第八十一話 一対多
「力を使わずこれか」
肋骨の隙間に突き立てた短剣を引き抜き、前方に視線を向けたままゆっくりと構える。
相対するのは褐色の肌をした男。その手には抜身の剣を握り、夢魔の檻に落ちる事無く平常を保っている。
「魔術封じが効かず退路は結界に阻まれなし、とはな」
褐色の肌に錆色の目。噂通りならこの男がバイヤス・グヤンなのだろう。
だがバイヤスが魔術師だという話は聞いた事が無い。加えて他の三名も夢魔の影響圏内に入ったのに動きが止まっていない。こちらを囲う様に後ろにまわり込んでいる。
魔術師と思われる二名は夢魔の影響圏外ぎりぎりのところで停止。魔力錯乱を継続して使用している。先行していた二名のうち一名は途中で指示でも受けたのか、同じ場所で動こうとしていない。
抵抗する魔力は感じられない。魔術師が来ず、それ以外で効果が異なるとなると……もう一度フーリを調べたほうがいいか……
「お前が今代の白の宝玉で間違いないな」
バイヤスは距離を保ったまま。部下の死を前にしても顔色一つ変えない。
絶命した四名は先行包囲、あわよくば様子見の駒として使われたのだろう。彼らの間ではそれが普通の事だといつの間にか覚えてしまったが、それでも、嫌な反応だなと思ってしまう。
「魔術封じの中で魔術を使うとは……それも索敵と妨害に結界、それに精神混濁の四つを同時にとは、さすがは白の宝玉」
伺う様に間合いを詰めている後ろの三名。その動きに注意しながら覆面の下、口の中で口頭契約をそっと転がす。
「もう一人は仲間か」
こういう手合いはあまり会話をしようとしない。殺害を目的とする場合でも無力化する場合でも問答無用で掛かってくる。会話をしようとしているのはそこから何かを引き出したいから。反応を見ているのだろうが、それに付き合う理由もない。
口の中で転がした口頭契約と集めた魔力を正面に向かって解き放つ。
ドンッ
圧縮された空気弾に火球が追いすがり衝突爆発。こちらにくる爆風を押し返すように風が巻き起こりさらに被さるように火炎を叩きつけ、正面の木々はなぎ倒されるようにして燃え、弾け飛んだ。
予備動作なしの僕の魔術を、けれどバイヤスはあっさりと避けて左手に居た。
巻き込まれるもよし、牽制になるもよし、目的は達成されたのだからそれでいい。
「先代の白の宝玉は言葉には言葉をもって対すると言われて――」
バイヤスの言葉を遮る様に僕は両手を左右に振り、倒れた男の手から短剣を抜いて背後に投擲。
ヒュン
ヒュン
風が唸り、左右の隙間を縫って的へと吸い込まれる。遅れて左右から聞こえたくぐもった声と動きが停止した事で命中を悟る。後ろに投げた短剣は難なく叩き落されたが警戒で速度が鈍っている。
「……魔術師をやったか」
バイヤスは何が起きたのか、一瞬で理解したようだった。
人形のような面に微かに驚いたような色を乗せていた。
魔術師はバイヤスの背後に一人、右斜め前方にもう一人居た。右の方はさしたる遮蔽物が無かったので問題ない。しかし正面はバイヤスといくつもの木の幹が重なり一撃で仕留めるのには無理があった。手持ちの短剣も二本しかない。
「障害物を魔術で払い、魔術防御に入ったところを短剣ですり抜けた。
その後腕を動かし魔術を放ったところを見ると、貴様魔術封じが全く効かぬわけではないな」
バイヤスの言葉はほぼ正解に近い。
違うのは、魔術防御を短剣がすり抜けられるのではなく、魔術で構成されたものをすり抜けるように細工した短剣を放ったという部分だけ。
言われた通り魔力錯乱の影響を全く受けないわけではない。
魔力錯乱の影響下では簡略が出来ず、全て正式な手順を求められてしまう。そうなると接近戦では魔術を用いた戦術が全く機能しなくなってくる。
技とスピードしか持たない僕では、大きく手段を限られる事に等しい。
落とされる気は全くないけれど。
「情報の修正が必要か。これではとても温厚とは呼べない。戦闘能力も上方修正」
その修正はしようがしまいが勝手にすればいい。
こちらは只やるだけ。
もう一人の倒れた男が握っていた短剣を取り、刃に手を添える。
残り二名。
「しかし、それだけの魔術を持続させるのも疲れるのでは?」
暗部にしてはよく喋る男だなと思いながら、滑るようにして接近してきたバイヤスの剣を一歩前に踏み出して躱し、がら空きの腹を狙う。が、空いた手でバイヤスはもう一つ腰に差していた剣を引き抜きそれで受け止めようとして、寸前のところで無理に身体を捻って上体を倒した。
倒れたバイヤスが即座に転がり、距離を取るのを視界の端に捉えながら僕は身体の向きを変えつつ頭を沈めた。沈めた頭の上を背後から忍び寄っていた男の剣が薙ぎ、僕の短剣はリーチが足りない筈の男の腹を捉えた。
魔術師でもないバイヤスが気付いたのは、戦う者の直感なのだろう。
短剣を振り抜きざま身体を反転させ、再度バイヤスに短剣を向けると態勢を立て直したところだった。
バイヤスの視線の先にあるのは僕の握る短剣。
あのままバイヤスが剣で受け止めていたら、その剣ごと胴体を切り裂いていただろう。不用意に近づいた後ろの男のように。
刃に空気を固定し、見えぬ刃にしてリーチを伸ばしたり切れ味を強化する魔術。
かつては常套手段として用いられた戦闘様式の一つだが、今はもう扱える者は少ない。接近戦を好まない白の民は使わぬ術だろうし、カルマといった規格外の魔術師も最前線へ出たとしても接近戦の中に組み込まれる事は少ない。
「貴様……ジンバルの影か?」
休日出勤するのはいいのですが、代休はとれるのか……
はは……まぁこの時期は無理っすね。
ええと、この戦闘の区切りは次でつきます。
キルミヤが来るかどうかわかるのも次です。
ついでにやっと……やっと情報源を投入できます。




