第八十二話 限界と
この反応……この術を使う相手と戦った事がある?
牽制に飛ばされたナイフを一つは半身ずらして避け、もう一つは叩き落し、足元に転がっていた灌木を蹴り上げてバイヤスの連続攻撃のタイミングを狂わせる。
一瞬のラグに腰に手を回して短剣の鞘を掴みぎりぎりでバイヤスの剣を受け止めた。
……やっぱり、これとの戦い方を知っている。
大抵のものを切り飛ばす事が出来るこの術は、逆に防御が困難となる。
まず受け止めるという行為そのものが出来ない為に、切り飛ばすのはいいが残った刃でそのまま突っ込んでこられると非常にやっかい。さらに獲物を二つ以上持っている相手となれば猶更。
技術、速度が拮抗している相手の場合は逆に不利になりかねない。
おそらくジンバルの影というのが好ましくない存在なのだろう。
完全に殺害を意図した動きに変わっている。
追撃が来る前に腕で鞘を押し上げ間合いを取ろうとするが、流石に許してはくれなかった。
こちらが鞘で押し上げようとするのを見越していたかのように左手がもう一つの柄に伸びている。そのまま間合いを取ろうとすれば腹を狙われるだろう。たとえその刃を切り飛ばそうとも、残った刃で傷を付けられればこちらの動きは鈍る。
考える間もなく僕は鞘で刃を受け止めたまま、片手で短剣を逆手に持ち替えた。
バイヤスが左手で抜いた剣を順手に持ち替え突き出してきたところをその刃に合わせてこちらの刃を添わせ、柄ごと指を切る。
剣を取り落しながらも蹴りを放ち間合いを取ろうとするバイヤスに、低く身を沈めてその蹴りを潜りながら右足を前に出して身体を反転させ――回転の勢いのままに、その背に短剣を突き刺した。
刺されてもなお、バイヤスは身体を捻り牽制の蹴りを放とうとする。
僕は十分に下がり、彼が膝をつき力なく腕が垂れて倒れるのを見定めた。
息が切れたと確信した瞬間、僕の集中が途切れたその一瞬、視界の端で捉えた煌めきに反射的に身体が動いた。
ざくっと、右腕にナイフが突き刺さる。次いで現れた相手を見て、索敵をいつの間にか解いてしまっていた事に気付かされた。さすがに索敵、妨害、夢魔の檻、広範囲結界を同時に使用したのは拙かったらしい。
ナイフを抜きとり、上段から振り下ろされた剣を受け止めようとしたが、これは無理だなと冷静な頭が考える。もう右腕が動かしづらいので、そちらで受けてしまおうと腹を括った。
その時、横合いから飛んできた物体に男が吹き飛ばされた。
何が起きたのかと思ってみれば――
「………な」
だから、どうして……
キルミヤは僕を見て、困ったように頭を掻いていた。
僕は必死で彼から視線を剥し、蹴り飛ばされた男が持っていた剣を奪いその心臓に突き立てた。
呻き声と、肉を突き刺す感触に込みあがってくるものを呑みこんで、再度索敵を展開する。
今度こそ、最後の一人。これで終わりだった。
「あのな」
後ろからかけられた声に、僕はびくりと震えそうになった。
恐れられればいいと思いながら、そうなる事を恐れている自分が情けなく、振り返る事が出来なかった。
「正直、何をどう言ったらいいのか分かんないんだけどな?
少年も少年の考えがあるわけだし、俺にも俺で引けないものもあって、口に出来ない事もあるんだけど……でも、無理させてごめん」
ひくっと喉の奥が鳴った。
最後の一言で、彼が悟っている事がわかってしまった。
どうして僕が彼らを殺したのかも、そして僕がそれほど強くない人間なのだという事も、彼は悟っている。
目の前であれだけ苦手な血を見せたというのに。
目の奥が熱くなって視界がぼやけ、あわてて心を鎮める。
だから余計に、彼から距離を取りたい。
「そう思うのであれば、来ないでください」
低い声が出たことにほっとしながら、目の奥の熱を散らし振り返る。
「見つけた!!」
まるで小鹿のように小さな影が躍り出てキルミヤに抱きついた。
索敵には何も掛かっていない。それなのに、緑の塊はキルミヤの腰に縋り付く様にして抱きついていた。
「ご子息様!」
顔中に喜びを溢れさせキルミヤを見上げたのは、緑の髪と瞳を持つ少女。