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第13話 奴を高く吊るせ

 街の外れに用意されたショウの施設をそのまま使い、ジャック・インス軍曹の部下たちは縛り首の準備を進めていた。

 ショウで使ったものをそのまま流用しているので、木にロープを結びつけて、足元に踏み台を用意しただけだ。哀れな犠牲者の首に縄を引っ掛けたら、踏み台を馬で引っ張ってぶら下げる。

 その間にも見物人が集まってきていた。ショウではない本物の縛り首を一目見たくて集まってきたのだ。

「道を開けろ!」

 ジャックとその部下たちが、人ごみをかき分けてやってきた。列の中ほどには後ろ手に縛られたアイシスを連れている。

「歩け歩け。おまえの死に場所が見えたぞ」

 ジャックは大声でアイシスを煽る。だがアイシスは相変わらずそれには答えない。

「タバコちょうだい。最期にいいでしょ」

「おい、誰かタバコをやれ」

 部下の一人がアイシスにタバコをくわえさせ、火をつける。

 手が使えないのは不自由そうだが、それでもアイシスは充分に肺に煙を吸い込み、鼻から一気に吐き出した。

 とてもではないが、これから高く吊るされる人間には見えない、不遜な態度だった。

「おい、ロープの方は大丈夫なんだろうな」

 ジャックがロープの前に立った部下に声をかけた。

「はっ。問題ありません」

「問題があっちゃ困るんだよなあ。ショウで使ったモンの使い回しなんだから、トリックがねえようにしろよ」

「問題ありません。ロープは新しいものを使いました」

「なるほどな。原始的な首吊り台だ。同じ場所に同じ物を作りなおしたってわけだな」

 ジャックは充分な時間をかけて、ロープを点検すると、部下を怒鳴りつけた。

「おい! とっととこいつをあの世に送る手助けをしてやれ!」

 部下の一人がアイシスを台の上に乗せる。

「暴れるな、おい暴れるな!」

「暴れるつもりはさらさらないけど?」

「いいから、暴れるな。……暴れたフリしてりゃいいんだよ」

「……? あっ! やめて! 離して!」

 部下の耳打ちに答えて、アイシスが体をよじる。

「なんだ、急に命が惜しくなったのか?」

 ジャックが呆れた声を上げる。

「念の為に教えておいてやる。仲間が助けてくれるなんて考えるなよ。この周囲は俺の部下で固めてある。顔に覚えのある奴は通さないことになってるからな」

「……準備できました。もうあとは台を外すだけです」

 ジャックはぐったりしたアイシスを一瞥すると、観客に向かって声をかけた。

「いいか、おまえら! 今日これからやるのは本物の縛り首だ! ショウの連中がやってたようなトリックじゃねえ! 生々しい殺しをその目に焼き付けやがれ!」

 そして再びアイシスに視線を向ける。

「最期に言い残すことはあるか?」

「|くそくらえ《Fuck'in shit》」

「ふん」

 ジャックが手を高く上げると、アイシスの後ろから部下が黒い布をアイシスの顔にかぶせる。

 そしてジャックは、手刀を切るように振り下ろした。

 それを合図に部下が乗った馬が数歩、歩く。馬はロープを引っ張り、アイシスの足元の足場をほんの僅かに動かした。

 そのわずかで充分だった。アイシスの体が空中に投げ出され、首にかけられたロープだけで全体重を支える。

 するとどうなるか。窒息死するのを待つよりも早く死は訪れる。首を強い力でがくんと引っ張られたようなものである。被害者は頚椎を損傷し、速やかにあの世に旅立つのだ。

「よし、片付けろ!」

「はっ」

 部下はロープを切って、アイシスの亡骸をその場に横たえた。

 途端、ラッパの音が鳴る。

 街のメインストリートを突っ切って、一台の馬車が走ってきていた。

 屋根付きの馬車。『スプリングス・スペシャル・ショウ』のロゴが刻まれたその馬車の屋根には、嬉しそうな顔をしたアロマが乗っていた。

 アロマがなぜ嬉しそうな顔をしているかというと――。

「はっはー! どけどけーい!」

 屋根の上に据え付けた、ガトリングガンのクランクを回すこと、ただそれだけがたまらなく嬉しいのだ。

 銃弾が雨あられのようにそそぎ、ジャックの兵隊たちはなすすべなくその場に倒れ伏す。もちろん、最初の数十発は威嚇だ。周りに集まった市民は一目散に逃げたので被害者はたぶんない。

 馬車はそれを踏みつけてがたんと大きく揺れるが気にしない。

「来たか、だがもう遅えぞ」

 ジャックは腰の拳銃を抜いて、ガトリングを振り回すアロマに狙いを定めた。

「ガトリングは便利だが、銃手が無防備でよくねえな」

「そう、だったら助けが必要ね」

 アイシスの声を聞いて、ジャックが振り返る。だがそれより早く、アイシスの手が閃く。

「うおっ!」

 必殺のレ・マット・リボルバーがジャックの手から落ちる。

 アイシスの手には小さな筒が握られていた。いや、フィラデルフィア・デリンジャーという単発式の小型拳銃だ。

「アイシス! なぜ生きてやがる!」

「答えはこの子よ」

 俺はジャックにシングル・アクション・アーミーを向けた。

 そろそろ俺がどこにいるのか説明しなければならないだろう。

 俺がいるのはアイシスの真横。兵隊の服を着てそこに立っていた。

 アイシスの首にロープをかけ、こっそりと細いロープを沿わせてアイシスの肩などを固定して助けたのだ。もちろんデリンジャーを渡したのも俺だ。

「なるほど……フォックスグローブ! 二度も生き返りやがったか! すぐに殺してやるから待っていろ!」

 捨て台詞を吐いた丸腰のジャックは、俺たちに背を向けて大急ぎで物陰に隠れる。

 俺は撃鉄を起こして引き金を……だか、この期に及んでもまだ俺に引き金は引けなかった。

「バカっ!」

 アイシスが俺を突き飛ばす。一瞬前まで俺が立っていたあたりを、兵隊のウィンチェスター弾が通過していった。

 撃った相手を始末したのは馬車から飛び出したミストだ。

 アロマはガトリングの斉射をすでに止め、ライトニングで撃ち漏らしを片付けていく。御者のシャインも馬車を遮蔽物にして、敵を撃っていた。

「いい加減にしろ、コーディ! 銃は脅しの道具じゃないんだぞ!」

 ミストが大声で俺を罵る。

「だが、まあいい。あいつはあたしが殺す!」

 それだけ言ってミストはジャックの去った方に走っていた。手にはアロマの散弾銃を持ち、腰にはスコフィールドの代わりにアイシスのニューモデル・アーミーをぶら下げている。

 手加減をする気はなさそうだ。

「タバコちょうだい」

 雰囲気にそぐわない、気だるそうな声でアイシスが言った。

「役立たずのあなたにも出来る仕事よ。馬車の中にあるわ。連れてって」

 俺はシャインとアロマに合図を送った。

 シャインが承知のサインを返してきたので、俺とアイシスは木の陰を飛び出し、大急ぎで馬車に飛び込む。俺たちを狙って数発撃った男は、銃煙で位置を特定されてアロマの餌食になった。

「腕がしびれちゃった。代わりにタバコを巻いてくれる?」

 俺は渋々、アイシスのタバコケースを取り出した。

「紙でタバコの葉っぱを包むだけよ。折り紙が出来るならできるでしょう?」

 言われるまま、俺は小さな紙に、刻みタバコをつまんで乗せる。アイシスがいつも作っていたのを見ていたのでなんとなく量はわかる。

「コーディ。あなた、もう人を撃つことができないの?」

「……」

「人を撃つのが怖いならそれでいいのよ。仇討ちなんか諦めて、日本に帰りなさいな」

「……」

 くるくると軽く紙を丸めると、俺はアイシスがやっていたように、紙につけられたノリを舐めて筒状にする。これで出来上がりだ。

「ありがと」

 アイシスはそれをくわえて礼を言った。

 俺はそれからマッチを取ると、馬車の壁にこすりつけて点火する。すぐにアイシスがくわえたタバコに火を移した。

「……ふぅー…… 話は終わってないわよ」

 アイシスは深く深く煙を吸い込むと、同じくらいの時間をかけてゆっくりと煙を吐き出し、言った。

「あなたはそれでいいの? 後悔しない?」

「……俺は、おまえに切腹させると誓ったんだ。だから……俺は人殺しなんかできなくてもいい……」

「…………」

 アイシスは煙で大きな輪っかを作ると、さらに小さな輪っかを作ってそれをくぐらせた。何か思案しているようだ。

「わかった。本当のことを話すわ」

「本当のことだって?」

「言い訳じみてるから、言いたくなかったのよ。それにわたしがあの時、兵隊を引き連れてあの船に乗ったのは事実だし」

「そして俺の親父を殺したわけだな」

 俺はあの日のことを思い出していた。くわえタバコではなかったが、あれは間違いなく目の前にいる女だった。

「違うわ。わたしはあそこで誰も殺さなかった」

「だが、おまえの部下が俺の親父を殺したんだ! おまえが殺したのも同然だ!」

「……そう、わたしの部下だったやつらがね」

 アイシスの指に挟まれたタバコから灰が落ちる。

「……あの時、日本人の兵隊が、商船になりすました船でサンフランシスコを襲う、という情報が入ったのよ」

 アイシスは喋りながら、時たまタバコを吸う。そのため話のリズムはとても悪い。

「それでわたしたちは検分のため、船に乗り込んだ。すぐにわたしは、部下に裏切られたことに気付いたわ」

 そこでまたタバコを吸う。俺は早くしろとせっつきたい気持ちを抑えるのでいっぱいだった。へそを曲げてしゃべるのをやめられては困る。

「最初に撃ったのはバーミリオンスパロウ。彼は何も言わずに船長を撃った。それが合図だったんでしょうね。わたしの部下だった連中は、すぐに虐殺を始めたわ」

 覚えている。最初に浅黒い肌の男が船長を撃った。あれは――ジャックだったのか。

「バーミリオンスパロウが撤退命令を出して、わたしはようやく正気に返った。すべてが終わってからわたしは彼を問い詰めた。そうしたら、彼、なんて言ったと思う?」

 アイシスがこちらをみたので俺は首を横に振る。

「『ジェーン・カナリー軍曹の命令で、目障りな日本高官を暗殺したんですぜ。やだなあ、もう忘れちまったんですか』」

 そしてアイシスは大きく煙を吸って、大きく吐いた。

「『今頃あんたは指名手配されてるはずだ。俺たちはあんたを殺して首を持ち帰る。あんた一人に罪をかぶってもらうぜ』だってさ。ふざけてるわよね」

 俺はアイシスの発言を脳で咀嚼した。

 タバコの煙が目に染みて、頭がうまく回らない。

「まだわからない? あなたの父親をはじめ、あの船の人間を皆殺しにした、本当の隊長は――」

 アイシスはタバコを床に落とすと、ブーツのかかとで踏みつけた。

「――バーミリオンスパロウという男なのよ」

 そこまではっきり言われて、俺はようやく事実を理解した。

「な、なんで今まで言わなかったんだ!」

「言ったら信じた?」

「それは……」

 ミストに以前向けられたのと同じ問いを、俺にも向けられた。

 俺はそれを信じられただろうか。

 信じるわけがない。

 命乞いをしているとしか思わなかったはずだ。

「だから、バーミリオンスパロウはわたしに生きていられると都合が悪いのよ。そしてわたしも一人で法廷に立つつもりはない。あいつを連れて行って、自分の無実を証明するつもりよ」

「どうやって……?」

「どうやってって、あなた本気で聞いてるの?」

 アイシスは俺の腰を指さして言った。

「銃で脅して、よ」

「そんな、だって……銃は脅しの道具じゃないってミストが……」

「そう。銃は人殺しの道具よ」

 アイシスはなんてことないように答えた。

「撃つつもりのない銃は脅しの道具にもならないわ」

 アイシスはそう言ってタバコを外に捨てると、今度は自分の手でタバコを巻いた。。

「早く行って、あなたの本気をバーミリオンスパロウに見せてやらないと。ミストが先に殺しちゃうわよ。そしてあなたの仇討ちは、真実も明らかにならないまま、消える」

「……」

 俺は、何も言い返せなかった。

「さ、行きなさい。ミストからバーミリオンスパロウを横取りしてらっしゃいな」

「……わかった」

 俺は、ゆっくりとした足取りで、馬車を降りた。

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