第11話 許されざる者
幸い、にせ騎兵隊の連中に死人は出なかったので、死体を放置することもなかったし、逆に死体を埋めて時間を失うこともなかった。
銃撃戦で、相手を殺さず戦意を奪うのはかえって難しい。特に、銃だけを狙って撃ったアロマの腕は賞賛に価する。
俺たちはシャインに撃たれたけが人だけ応急手当をしてやり、縛って転がしたままユニコーンシティへもどった。
「ミストがいない。アイシスがいない。そしてジャック・インスことバーミリオンスパロウがいない」
道すがら、シャインが考えをまとめるように俺に言った。
「以上のことから推測されることは?」
「三人が一緒にいることだな」
俺はそう答えた。
「なぜだ?」
「ミストの目的は仇討ちだ。ジャックの野郎が自分から、ミストの狙ってる仇がアイシスではなく自分だと言うことを明かしたじゃないか」
「『なぜ』と聞かれたら『だから』と言う文で返すべきだ」
俺の返答に、まるで先生のような口調で返すシャイン。
「けれども答えそのものは正しい。ミストは敵討ちのためにジャックを呼び出した可能性が高いな」
「それってやばいんじゃないの?」
アロマが後ろから声を張り上げてきた。
「街へ戻ったら銃撃戦やってたりして……」
「その可能性は大いにあるね」
「やだよ、そんなの! あたしが確認しなかったせいでミストが死んじゃうなんて!」
「ミストが勝つかもしれないだろ」
俺は不安そうなアロマにそう答えた。だがアロマは悲鳴に近い声をあげる。
「勝っても軍人殺しだよ! その場で死刑になっちゃう!」
「大丈夫だ、アロマ」
答えたのはシャイン。
「ミストがそんな短気を起こすとは思えない。僕はそう信じてるよ」
「……だといいけど……」
そうこうしているうちに、馬が街へ脚を踏み入れた。
今のところ銃撃戦をやっているような音は聞こえない。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
「静かすぎるね……」
シャインが言って、俺は気付いた。
確かに静かすぎるのだ。
この街にはかなり多くの人間が住んでいる。それはショウの集客をみればわかる。
それが午後すぐだというのに人っ子ひとりいないのだ。街外れだと言うことを差っ引いて考えてもこれはおかしい。
「どこかに集まってるのかな?」
なるほど、アロマの言うとおりだ。ショウをやっていればその間、街の他の場所は閑散とする。と言うことは今もどこかで何かが起きているのだと考えれば、この静けさも納得がいく。
俺はホルスターの拳銃を確認する。
それだけじゃない。アロマに勧められてもう一丁余計に持つようにした銃も、ズボンのベルトに挟む。
新しい拳銃を買う余裕はないから、こっちは親父の形見の古式拳銃、コルト・ネービーだ。
旅立ちの時に買ったシングル・アクション・アーミーが六連発。コルト・ネービーが六連発。併せて十二連発。
アロマの二十四連発には劣るが、ウィンチェスター一丁分にも匹敵する弾丸が、弾込めなしで連射できるのだ。たしかに銃を複数持つのは生き残るために大切な手法だ。
「アロマ、コーディ。離れないで歩こう」
シャインの提案に俺も乗った。目指すは街の中心部だ。
少し歩くとメインストリートにぶつかった。そこから街の中心――市庁舎が見える。
街の人々はそこに集まっていた。
「――と言うわけで、縛り首は明日の朝。町外れで行う!」
だんだん聞こえてきた声は、誰であろうバーミリオンスパロウ。いや、ジャック・インス軍曹の声だ。
縛ったアイシスを横にはべらせ、市庁舎の二階のベランダから大声を上げている。
「スプリングス・スペシャル・ショウが作った偽物の縛り首の台で、アイシス・スプリングことジェーン・カナリーを本当に処刑するのだ!」
処刑だって? アイシスはカリフォルニアで裁判にかけられるんじゃなかったのか?
「おっと、ショウのみなさんのお出ましのようだ」
ベランダから目ざとく俺たちを見つけたジャックは、素早くベランダを降りると、柱を伝ってするすると降りてきた。
「どけ! 俺に用事がある連中が来てるんだ」
ジャックは乱暴に人ごみをかき分けて、俺達の前に来た。
すぐそばで見るとジャックの身長は俺とそれほど変わらない。アメリカの男にしては低い方だろう。インディアンの平均身長は知らないが。
「おまえたちもジェーンを助けに来たのか? 今頃ノコノコやってきても遅えぞ」
「おまえたち『も』、だって?」
俺はおうむ返しに尋ねた。
「ってことはまさかミストも……」
「ミストは死んだ。俺が殺してやったんだ」
頭を銃底で殴られたような衝撃が襲ってきた。
「ミストを……殺しただと?」
「ミストは俺を呼び出して決闘を持ちかけた。そして俺が勝った。それだけだ」
「嘘だ!」
アロマが大声で叫んだ。
「いいや、嘘じゃねえ。俺の銃が先に火を吹いて、あいつを墓場の穴にぶち込んでやった。なあ、ジェーン」
「ま、嘘は言ってないわね」
「あっ……」
アイシスが答えると同時に後ろでアロマが失神した。シャインがとっさに受け止める。
まったく、それでよく賞金稼ぎをやる気になったもんだ。
「アイシス・スプリングについては諦めるというのがおまえたちの釈放の条件だったはずだ。だがミストは約束を破ったんだ」
ジャックは言った。下卑た笑いが本当に不快だ。
「おまえたちも約束を破るか?」
「約束を破ろうとしているのは貴公だ。インス軍曹」
その時、人ごみをかき分けて保安官と補佐がやってきた。
「よう、保安官。アメリカ陸軍の我々の元でお勤めご苦労」
「法律がわかっていないようだな。インス軍曹」
保安官は噛みタバコを吐き捨てると、自らの胸の徽章を指して言った。
「わたしは市保安官だ」
その言葉に俺は聞き覚えがあった。
このゆっくりとした特徴的な英語、それに噛みタバコ。まさか……
「そして貴公は国の軍人だ。命令系統が違う。わたしは君の部下でもなんでもない」
「そうかそうか、そりゃすまねえ。だが、まあ協力してくれや」
「そう言うわけにはいかん。ジェーン・カナリーは『生け捕りに限る』賞金首だ。カリフォルニアの裁判所で法廷に立たせる必要がある。だろう、コーディ?」
言って、保安官はこちらを見た。
そうだ、この保安官……俺がアメリカに来て最初に言葉を交わしたあの保安官だ。
彼がどうして今ここの保安官をやっているのかはわからない。だが、俺のことを覚えていてくれたのだ。
「なんだ、おまえら知り合いだったのか?」
「……ああ」
俺は短く答えた。
「それじゃ話が早い。おまえからも保安官を説得してくれよ。おまえの親父の仇だぜ、とっとと殺したいだろ?」
「いいや」
俺はまた短く答えた。だんだんジャックが苛立つのがわかる。
「おいおい、なんでだよ。おまえの親父を殺した女だぞ! それとも自分の手で殺さなきゃ嫌だってのか? それならおまえが殺せよ、手を貸すぜ」
「俺は、アイシスに罪を悔やむ機会をやりたいだけだ」
「はあ?」
「すぐに死なせたら罪を悔やむ機会なんか永遠に訪れない。だったら俺はアイシスを裁判にかけるほうがいい」
本当は切腹させるなんてかっこつけたもんだったが、それはこの際おいておく。裁判にかけた場合でも結果は同じだ。
「甘ちゃんってのはおまえのことを言うんだな」
ジャックはオーバーに両手をひらいて呆れたと言う。このオーバーアクション、俺がアメリカに慣れないことの一つだ。
「何とでも言え。俺は保安官を支持する」
「たった一年で、成長したな。コーディ」
保安官が俺を褒めてくれた。なんだかこそばゆい。
「あんたこそ、俺を覚えていてくれて嬉しいよ」
「それにひきかえ、インス軍曹。貴公はどうだ。貴公も当時、カナリーの部下だったと言うならあの場所にいたのだろう?」
「それがどうした」
「わたしもコーディも、コーディの父を撃った人間をはっきり見たわけじゃない。やったのは貴公かもしれんと言う事だ」
「上官命令だったから仕方がねえんだよ」
ジャックはふてぶてしく答えた。
「他の連中もそうだ。あの場所にいた全員が、本来なら裁判にかけられるべきなのだ」
「いいや、違うね。あれはジェーンのやったことだ。俺たちは従っただけだ」
「やれやれ……」
保安官は大きなため息をついた。
「自分と言うものがないのだな。名誉白人だかなんだか知らんが、所詮はインディアンだな」
「ふん」
ジャックが抜く手も見せず、保安官の腹を撃った。
「っ……?」
「保安官!」
保安官は腹をおさえるが、止めきれないほどの血が地面を濡らす。
「き、きさま……」
「保安官だかなんだか知らんが、所詮は白人だな。結局こいつも自分が白人だってだけでインディアンより偉いと思っていやがる」
保安官は最後の力でジャックに手をかける。だがジャックはそれを乱暴に払いのけた。
カチャカチャカチャ。
保安官補たちが次々銃を抜き、群衆が散り散りになって逃げ出そうとする。だが、それよりもジャックの部下の動きのほうが早かった。
保安官補一人一人の後ろにライフルを突きつけており、すでに身動きが取れない状態にしていたのだ。
「こいつらをぶち込んどけ」
「やめろ……」
俺は小さくしぼり出すような声を上げた。
その声が呆れるほど小さかったので、俺はもう一度大きく息を吸い込んで叫んだ。
「やめろおおおお!」
「うるせえ」
ジャックの銃撃で俺はその場に倒れた。
「西部で生き残りたければ、叫ぶ前に撃て。残念だったな、ガキ」
そう言ったジャックに、部下が言う。
「軍曹、ジェーンの部下の女がいません」
「なんだと?」
「人ごみに紛れて逃げ出したものと思われます」
「くそっ…… まあいい。おまえたち、こいつらを墓場に埋めてやれ」




