第12話 荒野の一ドル銀貨
目が覚めるとそこは真っ暗闇の中だった。
たしか俺は、ジャックに撃たれて死んだはずだ……。いや、だが。生きている。
夜になってしまったのだろうか。松明のような明かりがそこには灯っているだけだった。
「気がついたか、コーディ」
俺は声をかけられて、そして気づく。
ミストがそこにいたのだ。
死んだはずのミストが無事な姿でそこにいたのだ!
「ミスト! 死んだはずじゃあ……」
「運が良かったようだ。あたしも、おまえも」
言ってミストは松明を壁に向けて照らす。そこの壁には大きな穴が開いていた。
「おまえもあそこから落ちてきたんだ。ちょうど、気絶していたあたしの上にな」
よく見れば、穴の上の方からかすかに光が射し込んでいるのが見える。しかしその穴は狭いものの、急坂で高さもあり、よじ登るのは無理そうだ。
「墓の近くに開いていた穴だ。墓に埋めるかわりに放り込まれたんだろう。坂道になっていたおかげで助かったな。だが……」
ミストはそれからもう一方を照らす。
そこには明らかに人間を埋めたと思われる土饅頭が出来ていた。
「もう一人の男は、もうダメだった」
「保安官…… 南無阿弥陀仏……」
俺はその土饅頭に向かって手を合わせた。
「よく考えたら、あんたの名前……最後まで知らないままだったな……」
「そうだ、それより俺も……撃たれたはずじゃあ……」
「これだよ」
ミストが俺に差し出したのは一丁の拳銃。親父のコルト・ネービーだ。木製の銃把に小さな鉛玉が食い込んでいる。
「……親父に、助けられたのか」
それと、ベルトに銃を挟むようアドバイスしてくれたアロマにも、感謝だな。
「……で、ここはどこなんだ」
「古い坑道のようだな。この松明も、そいつを埋めたスコップも、そこらへんにあったものだ」
「墓場の下に坑道? ぞっとしないな……」
坑道を掘ってる最中に棺桶に当たったらどうするつもりなんだろうか。
「むやみやたらと掘ったんだろうな。鉱脈がある方ある方へと掘り進んだ結果がこれというわけだ」
「そうか……」
「外の状況は?」
「外の状況?」
言われて俺は、急に思い出した。ミストに対する怒りがふつふつと湧き上がる。
「俺たちに黙って勝手な行動をしておいて何が外の状況だ!」
「コーディ……」
「ミストが死んだと言われて、アロマは失神した。敵の目の前でだ。運が悪けりゃそのまま殺されてたかもしれないんだぞ!」
「……すまない。だが……」
「おまえだって殺されてたかもしれないって言うのに! なぜあんな勝手なことしたんだ! 馬車が偽物だってわかってたとでも言うのか? だったらなぜ俺達に言わなかったんだ、なぜだ!」
「あたしは……はっきり自信があったわけじゃない……」
「『なぜ』と聞かれたら『だから』で返せ! 俺より長くアメリカに住んでてそんなこともわからないのか!」
俺はシャインに言われたままをミストにぶつけた。俺やアロマだけじゃない。シャインにだって言いたいことの一つや二つあるだろう。だが、いまは俺しかいないのだ。
「なぜだ?」
「は?」
俺は逆に、ミストから『なぜ』と返されてしまい、間抜けな声を上げる。
「なぜおまえたちは、あたしなんかのことをそんなに気にするんだ」
「そ、そりゃあ……」
「あたしも、アロマも、シャインも、おまえも。みんなアイシスを奪い合うライバルのはずだ。ライバルが減れば自分の目的を達成させやすくなる。にもかかわらず、あたしのことをそんなに気にかけてるのはなぜだ? 『だから』で返してみろよ」
「仲間だからだ!」
「!」
俺は大声で、『だから』で言い返した。
ミストはその剣幕に面食らってか、一瞬固まる。
「ライバルであると同時に、俺たちはショウの仲間だ。信頼関係が成り立ってるからこそ、的にもなれる。ミスト、おまえだってシャインに撃たれたフリができるのだって、信頼があるからだろ?」
「そ、それは……」
「おまえだったらどうする? 俺か、シャインか、アロマが死んだと聞かされたら、おまえはどう思う?」
ミストはなにも答えなかった。
けれども、松明の薄明かりに照らされたその表情がすべてを物語っていた。
「……すまない」
「いや、俺も……熱くなりすぎた。すまん」
それからしばらく、静かになる。
坑道にしみだした雨水だろうか、ぽたぽたという音が、あたりを支配していた。
「……あいつが……さ」
ミストがつぶやいた。
「ん?」
「フォックスグローブが生きていたら、今のおまえと同じ事を言ったかもしれないな」
「さあな。死んだ奴は死んだんだ、何も言わないよ」
「おまえ……!」
俺の言葉に、ミストは驚いたようにこちらを見る。
「……いや、フォックスグローブが、昔同じようなことを言ってたのを思い出して、さ……」
「……そうかよ……」
俺は少なからず、不快に思っていた。
顔だけじゃなく何もかも、フォックスグローブと比較されているようで……。
死んだ人間とは勝負できない。優劣なんか比較できない。
それはわかってるし、ミストもそんなつもりはないんだろうけど……。
「とりあえず、ここを出よう。坑道なら出口があるはずだ――むっ?」
俺が言葉を紡いでいる間に、ミストの顔が目の前に迫っていた。そしてそのまま唇に、今まで触れたことがないような柔らかな感触が当たる。
俺の唇を、ミストの唇が塞いでいた。
「なな、なにするんだっ?」
俺は慌てて飛び退くと言った。
「別に、ただ消毒がしたかったんだ。バーミリオンスパロウの奴にやられたからな」
「しょ、消毒……?」
「あたしとフォックスグローブはキスすらしたことがなかったんだ」
ミストは呆然とする俺を尻目に言った。
「だからあたしは、バーミリオンスパロウとしかキスしたことがない。いや、されたことしかない」
「それがなんだよ……」
「あたしが自分の意志でキスをしたのは、おまえが初めてだ。喜べ。あたしのファーストキスを捧げたのは、おまえだぞ」
「俺は奪われた方だけどな!」
「おや、そりゃ悪いことをしたな」
言って、ミストは面白そうに笑う。その様子は、明らかに今までのミストとは違っていた。
本当の仇を見つけたことで、何かが変わったのかもしれない。
それからどれくらい歩いただろう。
風の流れる方向がわかると自信満々に言うミストに引っ張られる形で、俺は坑道を歩いていった。
太陽も星もないので、方向は全くわからなかったが、ゆっくりと上に向かって道が続いているような気がするので、なんとなく大丈夫なのだろうと思う。
坑道は掘った金属を運ぶためにトロッコのレールが敷かれている。それをたどっていけば外に出られるはずだ。
その間、俺はミストに俺たちが見たことを話したし、ミストはミストとバーミリオンスパロウ、フォックスグローブの関係を話してくれた。
「誰かが決めた婚約者か……」
「日本では似たようなことはあるのか?」
「ああ、ある。けど俺には婚約者はいなかったよ。もう少ししたら『見合い』なんかさせられたのかもしれないけどな」
「ミアイ?」
俺は英語の『お見合い』がわからなかったので、そこは日本語で言った。
「男女の最初の出会いを『仲人』って言う人間が仲介する。それで何度か本人同士で会って、相性が合えば結婚する」
「それじゃあ、短い間で結婚を決めてしまうのか?」
「こどもの頃から決められてる婚約者なら、そりゃずっとお互いの間はわかるかもしれないけど、結局それも短い間に決められてるようなもんだぜ」
「む……確かにそうか。自分たちで断れるわけじゃないしな……」
ミストは初めて聞く異国の習慣について、深く考えているようだった。
「あたしたちも、酋長がきめたわけじゃなく、ミアイだったなら、バーミリオンスパロウに逆恨みされずに済んだのかもしれないな」
ミストは遠い目をして言った。
「ミストはこのあと、どうするつもりなんだ?」
「ん?」
「だからさ、バーミリオンスパロウを倒して、フォックスグローブの仇を討ったあとはどうするんだ?」
「……そうだな……」
ミストはたっぷり考えて、言った。
「恋人でも探してみるか」
「へえ、いいんじゃない?」
「でも、あたしはインディアンだ。部族の外でそういうのを上手くやっていけるかは自信がない」
「俺もだよ。俺も日本人だから、アメリカに溶けこむのは苦労してるさ。けれど――」
俺はそこで一旦言葉を区切った。
「けれど?」
「アイシスがいたから、上手くやっていけそうな気がする。いや、アイシスだけじゃない。おまえたちがみんないたからかな。ショウってのは、はみ出し者ほど居心地がいい」
「なるほど、確かにそうだな。あたしもショウに頼らなかったら、これまでどう暮らしてきたものか、わかったもんじゃない」
「だろ? ……お」
俺たちはおおきな曲がり道をゆっくりと曲がっていった。
「風が強くなってきたな」
それだけではない。曲がり道の向こうに、若干だが光が見える。
自然と歩調が早足に変わる。
やがて、まばゆい外の明かりが見えてきた。
「出口だ!」
俺は思わず駈け出した。ミストもそのあとに続く。
そして、俺は見た。
坑道の出口で待っていた人間たちを。
「おまえたち!」




