565.王国の夏祭りと白い花火
・赤羽にな先生、コミックス『魔導具師ダリヤはうつむかない ~王立高等学院編~』3巻、発売中です。
・寺山電先生、4コマ『まどダリ』46話更新となりました。
どうぞよろしくお願いします!
「そろそろかな……」
隣のヴォルフの声に、ダリヤは、ええ、とうなずく。
夕陽はすでに落ち、空には星が見えつつあった。
間もなく、王城から花火の上がる時間である。
昨年は緑の塔の屋上で見たが、今年はスカルファロット家別邸の最上階の一室からだ。
全開の窓の前、二つ並んだ寝椅子にダリヤとヴォルフ、それぞれに座っている。
距離が近いので、糸付き拡声器の出番はない。
気温はそれなりに高いが、氷風扇からのゆるい風のおかげで、汗ばむこともなかった。
ヴォルフが飲めないので、ダリヤも今夜はアルコールを飲まないことにする。
二人でオレンジの香りがする果実水で乾杯し、花火を待っていた。
「あ、ドナさんですね」
声に庭を見下ろすと、少し前まで部屋にいたドナが、犬達と共に横切っていくのが見えた。
その後ろ、従僕とメイドが続いている。
彼等は庭に灯していた虫除け付き小型魔導ランタンを消していく。
こちらに気づいたらしいドナがにこりと笑い、小型魔導ランタンの一つを高く持ち上げると、そのまま消した。
「花火がよく見えるよう……消せって、ことかな……」
寝椅子の左右のローテーブルには、果実水と焼き菓子の横、小さめの虫除け付き小型魔導ランタンが載っている。
ダリヤとヴォルフはそれぞれ、横の灯りを消した。
部屋は途端に暗くなる。
もっとも、入り口すぐの魔導ランタンは細く灯したままなので、真っ暗ではないが。
おそらく、別邸全体が一時的に灯りを減らしているのだろう。
庭もまた暗くなり、ドナ達の姿も見えなくなった。
「あ……始まった……」
隣からのささやきに、ダリヤは空を見上げた。
開始を知らせる赤い花火が、天高く上がる。
その光が大きく広がり、花のように散ると、遠くから歓声が響いてきた。
続いて、黄・橙・赤、三色の火球が、ほぼ同じ軌跡を描いて空を昇っていく。
それはふっと見えなくなり――次の瞬間、火球から放たれた光の筋が四方八方に伸び、丸く咲く花、その花弁を思わせるように輝いた。
丸い菊の花が三輪咲いたよう、華やかな空に目が釘付けになる。
王国の夏祭で、もっとも有名なのはこの花火だろう。
前世でも花火はあったが、今世、ここオルディネで花火と呼ばれるものは種類が違う。
火薬によって打ち上げるものではなく、魔導師達による火魔法なのだ。
魔導師が単独、または複数で各自の火魔法を打ち上げることもあれば、風魔法による補助で形を変えるもの、魔導具を使った拡散式――花火を放射状に分散させる効果をつけたものもあるのだという。
毎年の夏祭り前、担当の魔導師や魔導具師で腹痛を起こす者が出るので、ワイバーンの胃薬が支給される、お茶のときの雑談に、セラフィノがそう教えてくれた。
昨年まで、ただきれいだと見ていた花火は、王城魔導師と魔導具師の技術と苦労の結晶だった。
それを知ると、また違って見える気がした。
花火はそこからも次々に上がる。
半分が黄色、半分がオレンジで円を描く花火、黄色から明るい緑にグラデーションになった縦の花火など、昨年よりも凝った感じだ。
別邸は緑の塔よりも王城に近いので、色合いの違いがより見えた。
続いて上がるのは、数少ない青い花火。
その火球はほとんど見えなかったが、夜空に鮮やかに光を広げる。
その形は独特で――
「ウニ、みたいだ……」
「ホントね。でも、きれいだわ」
彼の的確な喩えに笑ってしまったが、芸術的な色と形にはちがいない。
果実水で喉を潤し、そこからも空を見上げた。
「来年は……夏祭りの屋台を回ろう……次は、熱は出さないから……」
「ええ。でも、来年の前に冬祭りの屋台があるわ」
「それも……楽しみだ……」
話していると、花火が途切れた。
少し間を空けて空に上がるのは二つの火球――これまでより高く上がって見えた。
空に描かれた線画は、二匹のワイバーン。
その大きさと輝きは圧巻としか言いようがない。
わあっと高く上がった歓声が、はっきりと聞こえた。
昨年は赤い龍だったが、今年はイシュラナから国境へやってきたワイバーン二匹を祝い、こちらになったそうだ。
一部、火が残ってしまい、尻尾がちょっと長くなっていた。
そのワイバーンの赤い光が消えると、周囲から音が消えていく。
皆が息を潜めるように待つのは、最後の花火――オルディネ王が空へ放つ魔法である。
風さえも止んだ気がした。
やがて、静寂の中、白い光の球が放たれ、ゆっくりと空へ昇る。
まっすぐに高く、さらに高く――
そんな中、ダリヤはなぜか、隣のヴォルフを見てしまった。
高く登った光は、空を純白に染め、夜を昼に変えるかのごとく王都を照らす。
その一瞬、世界が彼だけを切り取ったよう、彫刻よりも整った横顔が輝く。
見慣れているはずなのに、眩しくて、目にしみて――
本当にきれいだった。
すぐ空に向き直ったが、瞼の裏に白い光が染み込んだような気がして、目を閉じてしまう。
王都の大歓声が、ひどく遠く聞こえた。
「やっぱり……王はすごいな……夜が昼になったみたいだ……」
ささやきではあるが、いつもと同じヴォルフの声。
それなのに、自分の閉じた瞼にはその横顔が焼き付くように残っている気がする。
ダリヤは目元をおさえ、懸命に声を整えた。
「――そうね。本当にすごいわ」
「来年も……また花火を見よう……塔でも……この屋敷でもいいから……」
「ええ、約束ね……」
ヴォルフとの約束、その一つ一つが宝物のよう。
彼との明日を、来週を、来月を、来年を、その先を自分は望み――
それでも、友情だ、尊敬だ、敬愛だ、己にそう言い聞かせてきた。
以前、妖精結晶の眼鏡の付与で見た、彼の死。
妖精の死でも父カルロの死でもなく、ヴォルフが見えた理由。
あの日、内にわき上がる問いかけに、ダリヤは全力で蓋をした。
友でいようという約束を守り、自分は絶対にヴォルフを傷つけない、そう決めたはずだ。
それなのに、彼が苦手とする女性達と同じく、その特別になりたいと――
自分はどこで間違えたのか。
すでにいなかった母も、突然につながりの切れた学友も、他を選んだ婚約者も、亡くなった父のことも、辛くても、さみしくても、なんとか超えてきた。
けれど、ヴォルフがいなくなったら――今、それが怖くてたまらない。
いなくならないでと、失いたくないと、ずっと側にいてと、内で願う声がある。
それは聞き分けのない幼子のよう、自分はどこまで弱いのか。
「ダリヤ……大丈夫……?」
心配そうな彼の声に、まだ閉じたままの瞼をきつく押さえる。
うつむきたくない、泣きたくない、声を震わせたくない。
自分はヴォルフにすがるのではなく、その隣、まっすぐに立てる者になりたい。
それは願いよりも誓いに似て――ダリヤは、ようやく目を開く。
「大丈夫。とてもまぶしすぎて、目にしみただけだから……」
夜を惑わす白い太陽は消え失せ、満天の星が輝く。
けれど、白光に溶けた内の蓋は、二度と閉まらない。
・来週は私用のため、お休みをいただきます。
・学生時代の友人については、コミックス『魔導具師ダリヤはうつむかない~王立高等学院編』にてご制作いただいております。よろしければお読みになってください。
(時系列の関係上、本編、または番外編でも、いずれ違う形でお届けできればと思います)




