の避難に切り替えた。

 今は冒険者が加わって、先へ進まないよう街道を封鎖しているという。


 不死者アンデッドは倒しても復活してくることが多い。

 火魔法でとことん焼くか、土魔法で押しつぶすか、剣で再生できないほど細切れにするか――

 いずれにしても討伐は簡単ではないだろう。

 心配はつい言葉になってしまう。


「今回、数が多いと伺いましたが……」

「大丈夫だ。強力な仲間がいるからな」


 グラートはその赤い目を、ダリヤの後ろへずらす。

 振り返ると、ちょうど入ってくる者がいた。


 その身を包んでいるのは、フード付きの黒いローブ。

 袖や裾には銀の縁飾ふちかざりがあり、首回りと袖口にはいばらのような刺繍がある。

 手には漆黒の長杖ロングスタッフ

 上部には、銀の装飾で蛇らしき生き物が巻き付き、先端の赤い宝玉ほうぎょくを守っているように見える。


 どこからどう見ても悪い魔法使い――

 訂正、力のありそうな魔導師に見える。


「かっこいい杖ですね、エラルド様」

「ありがとうございます、ジス殿。父にねだりました」


 ジスモンドの言葉に、エラルドがにっこりと笑う。

 彼の養父はセラフィノ。

 オルディネ大公で、王城魔導具制作部三課のおさである。


 黒い長杖ロングスタッフには、きっと凄い付与があるにちがいない。

 その興味が透けたのか、エラルドは笑顔の先を自分へ移した。


「この杖には、浄化魔法の増幅と、いざというときの攻撃向け火魔法がついています。それと、底に結界石も仕込んであるので、魔力が尽きてもしばらくは守られるそうです」

「すばらしい仕組みだと思います」

「詳しい仕組みは父から、私は半分もわからなかったので、長くなることを覚悟して聞いてください」


 さすが、セラフィノである。

 長い時間になってもかまわないので、仕組みについて詳しく伺いたいところだ。

 そう思っていると、グラートが口を開いた。 


「エラルド、今回の遠征は、お前の広域浄化魔法一回で済むのではないか?」

「それは無理かと。不死者アンデッドは三十体超えと聞いていますし、一カ所に集まっているわけではないでしょう」


 高魔力のエラルドでも難しいらしい。

 やはり不死者アンデッドとの戦いは大変なのだろう。

 皆、怪我なく無事であればいい、そう願わずにはいられない。


「金属網と追い込みで、ある程度集めることは可能だ。抜けた場合は灰手アッシュハンドがあるしな。お前は魔力ポーションなしで、広域浄化を何度使える?」 

「連続で七度までは。相手がおらず、そこまでしか試したことはありませんが」


 その返事に、グラートが笑い出し、ジスモンドが苦笑した。


「そこまでの出番は回せんな」

不死者アンデッドが百体でも、そこまでかけていただいたことはないですね」


 広域浄化魔法の回数には余裕がありそうだ、そう安堵したとき、名が呼ばれた。


「ダリヤ先生、残念だが、今回は討伐土産が持ち帰れそうにない」

「いえ、どうぞお気遣いなく!」


 むしろ素材として持ってこられても困る。

 緑の塔の裏手にお墓を作るしかできそうにない。


「そういえば、王城錬金術部からは、砂でもいいからできるかぎり多くが欲しいと願われていましたね」

不死者アンデッドの研究に必要なのはわかるが、必要分のみとしたいところだな」

「動く個体なら、なおいいともおっしゃっていましたが……」

「神殿長がおっしゃっていましたよ。生きてる人間の方がよほど怖いと」


 以前、ヴォルフからも聞いたことがあった。

 大神官――オルディネ神殿長が討伐に同行し、浄化魔法をかけた後、言っていたそうだ。

 『生きてる人間の方がよほど怖いですよ』、と。


 元々は人である不死者アンデッド

 その対策を考えたり発生を防いだりするには、研究が不可欠。

 とはいえ、墓の下で早く眠らせたいという思いも本当だ。


 魔物を素材にしているダリヤとしては、何も言うことができない。

 ふるり、隣ではマルチェラが身を震わせていた。


「戻りました。あ、ダリヤ、お疲れ様! マルチェラもお疲れ様!」


 冷えかけた空気を崩したのは、待機室にやってきたヴォルフだ。

 レインコート姿の彼は、グラートへ向き直り、姿勢を正す。


「服飾ギルド長のフォルトゥナート殿がお見えになり、こちらの新型レインコートを遠征にお使いくださいとのことです。現在、馬場で配っていただいております」

「そうか、早めに納品してくれたのだな。一段軽く、蒸れづらくなったそうだが、着心地はどうだ?」

「本当に軽くて、動きやすいです」


 ヴォルフが右腕をあげたが、カサカサという音はしない。

 濃緑のレインコートの生地は、服飾ギルドとロセッティ商会――制作は下請けだが、両者によるものだ。

 以前のものと丈夫さは変わらないが一段軽く、森の中でも目立たない色合いの防水布で作られた。


 そのデザインも変わった。

 背側は、肩から布をかぶせる形とし、下の生地との間に隙間を作っている。

 レインコートの下で小型送風機を動かせば、蒸れがかなり軽減されるという。


 その作りは服飾ギルドによるものだ。

 ここからもより遠征に合ったレインコートへと改良してくれるだろう。


「では、早めに行って試さねば――雨が強くなってきたな」


 窓を打つ雨音が、一段高くなった。

 ダリヤとしては気になるが、誰も動じる様子はない。

 むしろ、涼しいともいえる表情かおでジスモンドが言った。


「レインコートのテストにはちょうどいいですね」

「そうだな。ダリヤ先生、見送りはここまででいい。相談役に風邪をひかせたくはないからな」


 グラートに気遣われ、ダリヤは足を止める。

 本当は馬場まで見送りに行きたいが、そこで自分ができることはない。


「皆様、遠征のご武運を――お帰りをお待ちしています」


 型通りの挨拶、続けた一言は余計かもしれない。

 それでも言わずにはいられなかった。

 そんな自分の横を、彼らは緊張感もなく歩いて行く。


「行ってきます、ダリヤ」


 最後尾のヴォルフが、すれ違い様にささやく。

 みしり、胸の奥が音を立てるほどに心配だ。


 けれど、精一杯、いつもの表情かおを作り、その背を見送る。


「行ってらっしゃい、ヴォルフ」


 聞こえぬほど小さくささやいたのに、彼は即座に振り返り、いつものように笑った。

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― 新着の感想 ―
雨でも散歩に駆けだすワンコが見える気がするのは私だけ??
アンデットに知り合いが出てきたら嫌な状況ですねー
ヴォルフが危篤状態になり、ダリヤ告白からの復活と後発魔力取得になれば良いなぁーと。(希望的考察です。) エラルドフラグは、無しでお願いしたいです。 折角、憧れの職につけたのですから。。。
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