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第五十六話 間者か協力者か

 足早に歩いて第四学年の講義棟へと向かう。

 向けられる好奇の視線も今は少ない。多くの者は昨日の避難について好きに討議し噂を振りまいている。


「ティオル・エバースは居ますか?」


 教室に入ったところで手近な一人に声を掛けると、相手は初めてこちらに気付いたように狼狽し、慌てた様子で教室をキョロキョロと見まわし、一点で止まった。


「あちらですね」


 呼びかけようと声を出しかけていた生徒を制し、レライ・ハンドニクスに待つよう言って件の生徒に近づいた。

 燃えるような赤い髪をした相手は、同じ色の瞳で私を見上げるが、特に言葉はなく黙ってこちらを見ていた。


「初めまして。ティオル・エバースですね?」

「そうだが、私に何か用か」


 低い声はそっけなかったが、拒絶の色も警戒の気配も無かった。


「尋ねたい事があります。お時間お借りできますか?」

「………」

「失礼、私も同行してもよろしいでしょうか?」


 無言になったティオル・エバースの代わりとばかりに、隣に座っていた薄青の長い髪を垂らした学生が立ち上がり会釈をしてきた。


「貴方は……ヒューネ・オリオンですね?」

「名を覚えて頂いているとは畏れ多い」


 ヒューネ・オリオンは腰を折り正式な礼をとると、声を潜めた。


「お尋ねの件は昨日の事で宜しいでしょうか」


 ティオル・エバースは昨日の野戦の指揮官。そしてヒューネ・オリオンは指揮官補佐。

 話を聞く分には十分な相手ではあるが、ヒューネ・オリオンの兄は軍に入っており、あちら側との繋がりがある。下手に詳しい事を聞き出そうとするのは得策ではないが、レライ・ハンドニクスを出汁にすればまだいいだろう。体裁は整う。


「かまいません。次の講義まで間もありませんし、手短に致しましょう」

「……問題ない」


 ぼそりと言って立ち上がりさっさと教室を出ていくティオル・エバース。

 パージェスも独特な人間だと思ったが、彼もまた独特なのかもしれない。


「申し訳ありません。彼の頭からは礼儀という単語が抜け落ちておりまして」


 後ろから掛けられた言葉に、私は首を横に振った。

 別にあの態度を無礼だとは思わない。一般的に身分だけを見ればそうだが、少なくともあの馬鹿とは違う。きちんとこちらの話を聞くという意志がある。


 変に注目を集め始めていた教室を出て、待っていたレライ・ハンドニクスに来るよう頷き、ティオル・エバースの後を追う。


 ゆっくりとした足取りで後ろについて行っていると、パージェスと全力疾走した事を思い出し頭痛がしてきた。

 そう、本来はこういう対応の筈だ。いくら皇女という身分が無いという前提でも、普通はこういう対応になるだろう。振り返ってこちらを見たかと思うと叫んで脱兎のごとく逃げ出すとか無いだろう。気配なく後ろに立ったのはこちらも悪かったと思うが、視界に入ったらその段階で逃げられるので仕方なくああいう手段に行きついてしまったのだ。最初から大人しく話をしてくれていれば背後に立つなどという手段など取らないのに。


 前を行く足が止まったのを見て、私は幻痛を振り払い顔を挙げた。


「要件とは何だ」


 前置きも何もない問いに、私も余計な事は省く事にした。


「昨日、野戦中に事故があり避難をされたと思いますが、その指揮は執っておられましたか?」

「した」


 ………確かに答えにはなっているけど。


 納得しつつも、もう少し何かないのかと再度口を開きかけ、


「作戦中でしたので、生徒の位置を我々が一番把握しておりました。

 避難経路などの指示は教師の方々から頂きましたが、生徒への伝達はこちらでしておりました」


 隣に立つヒューネ・オリオンが苦笑交じりに補足した。


 この二人、日常的に補佐する側とされる側の関係ではないだろうか?


「では、その避難の際に逃げ遅れた者はいませんでしたか?」

「ない」


 断言するティオル・エバース。


「本当ですか!?」


 それまで黙っていたレライ・ハンドニクスが前に出て、掴みかからん勢いでティオルに迫った。

 これは本当にパージェスを心配しているのだなと、同時にその切羽詰まった様子が隠れ蓑に最適だと、冷めた頭で思考しながら私も口を開く。


「レライ・ハンドニクス、パージェスを心配する気持ちは分かりますが落ち着きなさい」

「あ……す、すみません」


 肩に手を掛ける必要もなく、声を掛けただけで我に返り一歩下がる。

 思ったよりも馬鹿ではないのかもしれない。


「実は、キルミヤ・パージェスとカシル・オージンの行方が分からないのです。

 ずっと探しているようなのですが見つからず、それで私であれば分かるのではないかと尋ねて来て。私も避難しておりましたので詳しい事は分からず、野戦の指揮を執られていた貴方がたならばと思ったのです。避難の時、二人は確かに居ましたか?」


 ティオル・エバースはちらっとヒューネ・オリオンに視線を遣ると、小さく頷いた。

 それを見てヒューネ・オリオンも心得たというように頷き、私に向き直った。


「逃げ遅れた者が居ないというのは、逃げる予定の者で遅れた者は居ないという事です」

「それは……じゃあ実際には避難していない人がいるんですね!?」


 下がった筈のレライ・ハンドニクスは、再び身を乗り出していた。

 それをヒューネ・オリオンは軽く手で制し、レライの望む答えを口にした。


「キルミヤ・パージェス及びカシル・オージン、そしてフェリア・サジェスの三名は避難対象には含まれておりませんでした。彼らに渡された発信石は教師により回収されております」


 やはりカシル・オージンもその中に居たか。カルマ・リダリオスがどこかに付いているとは考えにくいけど、ハッキリさせていた方がいいわね。


 三名とも居ないのだから直接カルマに……


 と、そこまで考えて私は目を瞬かせた。


 違う。フェリア・サジェスは居た。つい先ほども学院長の部屋の前で会った。

 しかも学院長に呼ばれているのだと言った。


 カルマとサジェスが繋がっている? いやまさか……あのカルマがサジェスとは……


 思考の海に沈みそうになる私の前でヒューネ・オリオンは続ける。


「フェリア・サジェスは戻って来ました。しかし、キルミヤ・パージェスとカシル・オージンは確認できておりません」

「確認出来ていないって……じゃあ他の生徒の確認はとれているんですか? 他の生徒だって発信石を別の人が持っていた可能性もありますよね? キルミヤだけが確認取れていないわけじゃないんじゃ……」

「それはない」


 また焦り出して詰め寄ろうとするレライ・ハンドニクスに、ティオル・エバースは淡々と否定した。


「訓練であろうと我々は指揮官。部隊の生存を把握するのは当然の事だ」

「それにあの一年はティオルも気にかけていましたらから、戻っていないのは間違いがないんです」

「だけど…………」


 それ以上言葉を紡ぐことが出来ず、レライ・ハンドニクスは俯いた。


「…………詳しい事は学院が伏せている。サジェスに聞いたところで無駄だろう」


 ティオル・エバースの言葉にレライ・ハンドニクスは顔を挙げ、わけがわからないという目で二人の上級生を交互に見た。


「一体何があったんですか? 私達はただ避難をとしか言われなくて」

「残念ながら我々も避難を命じられた側なので分かりません。

 奥から火の手が上がっているのは見えましたが、それ以上の事は何も。

 何があったのかについては、貴方と同じで何も知らないのですよ」


 言い聞かせるようにゆっくりと話すヒューネ・オリオンに、再びレライ・ハンドニクスの顔が伏せられた。


 こちら側にも情報は回っていないか……


「手があるのなら協力しよう」

「…………はい?」


 前置きなく唐突に切り出したティオル・エバースに、私は反応が遅れた。

 思考する為に一瞬止まった私を、燃えるような赤い目が見据えていた。


 疑念、警戒、撤退。


 そんな言葉が私の脳裏に浮かび上がった瞬間、苦笑が場を繋いだ。


「ティオル、懐に飛び込みすぎだよ」


 苦笑交じりに窘めたヒューネ・オリオンはコホンと咳を一つして私の注意を引く。


「最初に話すべきでしたね、私は兄とは何の繋がりもありません。私はオリオンの中でも疫病神と言われておりますので、かまってくれる者など居ないのですよ。体裁がありますから、一族以外には広めていませんけどね。それにもし、私が懸念されている方々と繋がるような事があればティオルに真っ先に切られてしまいます。ですからご心配なく」

「切られる?」

「ティオルは非常に珍しい騎士道というものを尊んでおりまして、私がそちらと繋がれば鬱陶しがります。今の所、ティオルが満足するようなお相手は居なさそうですから」


 話の内容がよく分からないがティオル・エバースを見てみると、変わらぬ赤の瞳がこちらをじっと見つめていた。


 こういう場合、試金石は何の役にも立たない。

 見極めるのは己の洞察力と勘に頼るのみ。


「………何故、そこまで? キルミヤ・パージェスとカシル・オージンとは、面識はないはずでしょう」

「我々が指揮をしていると説明の前に気付いていた」


 …………だから?


「有望そうな一年生を見かけて、声を掛けてみたいなぁと考えていた矢先に居なくなってしまったので気になって気になって仕方がないという事です」


 あぁ、そういう事。


 私は逡巡し、

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